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2011年12月

2011年12月31日 (土)

大晦日

いろいろな機会に書いたり口にしたりしていることだけど、2012年は「60年に一度」の年であり、1月は誕生月、それゆえか、今回の年越しは、いつもよりは少しだけ、気分が異なる。

年末も正月も、その風情は年々歳々薄まるばかり、これという感慨もないのが、ここ数年の常。この師走も、実のところ、粛々と日々が過ぎて行ったのだが、あと1週間を残すころになって、どういうわけか、ちょっぴりセンチに。

正確には、感傷的というのとは違うんだけど、まあ、何やら、感じるものが生まれてしまった。

おそらくは、社会的には「3.11」だろう。でも、個人的には、10月の、友の「喪失」。これは、すでに書いたこと。

しつこさは、これまた「老い」の特性か。でも、2011年は忘れられない年になりそうだ。人は、忘れる動物だけどね。

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2011年12月28日 (水)

ホワイトX

12月25日、クリスマス、当方、耶蘇教信者ではないけれど、ま、この国においては、ただのイベント、めくじらをたてるほどのことはなく、さりとて、ケーキを食べたりすることもなく、淡々と。

それでも、日没後、翌日の朝食用にと近くのスーパーへパンなど買い出しに、家を出ると、雨、あらま、タイミングの悪いことよ、と、日頃の行ないを少しだけ反省するふりをしていたら、雨粒、白く、我が濃紺色のコートに映え、そう、「雨はやがて雪に」と変わったのであって、こりゃ、むしろタイミング良かったのか、と、これまた少しだけ喜んだりして。ミーハーなり。

ホワイトクリスマスだからって、それが、ナンなのさ、とシニカルに笑うほど、小生、醒めた心の持ち主でもないのである。それって、しかし、純ではないよね。

ちなみに、こやつ、またまたアッという間に、雨に戻り、そして、さっさと止んだ。聞けば、有馬記念表彰式のおり、同じ県内で、とはいえ、中山あたりと、ここ千葉市内とでは、いささかの距離ありつつも、降雪ならば、まあ、特筆すべきことでもないのかもしれないけれど、そこはかとない、心の動き、人それを「感激」とか呼ぶや。なんだか、不純。

さておき。メールによれば、クリスチャン娘、当夜は独りで教会へ。とある事情、近しき人は知ることなれど、まあ、公にするほどのこともなく、とにかくも、夫との「別居」状態続くのだが、これが、近く解消か、と。ふむ。

実に、若いって、素晴らしい。

詳細説明抜きに語るは不親切だが、つまり、娘の前にはいま、大きな「法律の壁」が立ちはだかっている。世の大人は、小生も含めてだが、ある決定に従いなさいとの助言。何故なら、「世の中とはそういうものだから」。

長く生きてきて現実の厳しさを知るぼくらは、法の目をくぐる策を講じんとし、政治的判断で、諦める。20代の、あおき娘は、「そういうものではない」と反発し、真正面から敢然と法に挑む。

あぁ、20歳のころのオレもそうだったなあ。「あるべき」論と理想を旗印に、玉砕覚悟の直球勝負。「変化球」を忌み嫌った。あれから、40年、小生も「おとな」になった。もうストレートなんか投げられない。そのうえ、変化球でもゴマ化せないなら、ここは「敬遠」だと。いまだに青臭い正論を振りかざす当方ではあるけど、なに、腹のうちは、相当に黒ずんでいる。

「若い」ということは、怖いもの知らずなんだよね。妙な予断も諦観もなく、真っ白なんだ。スゲェなあ……。

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2011年12月27日 (火)

年の瀬に

あっという間に年末。この1か月、公私共に忘年会をやったり、相方と晩飯を食べに出掛けたり、などなど、それなりに。メチャクチャ多忙というわけではなかったのだが、更新をサボった。

多くは怠惰だけど。ひとつには、今年を振り返る時期になったが、それが辛い。「3.11」はもちろんとして、個人的には旧友との別離が、いまなお切なくて。

いつもの弁解ではあるが、いろいろと書き始めてはみたのです。でも、結局、まとまらない。彼との35年間を想うと、ホント、なんだか、落ち込む。

またまたトシのせいにするか。気弱になってきたのかなあ。肉体だけでなく精神も、どうやらヤワになってきているような気がする。

大震災を振り返る特番を見て、間一髪助かった人の話を聞き、涙する。目の前で伴侶・子どもを喪ったケースなんて、もうどうにも……。

東北のある人、カメラの前で「神も仏もあるものか」と思った、そう激白。うん。だよね。それでも、残されたボクらは、こうして生きている。何を拠り所に?

「絆」だなんだと言われるけれど、天邪鬼な当方、にわかには信じない。善人は、たしかにいる。自らの命を賭して赤の他人を救った、とか、美談(素直に使っています)は、枚挙に暇がない。でも、半面、賞味期限のとっくに切れた食品を「援助物資」にした事例も、ある。

こんな時代に、希望なんぞあるものか。では、いったい、何を信じて、生きるのか。畢竟、数人の、身の回りの、友らとの、つながり……「絆」と呼ぶほど大袈裟ではなく、こんな小生と、なぜか、つきあいを続けてくれている、かれらとの、縁みたいなもの、それが、うれしい。

ふむ。こういうことを臆面もなく書けるって、やっぱり、老いなのかなあ……。

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