2011年10月19日 (水)

さらば、右京さん

あ~っと、このタイトル「左京さん」の間違いではなく、だから本ブログ7/28付けの小松左京氏への「惜別の辞」とは関係なく、前項の「弔辞」とも無縁です。

きょうの対象は「杉下右京」。言わずと知れた、と思うのはぼくだけ? 水谷豊かが演じるテレビドラマ『相棒』の主人公の役名。その『相棒』シリーズ第10作が始まり、やっとこれでドラマが堪能できると、喜んだのはいいんですが。どうやら、今シーズンでファイナルのようです。

細かい理由はまだ書きません。観てない人に、って相方のことですけど、ネタバレになってしまいますしね。ただ、ぼくは、だいぶ前から、そろそろ仕舞い時だと考えていました。そのあたりは相方とも語り合っているので、「そもそも話」から。とはいえ、「解説」みたいなことは苦手ですが。

『相棒』は、いま流行りの「バディもの」の先鞭でしょう、条件付きですけど。頭脳明晰(すぎる)杉下右京と熱血漢の体育会系・亀山薫とのコンビの刑事ドラマとして、単発時代を起点に2000年スタート。当初の視聴率は12-13%程度で、実はぼくも知らず(何だったか覚えていないが裏番組を観ていた)。シーズン5の途中から、ぼくのミステリー好きにようやく気づいた相方の推薦により観始め、たちまちトリコに。

一言で表現するなら、緻密な推理劇。よく練られたシナリオと巧みな演出、つまり、ありがちな、人気タレントや評判の原作による安易なご都合主義を排していて、おとなの鑑賞に値する手抜きのない(数少ない)ドラマとして見応えがあった。08年5月には劇場版が公開され(出来はイマイチ)、知名度を広げ、視聴率も上昇、シーズン9では20%超えに。と、ファンとしては拍手喝采の成長ぶり。

ですが、シーズン7途中で、薫ちゃんこと寺脇康文が(なぜか)降板してしまい、その季の後半は右京さん単独で踏ん張る、という異例の展開。シーズン8から(正確には7の最終話から)及川光博による神戸尊が新相棒となり、劇場版Ⅱを経て、完成度を高めていることは、率直に認めましょう。

だけど、時系列でいうとシーズン9の始まる前に、もうひとりの主役・小野田公顕官房長が殉職してしまいました。いまでも、亀山薫とともに小野田官房長の存在は『相棒』の基本コンセプトだと思っています。薫ちゃんの代役を尊クンは見事に演じています。それは、言わば嬉しい誤算。しかし、官房長の代わりは、いません。前述の「条件付き」とは、このドラマは「2人による」のではなく「3人による」バディものだという意味で、その点でも特筆すべき構成になっています。

そうした根本的な枠組みが、ここまで崩れてしまって、それで『相棒』の冠を維持していくのは、さすがに辛いと思うのですね。シーズン10の初回も堪能しました。刑事・警察・推理ドラマとしては極めて質が高いので、今季も毎週水曜日が待ち遠しい。だけど、幕引きのタイミングでしょう。

テレビ局の都合なんかもあって、そうそうあっさりと「ファイナル」だとは明らかにできないでしょうが、季の半ばで、仄めかすかな。そんなアナウンスが出たら、もちろん大いに落胆します。でも、何事にも「おわり」はあるわけで。

| | コメント (0)

2011年7月28日 (木)

さよなら左京さん

我が敬愛する作家、小松左京氏が亡くなった。

80歳か……、新作を読む機会、もう何年も前からなかったので、その点では、惜しむとは言いにくいけれど、ちょっと早いよね。近影の痩せた姿からすると、長の患いだったのかもしれない。

小説家として間違いなくマイベストワン。大好きな短編『お茶漬けの味』については以前、ここで触れたが、『日本沈没』『復活の日』などのベストセラーはもちろん、ほとんどすべての作品が、若きぼくの心を魅了した。

