2007年11月 4日 (日)

ハンドルの時代

(知る人ぞ知る、この時期は月例の修羅場だから新しいネタを用意する余裕がないうえに)体調が良くないので、昨日の続き。
アメリカで免許を取り、そして最初に買ったクルマは、なんとムスタング。たしか700ドル。もちろん中古、それもかなりの年式だったと思う。が、大して関心のないぼくでも知っている憧れのエンブレム。帰国する友人から譲ってもいいと。早速、親に無心したが、拒絶。学生の分際で。たしかに。でもね、ホント、クルマがないと不便なのよ、あの街は。蛇足ながら後年、LAに観光でやってきた両親、やっと納得、そして、ぼくの運転で随分と穴場を堪能した。もぉ忘れてるだろうけどさ。で、困ったときの祖母頼み。深謝。
ところが、コイツ、めちゃガソリン・イーターで、リッター換算1キロちょっとしか走らない。いかにアメリカでもガソリン代がバカにならず。そのうえ、いろいろなところが次々に壊れる。無収入の身には辛い。1年ほど、騙しだまし乗ったが、ついに。というときに、再び帰国する友人あり。感謝。中古だがトラブルは少ないよ、との言葉を信じ、買った、ムスタングを売った金で、たぶん。今度は4ドアセダン。車種も覚えていないほど平凡な、スタンダードそのものだったが、果たして、よく走ってくれた。燃費もV8にしては悪くなかった。ただ、無保険。事故だけは気をつけた。このクルマでは、ラスベガスはじめ、けっこう遠出もした。でも、残念ながら故障は避けられない。
そうこうしているうちに就職した。仕事ではクルマはなおいっそうの必需品。取材に支障があってはマズイ。幸い、日本の自動車メーカーとも親しくなった。紹介され、ニッサンの、ブルーバード系の新車を少し安めに購入。とはいえ、エアコンだの標準的な装備をつけて7000ドル近くした。日系の銀行とも知り合いになって、ローンが可能で、買えた。蛇足ながら、帰国するとき、第2次オイル危機の「おかげ」で、3年少し乗っていたが、ほぼ元値で売れた。感謝。って、何に? ま、なんにしても世界に冠たる日本の小型車だ。燃費はもちろん優秀、故障もせず。もちろん、ローンだから保険にも、入ったというか入るのが義務で。その結果かな? 2回か3回、軽い接触事故も。
そうそう、一度、面白い体験をした。ぶつけられて、警察で調書を取っていたときのこと。どういうふうに発生したか、説明していたら、担当官が「相手は何か言わなかったか」と訊くのだ、何度も。「いや、大丈夫か? とか、そういうことだけで」「他には何も?」。で、気づいた。「あぁ、I'm sorryと口にしたよ」。すると、警察官、ニヤッと笑って「そかそか、それが聞きたかったのだ」と。あぁ、なるほどね、どちらに過失があるか、大切なポイントが、この言葉なんだ、と、心から納得した。
出張およびプライベート旅行の際にはレンタカーを利用した。仕事のときは、そのほうが補償しやすいとか。私的には、走行距離を増やしたくないとの思いで。いろいろなクルマに乗ったが、空港で事務所に行くと、事前に予約した車種ではなく、文句を言ってもラチあかず、なんて経験は珍しくもなかった。
それから、仕事柄、試乗の機会もあって、正確な車種は覚えてないが、マツダのRX7とか、セリカXXとか、ホンダのアコードとか、スポーツタイプが多かったなあ。このセリカだったかな、いやアコードかな、それとも両方とも? とにかく、1週間も試乗させてもらったことがある。もはや、無料レンタルだよね。ラスベガス旅行などに利用した。クルーザー・コントロールが装備されていて、道中の単調な一本道を走るに、いやはや最適そのものだった。
とにかく、毎日、クルマに乗っていた。2人連れとかのときでもハンドルは渡さなかった。ドライブが大好きだった。そんなぼくだったが、日本に帰ってきて、免許を更新することはしなかった。この国では乗れないと思った。とくに都心での運転など、まったく自信がなかった。後に、ペーパードライバーでもよかったな、と後悔することになる。そう、IDになるんだよね。うかつだった。そんなわけで、ぼくがハンドルを握っていた時代は6年弱で終わった。

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2007年11月 3日 (土)

