2007年11月14日 (水)

アイボーよ

そろそろ、相方からのクレームが聞こえてきそうである。「エラソーなこと書いてるけど、わたしの話は全然聴かないじゃん。日本語がおかしいとか、論理的じゃないとか言って、すぐ文句をつける。理解しようという気持ちがないじゃないのっ」とね。うん、そうなんだよねぃ~、そこらへんが、難しいんだよなあ~。
そこらへん? つまり、男女間の意思疎通ってやつ。「恋」を自覚した中学生あたりを起点にすれば、もう40年以上も、このことで悩んでいる。「悩み」はオーバーか。ま、考えさせられている、というか、迷い道を歩き続けているわけだ。おんなじことか。
どれだけ経験を積んでも情報を蓄積しても、かなりの高みに達したなと思っても、次の瞬間、期待した「安寧」はスーッと遠くに離れていってしまう。げに、愛は青天井だ。畢竟、悟りなんか、無理なのかもしれないけれど、そろそろ、落ち着きというものを知りたい。あぁ、トシだよね。
ぼくの思想的バックグランドは、ただひとつ、恋愛至上主義。この世に、恋愛ほど崇高でエキサイティングなものはない。そう思って生きてきた。金も出世も、持ち家も宝石も、仕事すらも、そのための手段に過ぎず、恋さえあれば愛さえあれば、いい。ひとりの女のために生き、死にたい。その女に最期を看取られたい。
ところが、どっこい、世の中、そうそうは甘くない。ぼくの恋の遍歴は、すでに書いたから、他にもたくさんあるけれど、もう触れない。そんなことしたら、相方に背中から刺されそうだ。いや、まあ、彼女に殺されるのなら本望だが、最悪なのは、ぼくの前から消えてしまうことだ。そう、ぼくは、彼女なしには生きていけない。
「そのわりには、わたしをイヂめて喜んでない?」「そんな、めっそうもない」「だけど、言葉遣いが変だとか」「だって、それは、事実なので……」「ほらっ、すぐそうやって」「ごめんなさい」「って謝るくらいなら、最初から」「でも、それが、ぼくの業なので」「またぁ、そういうこと言う」「それほど、きみを愛しているということで」「それって全然、ロジカルじゃないじゃない?」「そうかなあ~、理解できないのは、きみの知的レベルがぼくに比べて……」。以下自粛。
だけどね、こうした「掛け合い」が大好きなんだ。たくさんの触手を伸ばし、相手を刺激し、眠ったままの「何か」を引き出す。そうすることによって、今度は、ぼくが刺激され、自分では気づかなかった「何か」に目覚める。そうして、一つひとつ階段を上っていく。つまり、アウフヘーベン。そこはかとなく、弁証法的恋愛? うぅむ、落ち着きたいといいつつ、相変わらず「格闘」している小生。論理矛盾かも。
夫婦と呼ぼうが、ただのカップルでも、なんにしても、女と男との間には、「深くて暗い河がある」のであって、だけど、だからこそ、それを、すべては埋められなくても、なんとかして埋めようとする感情が、人生最大の喜びであり、苦悩である。それは、決して、「努力」と表現するようなカッコイイものではなく、もちろん「修行」でも「修業」でもなく、楽しい「遊び」だと、ぼくは思う。
ときおり「遊び」が過ぎて、で、相方からキツイお叱りを受けるのだが。根がマジメな彼女は、なかなか「洗脳」されず。でも、最近、やっと、ようやく、「堕落したみたい」と吐露するていどには、止揚しているかも。「堕落」を毛嫌いしちゃいかんよ、アイボー、坂口安吾が言っているじゃないか、堕落こそが、コトの本質を見抜くために絶対不可欠だと。

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