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2012年9月

2012年9月27日 (木)

バランス

「新型うつ」に関する番組を見た。かなりの「症状」が自分に当てはまる気がした。

うまくいかないことがあると他者のせいにする傾向が強かったし、青年期には「社会」を敵に回した。いや、裏街道を歩いたわけではないけれど、政治的なことに首を突っ込み、「世間が悪い」と吠えた。そのあたりは「旧型」かもしれない。

誰かに認めてもらいたいとの欲求も高かった。分析すれば、「現代型うつ」の特徴といわれる、傷つきやすい性格だったのだ。一人っ子の時間が長く、爺婆には初孫、甘やかされたとの自覚はある。ただ、父親は旧帝国軍人で、「ラジカセが欲しい」との要求に即座にオッケイするような性格では決してなかった。友人らの、兵役体験のない父親は概して、話のわかるオヤジだった。

怒られれば「むかつく」って言葉はなかったけど「アタマにきた」し、実際、よく叱られた。以前に書いたが、私立の小学校を「校風に合わず」と追い出された。大した悪戯ではなかったと思うが、成績ではトップだったので、学校側を相当に悩ませたのだろう。

バイトは長続きせず、(不況下にやっと得た)最初の就職も3か月で限界だった(これも触れたことがあるが、途中、「出社拒否症候群」にも)。それなりに真面目に仕事したはずだが、認めてもらえないと受け止めた。「自分に合わない」「向いていない」と勝手な理屈を振り回した。それでも、旧人類だから1年は我慢した。「石の上にも3年」は、さすがに無理だった。

いわゆる「うつ」だと認識したことはない。自責はしないし、食欲低下とは無縁だったし、眠れなくなるなんて笑い話。むしろ、いつも焦っていた。孤独感は強かった。他人(同級生)の言動に自我を抉られたトラウマがある。自傷行為にこそ走らなかったが、一時、けっこうなギャンブル依存に陥った。

これらのマイナス感情の果てには、おそらく「新型うつ」と呼ばれる世界が待っていたのではないか。でも、回避できた。

あっさり結論してしまえば、一人の親友に救われた。ハケ口があったのである。落ち込むと、彼と会い、不満を爆発させた。ある年齢からは酒を飲みつつ、クダを巻いた。もちろん、やつには、いろいろと批判もされた。だけど、素直に受け入れた。

もうひとつ、憧れの職業に就けたことも大きい。上司は厳しかった。職場では、いまならイジメもどきの罵詈雑言。褒めてもらうことなんてなかった。でも、耐えられた、というか、あまり意に介しなかった。好きな仕事をしている。楽しい。前向きにとらえていた。胃が痛くなる日々もあったけれど、後に十二指腸潰瘍にもなったが、会社を辞めたいとは思わなかった。

かつて、ある医学者に「躁鬱病」の傾向を指摘されたことがある。つまり、「うつ」だけでなく「そう」の部分もあったわけで、要するに、バランスがとれたのかな。

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