一つひとつに言及する余裕はないれど。
長編『果しなき流れの果に』のプロット、複雑でしたね。主人公の教授、番匠谷の、バンショウヤ、って響き、いまなお耳に。ずっと映像化を欲しています。
『時の顔』も、何度も何度も読み直した。ぼくの、タイムパラドックス好きの原点でしょう。
日本SF大賞受賞の『首都消失』は映画化もされ、スケールの大きさは確か。でも、その起点である短編『物体O(オー)』のほうが好きです。結末が憎い。
同一系統の『こちらニッポン…』の冒頭シーン、ぼくの頭のなかでは映像化されています。
『見知らぬ明日』の当時は、中国って、ほとんど知らない国でしたね。
『戦争はなかった』は、ここでも書いたかな、その発想がスゴイの一言。『コップ一杯の戦争』もね。
あぁ、やっぱり、キリがない。

20年ほど前に、取材を通して、ようやく会うことができた。そのときの感激は忘れない。いまの当方と似たような年恰好、そう、太っていた。声も太めで、でも、やわらかかったように記憶する。

こういう表現、本来は好きじゃないんだけど……たくさんの、楽しい、面白い、わくわく・どきどき、興奮、衝撃、驚きの作品たちに、ありがとう。

合掌

| | コメント (2)

2010年10月26日 (火)

大誘拐

言わずと知れた、って、たぶん、ここの常連さんならば、ですが、『大誘拐 RAIMBOW KIDS』を、やっと観ました。

この映画で第15回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞に輝いた北林谷榮さんが今春、98歳で亡くなられたとき、とあるブログ(カミ@ダンカミさんのとこでしたっけね)で話題になり、あぁそういえば誘拐を扱ったのに何故か心温まる佳作だったなあ~と、ほぼ20年ぶりに思い出し、「オンラインつたや」にリクエストしたのだが、実に、半年も掛かってしまった。

静かな人気とは、こういうことを指すのだろうか。1991年公開の作品、いかに在庫は少ないとしても、6か月も待たされるとは……。
たまさか、「もりおか映画祭2010」が10月22日から開かれ、上映されたそうである。

感想は、いまさら、ぼくの拙い言葉で表すに力不足、やめておくが、やはり面白かった。当時は、映画館またはレンタルビデオでという記憶がないので、おそらくテレビ放映か。だから、92年か93年かな、かなりの時間が経過しているけれど、細かいところまで覚えていた。

監督・岡本喜八はじめ緒形拳ほか幾人かの名優たち、すでに鬼籍入り。一方、主人公・風間トオル以下、岸部一徳、嶋田久作、本田博太郎ら、いまや自他共に認める名・怪バイプレーヤーの面々、若い。

天藤真による原作も読んだ。こちらは角川文庫で、1980年刊。この前年の、第32回日本推理作家協会賞を受賞した名作、そうそう、週刊文春ミステリーベスト10の20世紀国内部門第一位でもある。
ほかに、『陽気な容疑者たち』『皆殺しパーティ』『鈍い球音』『殺しへの招待』など、いずれも傑作。70年代後半から、どれも角川文庫で読み続けていた。その最中だったか83年、訃報を聞く。67歳だったから、若くはないけど、もっともっと読みたかったなあ。

これらは、当方の「本箱」のどこかに所蔵されている、はずなのだが……。探す手間より、いっそ、買い直すほうが手っ取り早いかもしれない。百億円あれば、何の問題もない。

| | コメント (2)

2010年9月26日 (日)