文化の日に因まず

またもや知り合い(*)のブログにインスパイアされて(うぅむ、この言い方、カッコイイね)、アメリカで運転免許を取ったころを思い出した。(*=ときおりコメントをいただくseig翁の紹介なので、厳密に言えばリアルには未だ知り合いではなく)
日本では免許を持たず。クルマの運転に関心がなかったのだ。都心に住んでいたせいか、まったく必要性を感じず。酒を飲み始めてからは、酔っ払い運転が法的にいけないことだという真っ当な理由ではなく、ただメンドーだから。だって泥酔できないじゃんか~との思いで。若かったしね、つまり何かというと歩いたってことで。当時、70年代初頭、すでに駐車場は金が掛かった。自宅のマンションのパーキング月額料金は小遣いで賄える数字ではなかったと思う(現在は、たしか4万円とか)。クルマの購入も楽ではない。
ところが、ロサンゼルスに渡り、たちまち困った。いまでこそ地下鉄はあるけれど、それにしても公共交通機関は整っていない。ウワサでは、自動車・タイヤ・石油(ガソリン)の各メーカーの陰謀とか。ふむ、都市伝説? でも、かなりの信憑性はあるよーな。日本でもローカルは、以前から「下駄代わり」ではなかったろう(ここ千葉市内でも現在、最寄りのバスは1日数本という悲惨さ)。でも、少なくとも東京、それも23区内での電車・バスは、かなり利便性が高かった。LAにもバスはあった。が、渡米直後、ある会社がストライキに入ってしまい、それが、なんと数か月も続行、という信じられない事態に。ストをやっていないバスで何とか乗り継ぎ、用を足したのだが、いやはや、クルマがなきゃどぉにもならん、と実感。
もっとも、免許は、そんなことになる前に取得した。たしか3ドル50セントだったか、日本に比べりゃゼロに等しい費用で取れるというのだから、見逃す手はないよね。試験はペーパーと実技。常識的な問題が30問あって、8割が合格ライン、6問までは間違えられるので、ほとんど勉強せずトライ。最初は英語力の欠如で失敗。2度目でパスした。日本語でも受けられた。でも、和訳が、なんか明治時代のような感じで、かえって理解できない。日系人が多く住んでいるから、そこに配慮した措置ではあるんだろうが。同様に、スペイン語でもOKだった。
ここで「仮免」となる。隣に正規のライセンスを持っている人が同乗すれば、運転できる。というか、そうやって実技を練習しろ、ということなのだ。友人たちのクルマを利用させてもらい、これがアクセル、ブレーキと、まさに1から学び、走らせた。敷地内、裏道、そして表通りへ。つまり、普通の道です。あはっ、コワイ話ではある。けど、実地訓練といえば、これに勝る練習はない。まあ、道は広いし、車の数も多かったけど、都内のような混雑はないし。
2、3か月して実技試験に臨み、試験場の周囲をざっと走らされ、合格。聞いてはいたが、実に簡単だった。正直、やっと運転できるというレベルだったのだが、あまり慣れてしまうと、クセがついてしまい、逆に不合格のリスクが増すのだとか。だから、日本で免許を持つ友人たち、意外に苦戦した。「なんで5年も運転しているオレが落とされるんだよ~」という声をよく耳にしたものだ。こちとら、基本に忠実、試験官にも「Yes,sir」なんて、おべんちゃら言って。
ちなみに、ドライビングテストは、たしかクルマ持ち込みで、友人のを借りていったような記憶。それがオートマチックだったので、以来、6年近く米国で運転するのだが、ずっとオートマ。シフトは使えないままだった。だからって困ったことは、たぶんなかった。クルマの故障が最大のトラブルだった。最初に購入したのは中古のアメ車だったが、よく壊れたものだ。そして2台目も。ぼくは結局、新車の日本車を購入する。長くなったので、続きはまた(明日かな、いや、わからん)。

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2006年11月17日 (金)

タクシードライバー

若いころ、しばらくアメリカで生活した。前述のとおり、英語は不得意で、渡米当初は語学学校に通ったのだが、結構苦労した。いや、相当と言うべきか。先生(もちろんネイティブ)の話すことが8割方、聴き取れなかったし、「週末は何をしたか」という簡単な問いにも、うまく答えられない。情けなかった。

それでも、何はともあれ「駅前留学」ではないし、少しずつ上達はするもので「ビギナー」から「トップアドバンス」クラスまでレベルアップし、日常会話に不便なく。そして就職した。仕事になると使う言葉も変わってくるし、高度化する。相変わらずヒアリングは苦手だったが、積極的にラジオを聴いたりもした。なにしろ生活が掛かっている。

必死に努力した、ぼくにとって最も相応しくない単語だが。好きな商売でのこと、苦しくはなかった。と言うとウソになるなあ~。まあ、いまとなっては楽しい思い出ということで。ただ、トラウマ的出来事もあって。あるとき、出張で地方に行き、空港からタクシーに乗った。泊まるホテルの名前を告げたのだが、どうしても理解してくれない。何度言い直したことか。

在米4年目あたりだったと思う。困り果て、ついには紙に書き記し、やっと。だけど、通じなかったことがただもう恥ずかしくて。周囲の日本人は英語に堪能だったのだ。1970年代。駐米勤務はエリートの証だった。もっとも、思い返せば、あのタクシードライバー、英語をあまり解さない移民だったかもしれない。とでも慰めなきゃ……。
★タクシードライバー(1979「親愛なる者へ」)

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