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2012年6月

2012年6月17日 (日)

温故知新

いま模索中の「新しいこと」を始めるには士気もハードルも高く。でも、新しい原稿ならば若干低く、と、更新。仕事の上で鯨飲馬食のごとく書いたあとだが、ブログはエッセイみたいなもんで、まあ、ラク(エッセイストには失礼な発言かも)。

先日、何の拍子か、「たしかクイーンのCDを持っていたよなあ~」とセルフ・ガサ入れ。CDは勘違いでミュージックテープだったのだが、たくろうやらあのねのねやらに混じって、覚えのないカセットテープを発見。

内容がよくわからないので、すぐには再生せず、当初の目的の「rock you」なんぞ聴きながら、春の宵を過ごし、さて寝るかというときになって思い出し、布団の傍のデッキ(ラジカセ)に挿し込む。

まいった。

1979年5月に録音の、ぼくのアメリカ時代、日本にいる友人への、声の便り、というやつだった。その友は、つい最近も本欄で触れた「故人」という形容詞のつく旧友で、後に再渡米してきたし、日本でも何回か会ったから、紆余曲折あって発送主(記録主)である小生のもとに戻ってきたのだろう。そう推理しているが、定かではない。なにしろ、そんなテープを録音した事実を、すっかり忘れていたのである。

33年。うん、大切なことすら忘却するに十分な年月だろう。旧友W宛てのものだから、もちろん当人は登場しないが、たまたまWの弟Mくんがロサンゼルスにやってきたタイミング、Mの肉声が聴けた。これが、珍しいことではないかもしれないが、Wそっくり。

Mくんとは初対面で、実は、第一印象が、兄貴そのものだった。顔の類似性はそれほどではないが、態度というか雰囲気というか、仕草、立ち振る舞い、そういうところが、驚くほど。声も似ていて当然だが、その記憶はなかった。

ほとんど即興で、ぼくは、Mのことを歌にした。「♪まるで兄さんそのもの・・・やっぱり血は争えぬ」なんてね。この曲、当方の「創作ノート」に歌詞とギターコード進行が残っていたが、明確には覚えていなかった。このMとは、その後30年余、再会の機会がなかったわけで(その再会が葬儀の席なんだから、ヤンなっちゃうよね……)、正直な話、まあ、青春の一頁あたりのレベルだったのだろう。

いわば「原曲」に、四半世紀を超えて邂逅し、勝手ながら、「けっこうエエ曲やん」と。安ギターを奏で、かつ歌っているのは、その道に進むことのなかった小生だし、1番と2番とで微妙に音程が狂っていたり、詞自体も練り込まれていないけどね。

このテープには、ほかに数曲。ひとつは、その1年2か月前に日本へ戻ったWへの、別れを惜しむもの。歌詞は、女性から男性への恋心テーマにしているが、なかなかの名曲だと、Wと共に「自画自賛」したことがある。昨年10月18日記でも触れた。
もうひとつは、Wが帰国したあとに作った、彼への「手紙」モチーフ。これも、ぼくは好きだ。この2曲は、Wが逝ってから、何度も独りで歌っている、追悼の意味だろう。それから、Wと一緒に作った、やはり「帰国」モチーフの曲。
繰り返すが、音源としては、我が人生の半分以上の時間が流れた末の、初めての再会である。
(参考・2010年2月25日からの「音楽との出合い」4回連載)

さらに、Wの自作。タイトルはなく、歌詞カードも何も残っていないので、存在はかろうじて記憶していたが、未完成ということもあり、いやはや、まさに「発見」だ。

さて、こうした「故きを温ねて」、その結果、どのような「新しきを知る」ことになるのかというと、ぼくは、これらの曲を世に出したいとの妄想にとりつかれてしまったのである。温故知新どころか、傍若無人、厚顔無恥、大胆不敵……、日頃は「身の丈」を声高に叫ぶのに、まったくの身の程知らずだよね。

カラオケで中島みゆきを歌うのも楽しいけれど、でも、自作を熱唱できたら……、けっこうステキだとは思いませんか?

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