10年先もキミに恋しているだろう

何なに、このタイトル、懲りずに惚気? まあ、それも嫌いじゃないが……、これはNHKのドラマの話。

「10年先も君に恋して」は、現代にタイムスリップしてきた10年後の夫と、その夫になる現・恋人との、奇妙な三角関係を描く。「時間物」ファンとしては看過できず、興味津々で初回、2回と見続けていて、まだ放映中だけど、ん~、結末が見えてきた、というか、面白くならなそうな予感。視聴率も良くない。あっ、だからって打ち切らないでね、蛇の生殺しはイヤだ。
時間跳躍の謎はさておいて、というのなら、ま、いいんだけど、そこらに何やら伏線めいた描写があるので、そうなると、タイムパラドックスとかにも触れざるを得ず、いささかでもハードな部分は欲しい。でも、単なる恋愛ドラマになりかかっている。そこが不満。
もちろん、恋愛は大きなテーマだから、そこんとこを深く掘り下げるのは構わない。でも、この二人、恋人と呼んでよいものか悩むほど、表面的なつきあいのまま。ドロドロにせよとまでは言わないけど、中学生の初恋物語じゃないんだからなあ~。
たまたまプライベートで注目されてしまったけど内野聖陽と上戸彩をキャスティングした段階で万人向けだろうから、多くは期待しない。それにしても、目の前の恋人と結婚し破局を迎えるという情報に接し動揺する女性の内面心理の表現には、かなり高い演技力が求められると思う。もうちょい確かな女優にしてもらいたかったなあ~。
残り2回、この青春ドラマが大きく変貌したら、不明を恥じよう。だけど、想定内だろう。

そうそう、予想外の収穫もあった。木南晴夏(きなみ はるか)。5、6年前にいわゆる「再現ドラマ」で見かけて以来、ちっくと気になる存在。今回、レギュラーで登場。まだ若いが、シリアスな役に挑戦したり「体当たり」演技を経たりして、きっとイイ女優になると、先物買い。

イイ女優への道を何故かゆっくりと歩んでいる多部未華子(あえて言えば、つまらん恋愛映画なんかに時間を浪費している。もっと、彼女でなければ演じられないような役をもってこいよなあ~所属事務所。明らかに「役不足」だ)が主役級の「GM~踊れドクター」、コミカルな演技のなかに可愛さ爆発で、花マル。東山紀之の役どころにニヤリとしつつ、ほかのキャラの描き方や会話も楽しく、ストーリー的には「ドクターハウス」のパクリじゃんとは思うけど、なにはともあれ、多部チャンに満足。ん? 平均10%か、意外だな。少年隊の栄光、いまいずこ、なのか。

同様に、「GOLD」は、大好きな天海祐希を多角的に堪能できた。うんうん。ただ、ドラマとしては、何を描きたかったのか、ついにわからなかった。長澤まさみが、素のアホらしさを発揮していたり、掛け合い漫才もどきの会話とか、惹かれる要素もあったのだが、最終回に、がっかり。ナンなんだ、あの終わり方。エド・はるみが意外に達者だったのに、位置付けが伝わってこず、もったいない。回を追うごとに数字が下がり、7%まで落ち込んだらしいが、それほどのヒドイ出来とは思わない。でも、野島伸司の神通力は失せたんだね。

ちなみに、お前のベスト3だかの綾瀬はるか「ホタルノヒカリ2」はどーした? との指摘、受けそうですが、全話録画で未見。追ってまた。とはいえ、何だか、巧い使われ方をしていないみたい。視聴率は良かったようだが、アラ還には「干物女」という概念に違和感があるせいかも。

オチです。というわけで、ぼくは10年後もキミに恋しているから、安心してね。って、それは心配していない? でも私のほうはどうなっているか、わからない? ふぅむ……。

| | コメント (0)

2010年9月20日 (月)

ぼくらに明日はあるのか

永田町がつまらないので、この夏のテレビドラマのことでも、と思ったのだが、やはり、こちらも同様で、面白さに欠ける。

「役者」はそれなりに揃っているのに、シナリオが陳腐、かつ、あまりに無理がある、というか、ご都合主義。下手くそ、ワンパターン、過剰演出。いわゆるミステリーなのに、謎解きとして成立していないし、かといって、サスペンスとしても盛り上がれない出来映え。

そりゃ、百点満点を求めるわけではないけれど、ついこの間、しばらく黙っていろと言われたから黙っている、と、駄々っ子みたいなことを口走っていた人が、堂々と表舞台に出てきて、要するに、命懸けで一国を率いる覚悟だ、と。あぁ、こんな、辻褄の合わない話、子ども向け番組のレベルじゃんか。

ん? あれれ、どっちの世界のことを書こうとしているのだろうか……。

まあ、大人向けドラマも、悲しいほど次元が低いんだけどね。漫画が原作という「逃亡弁護士」、筋書きを複雑にしようとする「狙い」が無駄に際立っていて、登場人物だけがテンション高く、こちらの興奮度、いっこうに上がらず。せっかく、上地雄輔クンが頑張っていたのになあ。視聴率ヒトケタとか、当たり前か。それにしても、石原さとみ、ダイコンすぎる。

