命の別名
生き返ることを信じているなら死んじまえと暴論を吐いた。しかし、責任ある立場の大人は死んではいけない。卑怯だよ。裏金疑惑の関係者も含め、先生たち、あんたら、ズルイよ。死ねば、あんたは辛いことから逃げられる。もう悩まなくてもいい。すべての苦痛は消える。だけど、残された者たちは、どうするのさ。あんただけラクして、それでいいのかよ。
このぼくだって、生涯に一度だけ、自死を考えたことがある。「このぼく」というのは、知る人にしかわからないことだけど、知人・友人からしたら、絶対に自殺なんかしない楽天家だと思われているということ。そんなヤツでも、仕事でデッドロックに乗り上げることはある。八方塞に陥ったと悲観する。いかなる楽観論も想像できなくなる。
ふと死の誘惑に駆られる。オフィスのあるビルの5階、ここから飛び降りれば死ねるだろう、そしたら、いまのこの痛みからは解放される。こんな苦しみはもうイヤだ。そう思う瞬間があった。だけど、そんなことしても、問題は解決しないんだ。誰かが、ぼくのツケを払うことになるだけ。一死を副えられた人たちは、残された課題に向き合わなくてはいけないのだ。
そして、悲しむ人間がいるんだ。あんたにも愛する者がいるだろう、その人の心が切り刻まれ、号泣するんだ。こんどは、その人が絶望の海へと突き落とされる。その未来を暗黒にすることになるんだぜ。最悪の場合、後追いさせてしまう。あんたは、最愛の人の命まで奪うかもしれない。その責任が取れるのかよ。死を以ってしても贖えないものが、この世にはあるのだ。
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