« 梅雨晴れ | トップページ | 七夕の深夜に »

2011年7月 2日 (土)

十年ひと昔

10年を一区切りに振り返ると、これまで6つの「ひと昔」を重ねてきたことになる。最初の10年はほとんど覚えていないので除外するとして、記憶の対象としての10代は、まあ、子どもから大人への大きな階段で、あまりに多くのことがあったから、これも省こう。

20代は波乱万丈。
はたちの誕生日を一緒に迎えた女性は半ばで消え、20代ラストには、その10年前にはいかなる関係も存在していなかった女性と所帯を持っていた。当初は学生だった、が、社会に出て、そのあと留学、いったん学生に戻り、再び就職、憧れの新聞記者に、それも米国で。居住地も、東京都心から、下町の社員寮にしばし、そしてロサンゼルスへ。「未来予想図」はこの10年間でまったく違うものになっていた。

30代も大きく変化した。
帰国して3か月、30歳の誕生日は都心で女房と二人で祝い、みたびの会社勤め、都落ちし、埼玉県へ。子どもが生まれ、マンションを購入、最初のフリーランスに。バブル初期に売り払い、借家ながら事実上初の庭付き戸建てに引越し、フリーでは食えないと悟り、またもやサラリーマンに。1年に4回の海外取材、トータル30日あまりの留守。39歳の誕生日は、湾岸戦争2日目、アメリカの首都・ワシントンDCで。将来の見通し、不確かではあったけれど、マイホームを持って、とか、なんとなくファミリーとしての夢は追いかけていた、ような。

40代も同様。
40歳の誕生日は土曜日で家族と過ごし、同一県内で引越し、そのころから「単身赴任」状態(休みは日曜のみ、連日終電・ときおりタクシー帰宅)のモーレツ戦士に。半ばで、ついに「宮仕え」を諦め、会社を作り、さらに1年後、もうひとつ自分だけの会社設立、都心に事務所を構え、(母子)家庭を顧みず、いつのまにか小学生だった娘は女子高生に。49歳の誕生日は、その5日前の「血痰」の原因不明で診察結果を待つ不安のドン底。次の誕生日はあるのか……と。もっとも、「予測」はとんでもない方向で外れたが。

50代。
2002年1月の50歳の誕生日は、49歳での患いは幸いの結果だったが、元気が取り得のはずの伴侶が先に逝ったため、直前に我が名の本の出版という念願叶うも、(娘は居たけど)独りだった。にわか「センセイ」ブームも1年ほどで去り、お先真っ暗かと思えば、相方登場、都心のオフィスを引き払い、埼玉から千葉に移り、距離を縮めつつ、その娘もアメリカへ、独居老人(予備軍)ながら、悲惨さは薄く。とはいえ、父親が4回も死線を彷徨い、フリーながら「二代目」のような妙な立ち位置、こちらも女房が(つまり母親が)先立ち、親子そろってのヤモメ暮らし。59歳の誕生日は無事に迎えられたが、さて、半年後に迫る還暦は……。

10年。120か月。3650日余。約8万7600時間。いろいろなことがあるものだ。01年7月2日には想像だにしなかった「いま」を、ぼくは生きている。

|

« 梅雨晴れ | トップページ | 七夕の深夜に »

コメント

滑らかな文章。落着きと深さ。
回顧談。「波乱千丈」でこれからが楽しみ。

今日は少し涼しそうですね。相方さんともども佳い週末を。

投稿: seigu | 2011年7月 2日 (土) 07時57分

seigu翁、ありがとうございます。
本日は、ひとりで、静かに、すごしています。

貴HP、開設10周年ですね、おつかれさまです、こちらも楽しみ。末永く。

投稿: hiperk | 2011年7月 2日 (土) 14時01分

拙サイト、10周年。ご指摘に深謝。忘れていました。これからもどうぞ、お寄りください。清愚

投稿: seigu | 2011年7月 3日 (日) 08時42分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 梅雨晴れ | トップページ | 七夕の深夜に »