2006年11月30日 (木)

慟哭

映画「ミュンヘン」をDVDで観た。題材は、1972年のミュンヘン・オリンピックでの「虐殺」事件。重い。ストーリー展開など、いろいろと細かい点では不満もあるのだが、見終わった後、ズッシリとくる。感想なんて書く気分ではない。当時、そのニュースにリアルタイムで接しているものの、「後日談」については無知だった。そんなことがあったんだ……。やりきれない。報復の連鎖しか生まないのに。流された血は血をもってしか贖えないのか。

日本映画「男たちの大和」も、題材こそ重い。出来栄えはやや軽め。血飛沫はリアルだが、「絵面(えづら)」が明るすぎる。役者が若すぎる、年齢的には(主人公達の大半は少年兵だから)当然だけど、演技が未熟。ただ、予想よりは抑えた演出だったことに好感。お涙頂戴になっていなかった。監督が戦前派だからか。戦争というものを知っているんだね。いまどきの人間は、戦闘シーンに凝っても、人間ドラマが描けないから、薄っぺらな「カンドー押し付け大作」になる。ヘドが出る。

「力道山」が日韓合作映画だとは、うかつにも予期していなかった。力道山自身が半島出身者だと知ったのはいつだったか。テレビ草創期、国中がファンで、もちろんぼくも。みんな日本人だと思っていたはず。日の丸を背負いリンクで闘っていた。その姿に惹かれた。死のあたりから関心は、これまた多くと同様、野球へ。長嶋。そして王、これまた台湾籍の「日本の誇り」。張本しかり。芸能人は列挙に暇がない。我が祖国は、不思議な国柄である。

「ミュンヘン」のラスト、背景には(CG合成の)ニューヨーク・ツインタワーが。何かが心に突き刺さる。にしても、宗教は難しい。民族名・金信洛の「善人ぶるな」のセリフには、空手チョップ並の迫力が伴っており、張り倒されそうになる。にしても、朝鮮は遠い。「大和」乗組員の我が子への母親の「死んじゃいかん」の一言は、心を激しく揺さぶる。にしても、その死に接して平然と立つ母の胸の奥の慟哭は辛い。
★慟哭(1993 作曲・後藤次利/工藤静香への提供曲、フジテレビ系ドラマ「あの日に帰りたい」主題歌)

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2006年11月25日 (土)

時代

憂国忌である。何それ? かなあ……。1970年11月25日、ひとりの作家が死んだ。いまは様変わりしてしまった、陸上自衛隊の市ヶ谷駐屯地で、腹を切った。比喩ではなく。ぼくは、このニュースを雀荘で耳にした。卓を囲んでいた友人は神保町の古本屋街へ走った。初版本が高騰すると叫びながら(誇張です)。文学という言葉が生きていた時代、ハードカバーの初刷りには価値があった。ファンだった彼は、たしか『豊饒の海』第四部『天人五衰』、いや第三部だったかな、まだ買っていなかったので慌てたのである。

ぼく? 文学青年していたので、もちろん気になる対象、だいたいは読んでいたけれど、そのころは、太宰治を卒業し、無頼派といわれるなかでは織田作之助のファンで、SFに傾倒していたから、そんな友を微笑ましく見送った。と思う、たぶん。いや、呆れた顔をしていたかも。なんにしても、ビッグニュースだった。蛇足ながら、つきあいはすでになかったけれど級友・浅田次郎も衝撃を受け、そして自衛隊に入った、と後に知る。

いつか、自ら死を選ぶだろうとの予感はあったはず。予測する専門家もいたらしい。でも、よもや、あんな形でとは。三島由紀夫は、バルコニーの上で、野次と怒号とで見守る群衆に檄を飛ばした。しかし、届かなかった。そして、壮絶な最期を遂げた。喜劇ともいわれた。いろいろな憶測が飛び交った。いつしか、その政治的な主張は忘れ去られた。が、36年後の今日、その骨子は生き続け、部分的に具現化しようとしている。三島は草葉の陰で何を想う。

東京帝大文学部の三島は生きていれば81歳、大阪帝大工学部の我が父と同い年である。片や、兵役に就くことなく真っ当に卒業し、いったんは大蔵官僚となり、45歳の若さで自衛隊の決起を促した末に自死の道を選び、愛国少年の父は理工系ゆえ免除されていた兵役に自ら志願し、満州・シベリアと流れ、60年余のいまなお一言も語らぬ体験を経て、現役である。
★時代(1975「第10回ポピュラーソング・コンテスト」「第6回世界歌謡祭」グランプリ曲)

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2006年11月18日 (土)

世情

きょうのネタはタイトルそのまま。中島みゆきの78年の曲で、TBS系ドラマ「3年B組金八先生」の挿入歌として使われ話題になった、とか。「あの人は今?」的番組での知識だが、この時期、海外にいたのでリアルタイムでは知らない。みゆきフェチなので、賞賛こそすれ、批判はしないぼくだが「シュプレヒコールの波 通り過ぎてゆく」の歌詞には、ちと首をひねる。

70年代も終わりのころ、シュプレヒコールという単語に普遍性はもうなかっただろうし、いまでは死語かも。珍しく戦闘的な言葉。どうして選んだんだろうね。いつもの、個人的な、つまり自分だけの、半径50センチの、女の恨み節ではなくて、曲調も、妙に、社会的、なのに、ペシミスティック。社会的なテーマの場合、もう少し力強いトーンなんだよね。らしくない……。

さて「世情」とは何か。「世の中の事情」「世間一般の人の考え」と辞書はいう。「社会」ではない。似て非なるモノ。たとえば、鬼がない、または鬼ばかりなのは渡る「世間」であって渡る「社会」ではないし、騒がせて申し訳ないのは「世間」であって「社会」ではない。ビミョー。世情も「社会の事情」ではない。前述したように、この歌は「社会的」であって「世間的」では絶対にない。

英語にしたら共にsociety、communityかと思えば、世間は「the world」とか「people」「the public」となる。ニュアンスとしては、そこはかとない差がわかるような、わからないような。仏教用語では「変化してやまない迷いの世界」だそうで、もちろん凡人には理解不能。seigu先生に教えを乞おう。よしなに。

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