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2012年12月

2012年12月30日 (日)

たかが年の暮

ほぼ予定通りに年末仕事を終え、いくつかの事務作業も何とかこなし、年越し準備、万端~と言いたいところではあるが、大掃除・片付け、サボってます。例年になく、安堵からくる一息が長くて。気がつきゃ、早、大みそか直前。まあ、そんななかでも忘年会は粛々と。

修羅場を脱したら、と画策していたこと、放置したまま。すっかり、気が抜けてしまって。多忙時にかぎってのゲームプレイも、やはり現実逃避行動だったのか、暇になったら、とたんに興味薄れ。まあ、そんななかでも、溜まった録画の鑑賞は粛々と。

2012年を振り返ってみようと、思ってはみたものの、なんだか、かったるく。還暦イヤーではあったが、だからといって特筆すべき事柄、そうはなく。身の回りでは、ひとつふたつ大きな変化もあるにはあるのが、これまた、いまさら書いてもね、という感じで。社会的な面では、総選挙に触れるのは必定かもしれないながら、おもしろくなく。

年末年始といってもね、少し長めの休み。独居シニアには、感慨弱く。『紅白』には知らない名前がどんどん増えていき感情移入できなくなり。初詣では10年ほど前から休止。おせちは、ささやかに。ま、居住まいをちょっと正すくらいかな。一応、この国に生きているわけで、1年の計は元旦に、あるとは思う。

うむ。なんか、投げやり。

でも、たとえば忘年会では、しこたま酒を飲み、歌い、騒ぐ。決して、ウツではないはず。ん? 強引か。単なる「躁」かも。老人性躁鬱、かな。こうしてすぐにレッテル貼りしたくなるのは悪い癖。ただの「老い」なんだろうなあ、このけだるさは。

肉体的な老いは、否定のしようもなく、でも、精神的なやつは、さすがに、どこかで拒絶したいのかもね。だから、折り合いをつけられず、グダグダしている。

結局のところ、どうでもいいような事柄について、いつもダラダラと書いてきたのであって、年の瀬だからマジメなことをと殊勝なフリしてみても、無駄だわな。

わずかな読者が存在することに感謝しつつ、来年も、この独り言をもう少し続けていこう。

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2012年12月18日 (火)

他愛ない話

ドツボにハマっています。そんなときに更新しなくても、とは思うのですが、「超多忙なときこそ他愛ない話題を」と長老に諭されたので。って、ずいぶん他力本願的言い訳ですなあ~。ただの現実逃避行動なのにね。

ま、そんなわけで、どうでもいい話。

政治に目覚めた最初は、いつだっただろうか。そんなことを、ふと、思った。おそらく、思春期だろうね。小学校高学年から中学生あたりにかけて、いわゆる社会性がでてくるんじゃないかな。詳しく語るほどの知見はないけれど、幼子というものは、親きょうだいと親戚、隣のおばちゃん、学校の先生、そのへんまでしか理解が届かないはず。

そこに、同級生とか、その親とか、隣近所の子どもたちとか、その親もね、いろいろ加わって、少し世界が広がるものの、社会を認識するには至らない。中学に進むと、場合によっては電車やバスに乗って通学、という経験から、さらに「おとな」の背中を見る機会が増える。教師も、優しいの一点張りではなくなり、「試験」とか「受験」とか、何やら「評価」という社会的規範が、ミーイズムの心に入り込んでくる。

でもって、自分の進路とか将来とか、なりたい職業とか、そうしたものへのイメージが濃さを増してくる。社会的構造やら仕事の仕組みやら、身近な話になる。自分のオヤジは毎日、会社とやらに行くのに、だから日曜日しか遊んでくれないのに、友人の父親は住まいと兼用の店で商売をやっていて、いつも子どもと接している、日曜だからって休みではないんだ、何かヘンだなあ~と感じたり。働く母親と専業主婦と、ここも違うぞ、とか。

だいたい、そんなもんだろう。あぁ、これは、昔の子ども。現代では、もっと入手情報が多いから、そんな牧歌的な時期は、幼稚園までかも。そのうえ、インターネットなども絡んでくるから、社会性は、かなり小さいときから身につく。あくまでも理屈では。

さて、小生の場合。小4と小5で2度も立て続けに転校を経験したので、目の前の世間は結構広がりを持った。3種類の同級生の「層」を知ったことで、激しく「他者」を意識するようになった。ゆえに、自我にも目覚めた、と振り返る。が、「世界」という感覚は、まだよくわからない。同級生の転校は「親の転勤」のためと説明されても、具体的なイメージは持てなかった。

中学は私立で、さらにもう1つ「層」が増え、電車・バス通学だったので、乗換駅が「渋谷」だったせいもあるが、「街」というか「大人の世界」みたいなものを覗く機会が増える。その結果、「社会」を認識するように。もちろん、ぼんやりとだったが、学ぶ対象も高度化し、その認識が急速に高まる。

そこに、時代的背景が加味されるか。60年代後半、世間が騒々しい。テレビを観ると、映像情報により、理由は不明でも、とにかく現象が強烈に突き刺さってくる。疑問が湧く。本も読む。情報が多層化される。よけいに「?」が増す。否応なく、「社会」への関心が深まる。猛烈に。そして、「政治」へと。

