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2011年8月

2011年8月30日 (火)

「どじょう」……

千葉県から初の総理大臣だとか。ふむ。いまさら「我が郷土の生んだ・・・」などと強弁しても始まらないが、まあ、しかし、いささかの感慨。
かつて、この県選出の国会議員というと、なにやらスポットは浴びるものの、誇れず。それらに比べれば、って、比較するのは失礼かな、首相としての器は未知数ながら、千葉のよしみで、少しだけ期待。

あぁ、大急ぎで。ぼくは、前任者の辞任は必要ないとの立場。消極的かつ複雑な思いではあるが、支持していた。「脱原発」を明示したせいで引きずりおろされた、と勝手に信じている。根回し下手を批判されたが、その「独善」を、ぼくは、それなりに評価したい。異論も多いだろうけど。
新代表は「党内融和」を唱える。が、そんなのロクなもんじゃない。早く割れてしまえ、と思う。そして、再編してもらいたいなあ~。でなきゃ、それだけはしたくない「棄権」という選択肢しかなくなる。ここの選挙区の現職には一票投じたくないんだもの。

さておき。今年の初めごろだったか、我が相方に出身高校の会報(らしきもの/記憶曖昧)が届き、そこに「野田佳彦」の名が。「ん?」「うん、ウチの高校なのよ」「きみの先輩?」
そう、政治家は年上と相場が決まっている。が、「ううん、後輩みたい」と。調べると、生年は同じ。彼女のほうが2か月ほど早い。ただ、年度をまたぐので、つまり相方は早生まれ、よって1年先輩にあたるわけ。
残念なことに「思い出は何もない」そうだ。船橋駅前の辻立ちは有名だが、そもそも、その会報誌で初めて同じ高校出身だと知ったらしい。

その際のエピソード、実はこれだけ。震災前で、当時、この名前が数か月後に、まさか新聞トップに躍り出るとは、まったくの「想定外」。県選出の財務大臣だし、まあ、もう少し、何か言葉を交わしたとは思うのだが、覚えていない。

彼女と「カレ」の関係だったりしたら、面白かったのに……。

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2011年8月11日 (木)

辛気臭い話

近しい二人が、いま、病の床にいる。

ひとりは父親。こんな言い方は、まあ、不謹慎なんだろうけれど、ここでも何回か触れたように、拾った命を保ってきただけに、当方に動揺はなく。「ついに?」という受け止め方。

まだ見舞っていない。大急ぎで弁明すれば、盆休み前のド修羅場だったのでね。「家業」だから、息子としての心配もあるが、仕事を預かる身としての「義務」も無視できず。

でも、このシベリア帰りの元帝国陸軍軍人、どこまでも悪運強い。詳しい経緯は省くが、月内には生還となるだろう。かえって、この猛暑を「完全看護」で涼しく過ごせて、ラッキーか。

もうひとりは、30年来の友人。こちらは、詳らかにはしないけど、いや、したくないのかな……、長い闘いに。すでに、2か月あまりが過ぎていて、半月後に知り、見舞いには2回。

病室で何を語ればよいのか。難しいね。本人は病名を知っている。「最近は、あっさり告知する」と驚いていた。うん、そうなんだよね。その分、こちらは、やや身軽。下手に隠す必要がない。が、半面、避けづらい「話題」も。

ミセスの看病、大変だろうなあ。明るく振舞っているけれど、こやつ、仕事が「踊り場」で。つまり、財政的に苦しい時期で。入院が長引けば、サラリーマンではないので、収入途絶に直結する。何とかしてやりたいと思うが、小生の懐、この酷暑の「真逆」、寒い。

オヤジは平均余命をとっくに超えている。が、友は、年下。無事に退院してもらいたい。

鎮魂の季節に、ふさわしいような、ふさわしくないような……。

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