「警視庁継続捜査」、こちらは俳優たちが可哀想だった。演技以前に、ストーリーむちゃくちゃ。細かいこと、軽視しすぎ。結末への誘導、強引過ぎる。最初の2、3回で諦めた。余貴美子、木村佳乃、筒井道隆……みなさん、上手い役者なのに、あんな低レベルの脚本で頑張る姿、見るに忍びなかった。テーマそのものに話題性があったためか、そこそこの数字は取れたようだけど。

「ジョーカー許されざる捜査官」は、男優評価の辛い当方でもファンの堺雅人くん、連続ドラマ初主演らしいが、その好演に免じて、合格点。だけど、やっぱし、最後の「オチ」は、ないよぉ~。ここにも、「いかにも怪しく描かれる人物は実は怪しくなく、怪しそうではないのが怪しいのだ」精神が貫かれていた。それ自体は構わないけど、だったら、もうちょっと、伏線を張ってもらいたいよね。もっと丁寧につくればよかったのに。視聴率はマックス15・7%か~、ま、妥当かな。

最終回といえば、「熱海の捜査官」、不条理っぽいノリ、というのか、ゆるい、コミカルな展開で、主演・オダギリジョーと監督が、あの「時効警察」のチームと聞けば、なるほど、と。そこそこ楽しんだ。でも、あのエンディングは、何だろう。こっちの理解力が足りないとしても、すっきりしないぞ。回収できていない伏線、多すぎないかなあ~。2桁に乗らなかったようだが、深夜枠だから、これは仕方ないだろう。ちなみに、この枠の次回作は、東野圭吾の『秘密』。期待しちゃう。

「新・警視庁捜査一課9係」は、端折りすぎの謎解き部分はともかく、登場人物たちのキャラが楽しかった。犯人に辿り着く道筋が一直線で、それなりに骨太ではあるが、「ちょっとちょーし良すぎ」と苦笑すること多し。でも、そのあたりに目をつぶると、無駄のないテンポのよい会話やアクションなど、そして津田寛治、吹越満、田口浩正たちの演技に高い得点をつけたい。第5シリーズらしい。最初からは観ていない。年々、シリアスさを増しているとのことだが、いやいや、コミカルな部分こそ、このドラマの真骨頂ではないか。平均14・7%。あまりマジメにならないでほしい。あと2~3%は取れると思うなあ。

こうしてみると、刑事・警察ドラマ全盛なのか。もうすぐシーズン9が始まる「相棒」しかり、こんなに多いと、ミステリーとしての質を保つのは困難だろう。度し難い作品も、そりゃあ、でてくるよね。現実の世界も、なんだか、やけに感情的というか、筋が通らない、というか、言葉は磨耗しているし、登場人物の行動も、その場しのぎ。だけど、いや、だから? 最初に結論ありき、というのか、官僚的、まさにお役所仕事みたいな現場にも、よくぶつかる。

事実も、小説(フィクション)も、奇なり、ということか。

| | コメント (4)

2010年7月19日 (月)

ありがとう感動を

せっかく格調高い話が展開しているのに、こんなミーハーなネタで新しいスレッドにするのは些か面映いが、ま、いいよね、これも、ぼくのブログの、らしさ、というもの。

『龍馬伝』、いいね~。我が相方も絶賛している。
以前にも触れたけど、去年までの大河ドラマ、何作か学芸会みたいだったから、ことさら拍手拍手、ほとんどスタンディング・オベーション。
何が素晴らしいって、昨夜の第3部スタート冒頭で、かの千葉佐那、というよりは貫地谷しほりを再登場させたこと。もちろん、マイベスト3の女優だという勝手な理由ではあるけれど、のちに鍼灸師になったとも伝えられているから、あながち無理な設定ではなく。
たしかに、強引ではある。岩崎弥太郎と知己の史実はない。でも、エエやん、そこんとこはフィクションで。なにより、ヒロインが、その後、お龍、お元へと移っていく流れで、加尾もチラッと顔を見せた(シャレじゃない)のに、佐那チャン、あのまんまでは、つまんないしぃ……。

