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2013年3月17日 (日)

おつかれさん

東横線の渋谷駅が地下に移った。メトロ副都心線と直結したため、ということで、それは、だいぶ前に耳にしていたが、うかつにも前日まで、その意味を認識していなかった。あの、かまぼこ型の屋根が特徴的な地上駅が無くなるわけだ。感慨深い。

で、慌てて、当日3月15日、現場に向かった。ジャーナリストは現場が大切・・・なんてね。でも、ライター系の知友が数人、やはり、あの雑踏にいたようだ。やはり、この目で見ておきたいんだね。さすがに、最終電車を見届けることはしなかったけれど。

すでに、渋谷駅周辺は変わりつつある。「マークシティ」ができたころかな、だから21世紀に入ってからということになるが、街の風景が、オシャレになりはじめた。1年前の「ヒカリエ」出現で、というよりは「東急文化会館」が消え、顕著になった。この瞬間は工事中で、ちょいとザワザワしてるけど。

このあと、東急百貨店東横店が建て替えられるのかな、15年後には、かなりの変貌だろうね。まあ、そもそもは、1973年にパルコが登場したあたりから、ファッショナブルな街になってきたんだが、1979年の東急109が決定的だったか、若者の街ってなことになってしまった。

80年代から90年代は、こちとら神田界隈で生きていたので、どんどん渋谷から遠ざかってしまい、気がついたら、もう「我が街」ではなくなっていた。猥雑感ゼロだもんなあ~。

いまも、渋谷区に本籍があるし、2歳で五本木、最寄駅は「学芸大学」、そのあと小学校に入ったころは「祐天寺」、と東横線ヘビーユーザー。そして、恵比寿に引っ越し、東横線自体の利用は減ったが、中高大と渋谷駅が中継地点だった。JRにも地下鉄にも、何千回? 乗った。

東横線渋谷駅南口の脇にある、いまは「カフェ・ミラノ」(ここも駅と運命を共にし閉店してしまったが)は、「アートコーヒー」だった。普通の喫茶店より少し安く、待ち合わせに便利だった。個人的な思い出もある。

文字通り、渋谷は庭だった。なのに、齢を重ね「おやじ」に近づくほどに神田や新橋に出没する機会が増えた。そして、ついには銀座界隈へ進出。ぼくにとって、渋谷は「外国」になった。この再開発は「おとなの街」をめざしてのことと聞く。どうなんだろ……うまくいくかな。

あの、東横線渋谷駅は、3月15日、86年の生涯を終えた。おつかれさん。

ほぼ同時に、我が父も、87年の生涯を終えた。おつかれさん。

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コメント

絶妙なブログの文章。。
思い万般。記憶と供養になる文章。拍手。そして合掌

まさかアップしているとは知りませんでした。謝

投稿: seigu | 2013年3月20日 (水) 07時58分

2013年11月17日、本ブログにお邪魔したら、なぜかこの頁に。

しかし、感慨深い文、です。拍手

投稿: seigu | 2013年11月17日 (日) 19時14分

seigu翁、8か月越しのコメントに深謝。

このページが最新、というか、これを最後にずっと怠惰しています。
この間も、ほんの少しの巡回あり、このまま廃墟にしてはマズイなあ~と思いつつ、ご存じのように最近は、すっかりFBに。

どうしたもんか。。。

投稿: hiperk | 2013年11月18日 (月) 02時26分

そうだったんですか。勘違いしていました。時々、こちらへもお寄りしているつもりだったのでした。この頃、勘違いが多くて。謝

投稿: seigu | 2013年11月19日 (火) 11時31分

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