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2011年10月15日 (土)

「シーズンⅥ」

とりあえず、新しいシーズンである。「とりあえず」というのは、ごらんのとおり、このところ更新をサボっていて、前期もラスト1か月で1つだけ、そんな体たらくで、またまた1年の長丁場を走りきれるのか、自信なく。これが「ファイナル」かも。

くりかえしの弁解ながら、仕事で日々、原稿を書いている。月に40Kだから、ざっと2万文字か。一日あたりでは1000文字程度、大した量ではない。もっとも、実働ベースだと(具体的な計算式は秘匿^^;)数千のオーダー。比して、このブログは、せいぜい数百字/e。なんてことないはず、なんだれど……。なまじ、文章を綴る生業ゆえ、と、言い訳の窮みですね。

ズルズルやっていれば、それはそれでいいのかも。とはいえ、続けていくことのストレスも、少し感じる。誰に強制されたわけでなく、ただの好奇心で始めたのだから、自分勝手に進め、やめてもいいとは思う。それでも、「このところ滞っていますね」なんてリアルな読み手つまり知友からface to faceで指摘されると、そうそうあっさり白旗をあげるのもね。「定期」はヒトケタでも「読者」が存在するわけで。書き手としての「プライド」、あったりして……。

テレビドラマや映画のネタなら、気軽に書けそうだが、極めて情緒的な感想を文章化するとき、いくばくかの理屈を求めてしまう性格、いかんとも。これが、けっこう大変。曖昧な記憶の頼るのも、「事実関係は正確に」の新聞記者時代の教え、骨身に沁みていて、ついついネット検索で調べたりしていると、時間的な負担、バカにならず。

いつものグチですね……。

唐突ですが、今季のテーマは「老い」かな。もうじき還暦ですし。なにはともあれ肉体的に下り坂の現実への戸惑いとか、それなのに気分は「不惑」には間違いなく程遠く、そうした、おのれの実年齢と精神年齢との間の、いわゆる違和感みたいなものとか、そんなこんなを記してみたい。あくまでも、願望ですけど。

そんなわけで、「小ネタを小マメに」を性懲りもなく掲げつつ。よしなに。

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コメント

hiperkさん、こんにちは。「老い」は早いのでは? なんだか、「老い」は逃げる、というイメージがあります。年金の問題みたいに。60といえば65に、65といえば70に、みたいな。
リタイアとか健康、という個別のテーマはありかもしれないですけど。想定としてはあり、ですが、還暦はまだ折り返し地点のような……。

投稿: ますもと | 2011年10月16日 (日) 07時28分

お早うございます。
昨晩、このブログを開き、コメントを入力中にタッチミスをしたら消えてしまい、それまでにしてしまいました。本日、パソコンを入れ替えます。このパソコンからの最終投稿。

「老い」は、ますもとさんの言われるように、逃げる感じがありますね。また、新しい生活現象、身体状況が現れて戸惑うものでもあります。体験的に。

しかし、60歳ではさほどのことはない。
むしろ、折り返しというより、新しい旅立ちととらえたほうがベターでしょう。ますもとさんは50代にそのことを実践、体験された。ベスト。

愚生、教員に転じたのが58歳でしたから、その頃、老いの実感は少なかった。同じ仕事でも、新しい視点、手法で新規巻き直しといかれれば、老いを新鮮に受け止められるのではないでしょうか。

偉そうなことを言っていますが、60代、体力維持に努力されるといい。それが老年時期対策として必須条件ですね。愚生、それが不足していて今の苦衷があります。

しかし老いの時期は、つるべ落としのようでもあります。どうぞ、ご自愛を。

それらのことをブログで綴られていくと、いい学習になるでしょう。読むほうも、そうか、そうかと読み続けられるでしょう。

投稿: seigu | 2011年10月16日 (日) 08時12分

ますもとさん、seigu翁、今季も早速のコメント、ありがとうございます。
前期は小生の42の記事に対して実に132ものコメントをいただきました。その多くが(確認していませんが)お二人からかと。
コメント返しを書いていたら、おもわず長くなりましたので、稿を改めます。

投稿: hiperk | 2011年10月16日 (日) 15時18分

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