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2011年10月

2011年10月31日 (月)

あのころは4人でいつも遊んだね ふたりがすでに鬼籍入りとは

今シーズン、こまめな更新を心掛けたのだが、たちまち滞っています。
ひとつは、仕事。この1週間あまり、大阪出張があったり、取材が続いたり、と、少しバタつきまして。大阪の話、または行き帰りのことなど、いずれ。
もうひとつは、かの友の葬送で。気落ちしている、というのではないんだけど、なんか……、その気になれない、というか、やはり、影響は受けているのでしょうね。

通夜と葬儀とに出ました。親族含め何人かの知友と久しぶりに顔を合わせました。「弔問外交」ほどではありませんが、あのような場では、思い出話を通し旧交を温めるということも、ひとつの役割りかも。
故人の弟さんとは、ざっと30年ぶり。当然のように、認識できず。お互い、20代だったのが、ともに、頭髪見る影もなく。ギター作り職人の彼とは昔、「ぼくのために作ってくれる」との約束、ま、約束というほどきちんとしたものではなかったけれど、しつこく持ち出した。覚えていてくれた。
執着しすぎかもしれないけれど、なんだか……、ある種の、形見分けみたいな、そんな気分でね。

それにしても、この旧友のことを「故人」と表現しなくてはならないなんて、悲しいね。

共通の友人との10年ぶりの再会とか、喪主挨拶でミセスが語った「ラスト・ラブレター」に涙したことなども書こうと思っていたが、気乗りしない。

なんとも半端なまま、10月を送る。

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2011年10月19日 (水)

さらば、右京さん

あ~っと、このタイトル「左京さん」の間違いではなく、だから本ブログ7/28付けの小松左京氏への「惜別の辞」とは関係なく、前項の「弔辞」とも無縁です。

きょうの対象は「杉下右京」。言わずと知れた、と思うのはぼくだけ? 水谷豊かが演じるテレビドラマ『相棒』の主人公の役名。その『相棒』シリーズ第10作が始まり、やっとこれでドラマが堪能できると、喜んだのはいいんですが。どうやら、今シーズンでファイナルのようです。

細かい理由はまだ書きません。観てない人に、って相方のことですけど、ネタバレになってしまいますしね。ただ、ぼくは、だいぶ前から、そろそろ仕舞い時だと考えていました。そのあたりは相方とも語り合っているので、「そもそも話」から。とはいえ、「解説」みたいなことは苦手ですが。

『相棒』は、いま流行りの「バディもの」の先鞭でしょう、条件付きですけど。頭脳明晰(すぎる)杉下右京と熱血漢の体育会系・亀山薫とのコンビの刑事ドラマとして、単発時代を起点に2000年スタート。当初の視聴率は12-13%程度で、実はぼくも知らず(何だったか覚えていないが裏番組を観ていた)。シーズン5の途中から、ぼくのミステリー好きにようやく気づいた相方の推薦により観始め、たちまちトリコに。

一言で表現するなら、緻密な推理劇。よく練られたシナリオと巧みな演出、つまり、ありがちな、人気タレントや評判の原作による安易なご都合主義を排していて、おとなの鑑賞に値する手抜きのない(数少ない)ドラマとして見応えがあった。08年5月には劇場版が公開され(出来はイマイチ)、知名度を広げ、視聴率も上昇、シーズン9では20%超えに。と、ファンとしては拍手喝采の成長ぶり。

ですが、シーズン7途中で、薫ちゃんこと寺脇康文が(なぜか)降板してしまい、その季の後半は右京さん単独で踏ん張る、という異例の展開。シーズン8から(正確には7の最終話から)及川光博による神戸尊が新相棒となり、劇場版Ⅱを経て、完成度を高めていることは、率直に認めましょう。

だけど、時系列でいうとシーズン9の始まる前に、もうひとりの主役・小野田公顕官房長が殉職してしまいました。いまでも、亀山薫とともに小野田官房長の存在は『相棒』の基本コンセプトだと思っています。薫ちゃんの代役を尊クンは見事に演じています。それは、言わば嬉しい誤算。しかし、官房長の代わりは、いません。前述の「条件付き」とは、このドラマは「2人による」のではなく「3人による」バディものだという意味で、その点でも特筆すべき構成になっています。

そうした根本的な枠組みが、ここまで崩れてしまって、それで『相棒』の冠を維持していくのは、さすがに辛いと思うのですね。シーズン10の初回も堪能しました。刑事・警察・推理ドラマとしては極めて質が高いので、今季も毎週水曜日が待ち遠しい。だけど、幕引きのタイミングでしょう。

テレビ局の都合なんかもあって、そうそうあっさりと「ファイナル」だとは明らかにできないでしょうが、季の半ばで、仄めかすかな。そんなアナウンスが出たら、もちろん大いに落胆します。でも、何事にも「おわり」はあるわけで。

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2011年10月18日 (火)

