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2015年3月

2015年3月26日 (木)

さらば「東急プラザ」、ちょっと長めのエピソード

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【以下はFBにアップしたもので、若干の修正はあるものの、二度読みになる人もいらっしゃいましょう。こちらでしか読めない人への便宜ゆえ、ご容赦を】

FBで、3月22日に閉店した「東急プラザ」(東京・渋谷)について触れた。
そこで開催の「タイムスリップギャラリー」には、文字通りの、懐かしい写真がいっぱい。109やらマークシティやらのない、ぼくの知る旧き好(よ)き渋谷の街角と再会できた。行ってみてよかった。
それどころか、貴重な、衝撃的な、1枚に出合った。
駅前のビル。現在では、建替えられたか改装されたか知らないが、テナントもすっかり変わってしまい、かつての趣はない。
「1974年」との説明。そう、あのころのまま。当たり前である。が、そのビルの個人的なイメージは、モノクロの画像の、それゆえか古くさい雑居ビルでなくてはならない。
その5階か6階だった。かろうじて、店名が読める。うん、間違いない。あそこだ。あの店だ。45年も昔のこと。
ぼくは、そのレストランで、デートしたことがある。

高校は(中学も)男子校で、校内に女性の姿は稀。掃除や事務のおばさん(いまのぼくよりはずっと若い)、保健の先生(と言っていいのかな)くらい。現在は女性教師もいるとのことだが、それでも依然、マイナーなはず。当時は、圧倒的にマイナーだった。
だから、売店に自分たちと年恰好の違わない娘(こ)が入ってきたときには、それはもう、大騒ぎだった。だよね、同窓生諸氏。よくよく思えば、さして可愛くもなく。でも、ただただ「女」というだけで、我らは盛り上がった。10代だもの。
そんな環境のなか、ぼくは、事務の仕事をしていた(と記憶)ひとりの女性に出遇った。そう、「遇う」。
とある秋の日、1日に3回、偶然、その女性と校内でバッタリと会ったのだ。
1回目は、廊下で。たぶん、会釈をする程度。相手が誰だか、はっきりとは知らない、が、うっすらと「事務の人」と認識していたよう。
2回目も廊下。少し微笑んだかな。あまり時間を置いていなかったから「また会っちゃいましたね」という感じ。言葉らしい言葉は交わしていない。
そして、程なく、3回目。

いずれも放課後だったと思う。午後3時過ぎ、というより夕方かな、校舎の西端の階段。あまり人の行き来がなかった。下駄箱エリアから最も遠いからか。ぼくも何故、そこを使ったのか。まるで記憶なし。
季節は秋だから、文化祭の準備でもしていたのだろうか。いや、高校3年生だったから、それはない。6年一貫教育校、学校の行事などに参加するのは5年生(高2)まで。6年生(高3)は、6月の体育祭が最後の関わり。それが済むと、受験体制へと集中(することになっていた)。
ま、とにかく、その階段を上ろうとして、階上から下りてくる彼女に気がついた。ぼくは、うつむきかげんだったろう。それでも、スリッパの音は聞こえるし、なにより、スカート姿、というか、スカートからの脚が目に入るわけで。そういう「絵」は、校内では稀有だからね。視線を上げると、彼女。
彼女は、笑った。声に出したかどうかは覚えていない。でも、その笑顔は、けっこう鮮明に残っている。
察しのよい人、いらっしゃいましょう、はい、ぼくは、その瞬間、恋に落ちた。

男子校だし。なんたって10代ですもの。17歳。1969年。
後に、彼女は1つ年上と知る。誕生日、覚えてないけど、19歳になっていたかな。とにかく、若い娘である。で、ややポッチャリ系、顔もマルめ。あぁ、名前はわかっています。けど、調べがつくので、ここでは匿名に。
同じ日に、それも極短い時間のなかで、学校の中で、3回も立て続けに遭遇してごらんなさいな。ぼくじゃなくても、「これは偶然ではない、必然だ」と叫んじゃうから。
実際、運命を感じた。大袈裟なんて言わないで。感じてしまったんだから、仕方ない。
具体的なセリフは忘れたが、3回目の邂逅を機に、ぼくらは言葉を交わした。「こんなに続けてバッタリ会っちゃうなんて、おかしいわね、どうしてでしょう、ホントにヘンね」てなことを喋ったのだろう。打ち解けた。
そのあとは、曖昧。だけど、「友達」にはなった。校内でアイコンタクトするような。
土曜日の午後だったと思う、最寄りの駅の近くの喫茶店へ行ったり、とか。こちとら高校生だからね。下校時に「お茶する」のが精一杯。
レストランでのデートは、卒業してから。

卒業まで半年ほどで、なにしろ大学受験を控えているわけだから、そんなに頻繁に「お茶デート」したとは思えない。
それに、最寄の駅近く、ということは同級生に見られる可能性もある。別に「不純異性交遊」ではないから、いいんだけど、男子校だからね。彼女が他校の女子高校生ならまた話は違うが、「同じ屋根の下」状態だから、少しは警戒しても不思議ではないのだが。無邪気だったのか、そういう「配慮」をした覚えがない。単なるノーテンキかも。
そして、卒業。晴れて浪人生。だから、これまた、晴れておつきあいとはならなかった。でも、学校とは関係なく会える状態なわけで、一歩前進かな。
さっさとネタバレするけど、実のところ「前進」なんてしていなかったのよね。彼女にはカレがいた。それも東大生の。駒場の1年生だったか。
あれっ、会ったこと、あるなあ~たしか。あれれ、彼女のアパートにも行ったこと、あるぞ。たしか駒場のあたり。うん、カレもいたような。一緒に酒を飲んだような。
ウチの高校も立地は駒場で、この話、ほとんど駒場界隈での出来事だ。そうそう、いまは大橋ジャンクションのあの辺を夜、歩いた記憶、蘇ってきた。いや、待てよ、それは違う女性だったか。
45年前、すっかり色褪せている。

この「恋」はフェードアウトなので、どのように疎遠になっていったか、はっきりしない。ただ、高校卒業後もしばらくは、ときおり会っていて、で、いつだったか、晩飯を外食でとの約束をして、で、渋谷駅前の、あのビルの5階だかの、いまならファミレスだろう、高級でも何でもないレストランでデートと相成った。
18歳。かなり背伸びをして、ご馳走すると言ったら、叱られた。「1円のお金も稼いでいないくせに」と。彼女は社会人。「私が払う」と、きっぱり。また惚れた。
大学生になったらアルバイトして、ちゃんと奢るぞと決意したのはいいが、実際に大学に入ると、文学部は女の子ばかりで、たちまち「材木屋」(木/気が多い)に。それが理由ではなく、その彼女と連絡を取らなくなっていったのには、何か別な事情があったと思うのだが、忘れた。ケータイないしね。固定電話も持っていなかったはず(当時は高額の電話債券が必要だったし)。
賢い女性だった。彼女自身、東大を目指していた、かな。社会的な問題を論じあったこともある。小娘と青二才。程度は知れてるけどね。
娘も読んでいるのにアレだが、丸みを帯びた外見は、後に結婚した女性(カミさんね)に似ている。目がやや切れ長だったか。
レストラン・デートは1回きり。キスもしていない(はず)。手くらいは握ったかも。いわゆる甘酸っぱい思い出というやつだ。というか、オメデタイ話だろう。てゆか、つまらん青春の1ページ。あの写真を見て、ふと「タイムスリップ」しちゃったんだ。それだけのこと。

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