当初は、1年モノとはいえ実は10か月あまりのドラマで4部構成って、どうなのよ、と訝った。4クールと考えれば変ではないけど、違和感あり、と。ところが、ここにきて、必然性みたいなものを感じている。うまく説明できないが、主人公・龍馬のステップアップに連動して、ひとつの大きな階段を上がっていくような、または、曲がり角を歩んでいくような、そんな展開、流れに、頷き大きく。
弥太郎の語りにも、これまた疑問符がついていたのだけど、いまになれば、見事な手法。前述の、変貌・成長を、龍馬本人が独白するわけにはいかず、単なるナレーションでも何やら客観的すぎて、上から目線というか、ヤらしいし、それを、登場人物の一人が回顧するという試みは、弥太郎と龍馬との距離感が微妙なだけに、巧い。

そのうえ、お元の初登場に合わせ、千葉佐那を見せた。お龍を含め、この3人の女性、龍馬に対する第一印象は、その後の関わり方の激しさに比し、決して良くないとの共通点がある。そのことを思い起こさせた。そんな意図がなかったとしても、ウナる。

門外漢だが、この良さは、たぶん、統括プロデューサーの腕ではないか。
たまたま土曜日の朝日新聞に、大友啓史ディレクターが取り上げられていて、読むと、なるほどと。名前に共通点があるし(って関係ないわいね~)、大きなウソには細かなリアリティが必須とする当方の信条にも通底するようで、演出の妙を否定するつもりは全然ないけれど、ぼくが感動しているのは、全体的な骨組み、構成、ドラマ観みたいなもの。
もちろん、そこには福田靖のシナリオの高いクオリティも影響していよう(実際、去年、ドラマ化の報に接したとき、脚本家が福田靖と知り、期待した)。でも、それも制作者が決めたのであれば、さらに高ポイント。
とにかく、愛だ涙だ友情だと、ただひたすら絶叫するだけの、中身の薄いニセモノが横行するなかで、これだけきちんとしたドラマツルギーを提供し感動を与えてくれることに、感謝したい。
鈴木某と岩谷某の名前がクレジットタイトルに載っているが、この両人のことは何も知らない。けんど、かなりの実力者とお見受けする。

いまから晩秋の最終回が楽しみでもあり、同時に淋しくもある。が、そのときには『相棒』シーズン9が始まっているから、いいや。あはっ、視聴者って、ワガママ勝手だよね。

| | コメント (3)

2010年4月20日 (火)

フェアってイイね

今年の大河ドラマは、個人的に、とても楽しい。
なにも、ひいきの貫地谷しほりの熱演のおかげとは言わない。ぼくとしては、テレ朝の深夜での、ちょっとコミカルな役の彼女のほうが好みだけどね。

なんたって、幕末の英雄・坂本龍馬が主人公だし、その主役を、人気の高い福山雅治が演じているわけで。ほかにも、達者な脇役陣(と呼ぶには、もったいないくらいの豪華キャスト、って、まあ、看板番組だからね、でも、去年は酷かった、いかに役者が揃っていても、演出・脚本で学芸会になってしまう好例だった、もちろん、主役のミスキャストという面も否めないけれど)。

今回は、情緒的なシーンでも過剰な演出が少なく、丁寧につくっている印象が強い。まさに、ドラマチックに仕上げている。だから、史実は承知しているのに、わくわくどきどき、エキサイティングだ。

脚本は、「ガリレオ」などで確かな技を披露する福田靖。ここがミソである。安易にスーパーヒーロー扱いしない。等身大だ。龍馬の未熟さも、浮かび上がってくる。感情移入してしまう。

そのうえ、岩崎弥太郎の視点で、というところがステキだ。

この、三菱グループの創始者を、こんなにもリアルに描くとは。一部には、あまりに汚い格好だ、とか、不満もあるらしいが、無理もない。ある意味、龍馬以上にカリスマだからね。貧乏暮らしや性格の悪さ、ひねくれた部分を、ああまで赤裸々にされては、ちょっと不快かも。