友よ

まさか、きみをみおくる日がくるなんて、思ってもみなかった。いや、あんさんから、メールで、入院していると聞き、それが辛い病だと知り、半ば覚悟はしたのだけれど、でも、ぼくは、どこかで、2歳(ふたつ)も若いきみが先になるとは、思いたくなかった。長いつきあいだもん。考えたくなかったんだ。

そやけど、第一印象は、悪かったなあ~。あんさんの、その人懐っこさ、初対面から、旧い友達のように接する、遠慮のなさ、ちょっと苦手だった。ぼくの人見知りを、あんさんはあんさんで、メンドくさいやつだと。つまり、お互いさまだったと、あとで知った。そやのに、あれから30年あまり、友人でいられた。よかった。

でもさ、ぼくらの約束は、どないすんのや? 昔、若いときに、あんさんと、そしてウチの女房と、3人で多くの曲を作った。青春の思い出。だけど、いつだったか、去年だったけ、「1曲か2曲、エエのがあるでぇ、Keiさん、いまなら売れるかもしれへんでぇ」と、きみが言うものだから、「よっしゃ、歌のうまい若いこを見つけて、レコーディングしようや」と、「老後は印税生活や」と、酒も飲んでないのに、盛り上がったやん。あの約束……、まだ果たしてないやんか。

まあ、しゃないなあ~。あんさんは、もぉおれへんのやし。女房も、おれへん。そっちで、女房と、Emiちゃんと、デュエットしとき。ぼくらが結婚したとき、あんさん、ぼくがいなかったら口説いてた、って。いまなら、もぉかまへんで。口説いても、ええで。そっちで、仲良くやっとき。いずれ、ぼくもいくし。そしたら、また3人で、大合唱しよや。あぁ、あんさんの奥さんも入れて4人か。不謹慎な話やな、すまん。

1976年のクリスマスイブの夜に、アメリカ・ロサンゼルスで、あんさんと初めて出会って、35年、ずっと友として生きてきたこと、ぼくは、本当に、幸せだったと、ホントに、そう思う。

じゃぁな。

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2011年10月17日 (月)

「老ける」のではなく

後ろ向きの人生だったのに、たまさか前を向いてみたら「老い」に気づいた、そんなことを10月16日付で書いた、と思う、たぶん。
いきなり脱線だが、自分の文章をまとめるのは苦手だ。このブログ、論文を著しているわけではなく、ただの随想だから、それにしちゃ理屈っぽいけど、理論的に破綻していないとも限らない。論の進め方におかしな部分があるのは否定しない。日本語としてのわかりやすさ、的確さには留意しているけどね。

これからの生き様を注視するようになったのは、残り時間が短くなってきたと自覚したからではあるが、身近な「喪失」も大きく関係する。
ひとつは、言うまでもなく伴侶の他界。小生49歳。きちんとした将来計画をそれまでに立てていたわけではないけれど、ざっくり、こんな感じというものはあった。それが崩れた。幸い、過分な相方と出会えたが、先の見通しについては不透明。少しはクリアにしたいと、視線が前を向く。

もうひとつは、母のお迎え。父よりも早かったのは完全に想定外だったが、何よりも、「あぁ、親をみおくるトシになったんだ」と認識した。ちょうど3年前。小生56歳。当時、周囲で同様の事例が幾つか。なおさら、痛感した。
そして、「老い」という言葉が、ぼくのアタマにすみついた。

祖父は60歳前に亡くなったが、祖母は長生きし、92歳での大往生。このとき、当方、50の大台に乗って間がない。知友の話では、じいさんばあさんをみおくるのは30代とか、もう少し若いときが多いようだ。その意味でも、老人の葬式に出る機会として、やや遅かったか。平均寿命が延びて「老老介護」などという言葉が生まれたが、これからは「老老葬」か。

ここまで書いて、seigu翁からの「老いをプラスイメージで」とのコメントに接する。慧眼である。これまで「老い」を、身体が弱る、知識が役に立たなくなる、いろいろなことができなくなる……そうした負の意味合い強く使っていました。でも、たしかに、「新しい体験で智慧を重ねることをも言う」との翁の指摘、ごもっとも。

老ける、のではなく、老いる。
齢(トシ)をとる、のではなく、齢(よわい)を重ねる、これは、ぼく流。

ポジティブ・シンキングってことですかね。英語、というかカタカナにすると、わかったつもりになるのは良くないクセですが。

そんなわけで、生来の楽天気質のままに、「老い」を楽しむつもりで、並んで歩いてみよう。

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2011年10月16日 (日)

「老い」を意識するということ

前稿で「老い」という言葉を気軽に使ったら、レギュラー・コメンテーター2氏から、気が早いとの指摘。はい、もちろん、自らを「老人」とは認識していません。若いときの予想からすれば、まったく逆、還暦間近の実感、ほとんどありません。

その「ズレ」、つまりは、ますもとさんの言うように「老いは逃げる」ようで。いや、「老い」に限らず、「齢」とは手が届かない陽炎かも。40歳になったときも、50歳を越えたときも、似たような感覚でした。

