« 年の瀬に | トップページ | 大晦日 »

2011年12月28日 (水)

ホワイトX

12月25日、クリスマス、当方、耶蘇教信者ではないけれど、ま、この国においては、ただのイベント、めくじらをたてるほどのことはなく、さりとて、ケーキを食べたりすることもなく、淡々と。

それでも、日没後、翌日の朝食用にと近くのスーパーへパンなど買い出しに、家を出ると、雨、あらま、タイミングの悪いことよ、と、日頃の行ないを少しだけ反省するふりをしていたら、雨粒、白く、我が濃紺色のコートに映え、そう、「雨はやがて雪に」と変わったのであって、こりゃ、むしろタイミング良かったのか、と、これまた少しだけ喜んだりして。ミーハーなり。

ホワイトクリスマスだからって、それが、ナンなのさ、とシニカルに笑うほど、小生、醒めた心の持ち主でもないのである。それって、しかし、純ではないよね。

ちなみに、こやつ、またまたアッという間に、雨に戻り、そして、さっさと止んだ。聞けば、有馬記念表彰式のおり、同じ県内で、とはいえ、中山あたりと、ここ千葉市内とでは、いささかの距離ありつつも、降雪ならば、まあ、特筆すべきことでもないのかもしれないけれど、そこはかとない、心の動き、人それを「感激」とか呼ぶや。なんだか、不純。

さておき。メールによれば、クリスチャン娘、当夜は独りで教会へ。とある事情、近しき人は知ることなれど、まあ、公にするほどのこともなく、とにかくも、夫との「別居」状態続くのだが、これが、近く解消か、と。ふむ。

実に、若いって、素晴らしい。

詳細説明抜きに語るは不親切だが、つまり、娘の前にはいま、大きな「法律の壁」が立ちはだかっている。世の大人は、小生も含めてだが、ある決定に従いなさいとの助言。何故なら、「世の中とはそういうものだから」。

長く生きてきて現実の厳しさを知るぼくらは、法の目をくぐる策を講じんとし、政治的判断で、諦める。20代の、あおき娘は、「そういうものではない」と反発し、真正面から敢然と法に挑む。

あぁ、20歳のころのオレもそうだったなあ。「あるべき」論と理想を旗印に、玉砕覚悟の直球勝負。「変化球」を忌み嫌った。あれから、40年、小生も「おとな」になった。もうストレートなんか投げられない。そのうえ、変化球でもゴマ化せないなら、ここは「敬遠」だと。いまだに青臭い正論を振りかざす当方ではあるけど、なに、腹のうちは、相当に黒ずんでいる。

「若い」ということは、怖いもの知らずなんだよね。妙な予断も諦観もなく、真っ白なんだ。スゲェなあ……。

|

« 年の瀬に | トップページ | 大晦日 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 年の瀬に | トップページ | 大晦日 »