明治維新以降、政商としてのし上がっていき、いまなら「インサイダー取引」にあたる、したたかな手法で莫大な富を手にし、三菱財閥の礎を築いたことは、よく知られている。でも、その「前史」を、こんなにもきちんと見せてくれるとは、予想外。

ぼくは、別に三井や住友のサイドに立つわけではない。一時期、三菱のある部署とは、親密な仕事関係があって、毎週のように、丸の内の某オフィスに通ったものだ。担当者は真っ当な人で、酒宴の席でも、当方を不愉快にさせなかった。

そりゃ、ビジネスだから、いつも笑ってばかりとはいかなかったけれど、たまたま、ぼくの後輩が、ある幹部の親戚で、その関係で一緒に食事をしたり、と、まあ、単なる請負稼業ではない、まともな扱いをされたから、うらみも何もない。

でも、「負」の影もあるわけで。揺籃期には攻撃材料が少なくないはず。その気になれば、岩崎弥太郎をもっと批判的に描けるだろう。なにより、進行役にしなければ、よいのだから。

制作側には、しかし、そんな意図はないようだ。むしろ、いささか喜劇的にも見えるほど。でも、賛美もしていない。こともあろうに、あの龍馬を殺そうとするシーンまでもある。

フェアなんだよね。その分、これまでにない人物描写になっていると思う。見た目のみすぼらしさ、とか、金への執着心やら功名心、とかね。そこが、おもしろい。

企業広告の入る民放だと、こうはいくまい。さすが、公共放送。受信料、払おうかな。って、集金に来ないから、どうしようもないんだけどさ。

| | コメント (0)

2009年12月13日 (日)

論じるでなく

師走となれば、お馴染みの「年末進行」で、しばらくは修羅場、とはいえ、たまには息抜きしなくては。と、現実逃避モード。

気軽に、読んだ本の感想でもと、いきたいところなんですが、実は当方、これが苦手で。子どものころから、たとえば面白かったものを「面白かった」と書くのには、なんだか抵抗があって。読後に満足なら、それでいいじゃないか、と。

作文は得意だったから、感じたものを表現するのが嫌ではなかった。ただ、それには相当の時間が必要だし、いわゆる論評になってしまうので、小学生の任ではなく、先生も是としてくれなかった。

中学高校生時代に感想文を書く機会はなかったように思う。大学生のときは、リポートだから、ま、論じていいわけで、苦労なく。社会に出てから、つまりメディアに関わるようになって、カジュアルな仕事として映画評などを担当したこともあったが、まさしく「評」なので、これも、理屈をこねて、むしろウケた。

てなわけで、こういう、時間的余裕のない瞬間には、『チームバチスタの栄光』(海堂尊)だとか『シリウスの道』(藤原伊織)だとか、最近では堪能度合いの高い小説のことに触れるのがベストなんだろうけれど、難しい。

『バチスタ』は、先に観たテレビドラマや映画よりも数段上の出来だと思う。連ドラなんかストーリーを膨らませて、失敗。原作は、シンプルながら、いや、それだからこそ、テーマが凝縮されていた。
『シリウス』は、珍しく、映像(WOWOWでの3時間ドラマ)も活字も両方、満喫した。これも、若干の脚色があったけれど、原作の雰囲気を壊すことなく。

映像系は近ごろ、やたら感動を押し付けてくるので、つまり、演出過剰で、せっかくの物語性が損なわれてしまうケースが目立つ。

その点、首都圏では水曜日の深夜に放映されている、漫画が原作の、『深夜食堂』は、見事。ストーリーは単純。その名のとおり、深夜に営業されている食堂での、人間交差点。いわくのある、男、女、男と女、親子などの、よくある話。
だけど、演出が、かなり抑制されていて、間が、いい。自然に、泣けてくる。「愛」だの「涙」だの、声高に叫ばれなくても、心に沁みる。

そこはかとない情緒。そこに尽きる。「理屈っぽい人間が、よくそんなこと言うよね~」なんてセリフがどこからともなく飛んできそうなので、このへんで。

| | コメント (2)