中学生までは、いわゆる成績から「理科系」だったのだが、高校生になったころには(同様の理由により)「文科系」になっていて、就きたい職業に「新聞記者」という希望が明確に。中2あたりで、小説に魅せられた。「作家」にも、憧れた。らしきモノも書き始めていた。

高校2年生で、初めて「デモ」を体験した。希望職種に「政治家」も加わった。

最後の夢は、大学を経て社会人になったころには、すでに諦めていた。新聞記者は、叶えた。もうひとつの夢は、還暦のいまでも、追っている。

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2012年12月12日 (水)

ラッキーかも

本日は、2012年の12月の12日。ま、それだけのことですけど。

選挙中なので、詳しくは書きませんが、一昨日・昨日と、珍しい経験。現職の大臣2人の演説を生で聴く機会があったのだ。ラッキーかなあ~。いや、どうだろう。いまはまだ「現」だが、もうじき「前」だよね。やっぱり、ラッキーか?!

我が街は小さい。JR駅前の賑やかさも、高が知れている。山手線の小さな駅と比べるなんて、おこがましいほど。だから、地元選出の国会議員が演説をするだけでは人は集まらない、と思う。同様のシーンは新宿や渋谷など大きなターミナルでは経験あるけれど、こんなところでね……。

取材から帰ってくると、駅あたりに、けっこうな人だかり。立候補者が街宣車の上で喋っているのは見て取れた。注目の総選挙、関心が高いのか。そうではなかったみたい。応援演説に来る人物の、まあ、人気度ゆえであろう。何たって、経産大臣だし、とくに官房長官時代には、頻繁にテレビに出ていたし。

次の日の夕刻、再び仕事から戻ると、駅前の喧騒は前日より大きく。警察官の数も半端ではない。タイミングよく、ご本人登場。そりゃそうだと納得。総理大臣だもの、応援弁士は。腐っても鯛、は言い過ぎかな。やせてもかれても、も、かな。ま、いいや。

聴衆は2倍くらい。私服も含め警備もすごい。さすがに、一国の総理だね。ケータイで撮影する人の姿、かなりの数。あぁ、当方もデジカメで。ミーハーですから。前日も、ですけど。

話の内容には触れまい。そんな、マジメな動機で、ここに書くことにしたわけではないし。ただ、面白い場面に遭遇した、ということだけ。当方、それどころじゃないのである。あと10日ほど、ド修羅場。

なにより、この更新、12時12分にしたかったのに。

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2012年12月 3日 (月)

師走の妄想

師走である。この忙しいときに選挙とは。どっこい、過去に何度もあったそうで。ふむ。記憶にないなあ。

選挙権を得た1972年、投票に行ったのだろうか。基本、棄権はしないことにしているが、田中角栄の時代か~、まだ学生だったし、この初回は、どうだったのだろう。

おや、その次の76年も12月か。三木内閣ね、うんうん、あぁ、でも日本にいないや。ちなみに、79年、80年と合わせて3回は海外で、物理的に投票不可能。

いきなり脱線。今回、海外の有権者は戸惑っているに違いない。在外投票は、たしか、公示後わずかな余裕しかないはず。新党の「公約」がやっと出揃ったかな、まだ? いずれにしても、吟味などゆっくりしている時間もなく、一票を投じなければならないのである。大変だ。

で、83年の中曽根内閣のときは、帰国している。でも、やはり、年の瀬の選挙に文句を言った覚えがない。

まあ、そんなにドタバタしていなかったのかも。若かったし、仕事に忙殺されていたわけでもなかったし、ということか。
いや、まあ、今回だって、実害があるわけではないけれど。せいぜいが、修羅場ド真ん中で開票特番に時間を取られるのがチト辛い。ってなぐらい。

さて。前々回は、万年野党に政権を取らせてみたら、なんて暴論を開陳したが、その後の2週間、状況は目まぐるしく変わり、公示日が迫る。政党は合従連衡、というかスクラップ&ビルドで、それでも2ケタ。

どこに投票していいのか、わからん、困った、という声が高いようだ。まあ、そんなに真剣に悩むことはあるまい。どの政党にしたって、選挙後、何をするか、どこと連携するか、または分裂するか、我らシロウトには予測がつかないもの。比較第一党が、三極かどこか新党とくっつくかもしれないし、第二党が同様の手法で過半数をとり政権を担当することになるかもしれない。

どこが勝とうと、何を持って勝利というかにもよるけれど、そうそう日本とその周囲の状況は変わらない。いまを混乱とするなら、この混乱は、いましばらく続くだろう。それが「民主主義」というもの。

20年ほど前までのこの国は「一党独裁制民主主義」だったわけで。それが少し流動化し、3年前、決定的に、「選択的独裁」も終わった。「独裁」終焉で混乱しない例はない。何年か、勉強する時間が必要だろう。

もちろん、そんな悠長なことやっている場合か、という議論はある。余裕はまだあると、ぼくは思うが、門外漢、無責任な「感じ」でしかないけど。

とにもかくにも「安定」をもし求めるのであれば、またまた極論・暴論。「天皇親政」しか、手はあるまい。

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