いまも、「アラ還」を多用していますが、正直、「もうじき還暦なんだよ」と自分に言い聞かせているような、要するに、「還暦」は逃げている、といったイメージですね。

ただ、一方で。ここからは、いささか文学的考察みたいなものになるでしょうか、かなり以前から、時代認識とか、自分にとっての1960年代とは、同じく70年代とは、とか、そして、年齢とか、さらには、その両者の関係とか、そうしたものに関心が高かった。たとえば、「主観的な60年代は1975年まで続いていたかも」とか、そういう、まあ、一種の妄想ですけれど。

同様に、トシについても、たとえば「19の秋」とか「28の春」とか、そういう記憶を大切にしてきたこともあり、実年齢と「情緒的な年齢」との、差異みたいなものを意識する傾向が強いのかもしれません。

当然ですが、老いは未経験です。いや、還暦も何もかもが同じ。「未来」は文字通り「未だ来ない」のだから、すべての1秒先が初めての経験です。でも、実際には、明日は(基本的に)きょうの繰り返し。別に、毎日毎日、新しい刺激を得ているわけではありません。

もっと言えば、このところ、1か月単位でみれば、上旬に修羅場、脱出して溜まった録画を消化する、とか、1年単位なら1月はあれ、2月はこれ、といった感じで、多くの出来事は、ほぼリピートしています。

そんな日々の積み重ねを、あるとき振り返ると、数年単位の「何か」に気づいたり、もしくは、数年単位で見通すと、「あぁ、もうじき還暦か」とか、人生の尺度に触れます。「生涯」でもいいですが、寿命80歳と仮定し、冒頭の10年は無意識ですから省き、人生70年、45歳くらいが折り返し地点だとか、55-56歳で三分の二だったなあ~残りは三分の一か~、とか。

これは、あくまでも、数字の上でのこと。とても長く感じる1日もあれば、その1日程度の速さで1週間が過ぎていったり、感覚と理屈とは違う。もしくは、積み重ねた1年と白紙の1年とでは、もちろん重みが異なるわけです。

顧みれば、たしかに、人生には「節目」があります。この先にも、いくつか、あるでしょう。数少ないであろうその節目のひとつに、どうやら、ぼくは「還暦」を想定しているようです。そうなんです、ぼくは、「予測」しているのです。

「60歳で定年、年金生活に」というような計算が立たない生き方をしてきたせいか、計画や見込みを立てたりはもちろんしますが、将来不安とはもしかしたら無縁だったのかもしれません。いま初めて、残り20年を「計算」してみて、リアルに「老い」を意識するようになってきた、そう言えるのかも。

そんなふうに考えると、「早すぎ」どころか「遅すぎ」かな。「常に後ろを振り向かずに前だけを向いて」ではなく、常に先のことなど気にせず後ろを振り返りながら歩いてきた、そんなぼくの目の前に、いや足許から、「老い」が広がり横たわっているのです。

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2011年10月15日 (土)

「シーズンⅥ」

とりあえず、新しいシーズンである。「とりあえず」というのは、ごらんのとおり、このところ更新をサボっていて、前期もラスト1か月で1つだけ、そんな体たらくで、またまた1年の長丁場を走りきれるのか、自信なく。これが「ファイナル」かも。

くりかえしの弁解ながら、仕事で日々、原稿を書いている。月に40Kだから、ざっと2万文字か。一日あたりでは1000文字程度、大した量ではない。もっとも、実働ベースだと(具体的な計算式は秘匿^^;)数千のオーダー。比して、このブログは、せいぜい数百字/e。なんてことないはず、なんだれど……。なまじ、文章を綴る生業ゆえ、と、言い訳の窮みですね。

ズルズルやっていれば、それはそれでいいのかも。とはいえ、続けていくことのストレスも、少し感じる。誰に強制されたわけでなく、ただの好奇心で始めたのだから、自分勝手に進め、やめてもいいとは思う。それでも、「このところ滞っていますね」なんてリアルな読み手つまり知友からface to faceで指摘されると、そうそうあっさり白旗をあげるのもね。「定期」はヒトケタでも「読者」が存在するわけで。書き手としての「プライド」、あったりして……。

テレビドラマや映画のネタなら、気軽に書けそうだが、極めて情緒的な感想を文章化するとき、いくばくかの理屈を求めてしまう性格、いかんとも。これが、けっこう大変。曖昧な記憶の頼るのも、「事実関係は正確に」の新聞記者時代の教え、骨身に沁みていて、ついついネット検索で調べたりしていると、時間的な負担、バカにならず。

いつものグチですね……。

唐突ですが、今季のテーマは「老い」かな。もうじき還暦ですし。なにはともあれ肉体的に下り坂の現実への戸惑いとか、それなのに気分は「不惑」には間違いなく程遠く、そうした、おのれの実年齢と精神年齢との間の、いわゆる違和感みたいなものとか、そんなこんなを記してみたい。あくまでも、願望ですけど。

そんなわけで、「小ネタを小マメに」を性懲りもなく掲げつつ。よしなに。

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