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2011年6月 3日 (金)

茶番? まさか。最高の劇だったよ

「似非プロ/専門家たちの化けの皮が剥がれつつあるのかも」と書いた。「かも」は要らないようだ。

「退陣表明」と、ほとんどのメディアが報じた。「えっ!?」と、ぼくは驚いた。代議士会での発言をリアルタイムで(NHKで)観ていた当方、「続投宣言」と受け止めたのである。「あぁ、これで不信任案はもしかしたら可決されるかもね」とすら。

ところが、テレビのスーパーには「辞任表明」などの文字が躍る。チャンネルを回した(旧い言い方でゴメンね)。どうやら、「辞める」と解釈しなかったのは、ぼくだけ? おかしいなあ~。たしかに、それらしい雰囲気は出していた。「進退」には言及した。でも、言質は与えなかった。やはり、したたかだな、この首相は……。

続いての本会議で、だから何人が「造反するか」、興味津々。あんな曖昧な表現では反菅派のみなさん、溜飲を下げまい。不信任案に反対とはならないだろう。賛成票は投じないまでも、欠席・棄権がどのくらい出るか、と。

しかし、特番のコメンテーターたちに緊張感がない。なるほど、「総理の辞任」と思い込んだテレビ各局は「否決」を予想し、それゆえ、誰が「白票」を投じるか、真剣にウォッチしなかったのか。結果は言うまでもなく。

ま、詳しい経緯(らしきもの)は、きょう、いろいろな場面で「解説」されているから、「その後」のことには触れない。なんにしても、言葉というものは奥が深い。永田町は、とくに。だから、専門家に説明されないと、よくわからん。「善処する」は「何もしない」意味なんだ、とかね。

だけど……。ぼくらは、いささか、そうした「裏読み」に慣れすぎてしまったのかもしれない。一億総評論家として、それらしい「解釈」に納得したつもりになっているだけで、「真実」から目を背け、いや、そんなもの、どうでもいいと諦め、「楽屋話」を楽しむ「観客」と化している、のかも。自戒も込めて。

そうそう、ひとつ蛇足だけど。「人間、ウソはついてはいけません」だって??? 大笑い。この発言こそ、今回の一連の動きのなかで最大の「茶番」だよね。

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コメント

政治劇もドラマが無くなりましたね。緊張感が弱い。
民主の賛成票を投じるかと思われていた議員たちの多くは、実際にはそうしたくなかったのでしょう。
「破れかぶれ解散」でもされたらどうしようか。そうおびえていたのでは。選挙区に帰れば、「何やってんだ」と叱責されること確か。
「メド」は渡りに舟。内容はどうでもいい。
「ウソをついてはいけません」。お坊っちゃん言葉を使う政治家は何とも。家の民子さんすら、「あれは言わないほうがよかった」と。

ところで、折を見て平井へお寄り頂けるような話。もう四年越しになりますね。当家へのお越しは。老いぼれ深まりですが、よろしければ。

投稿: seigu | 2011年6月 3日 (金) 15時18分

実は原稿の締め切りが迫っていて、よく読み返すと、冒頭の1行が浮いており、論旨不明瞭だったかな。反省して補筆。

一般国民もメディア、専門家、そして国会議員自身も、多くが今、「辞任表明した」もしくは「示唆した」ことを前提にしているようだが、これ、実は、思い込みではないのか。

前首相との話し合いで何を明言したのか、同席しない身には確かめようがないが、少なくとも前任者は「総理は辞めると言った」と受け止めたのだろう。だから「ペテン師」だと憤る。でも、本当なのか。
表に出ている部分でみても、曖昧な言い方だったと推察できる。でも、言葉の軽さでは抜きん出る前任者は、そう解釈した。で、おそらく、「言質を取った」と触れ回ったのだろう。その情報は、仲間の議員だけでなく、他党やメディアの人間へと流れた。そこで、代議士会での本人の挨拶を、予断を持って聞いた。「辞任」だと思い込んだ。
しかし、初めて耳にする当方は、繰り返しだが、それらしい言及はあるにはあっても「辞める」とは言明していないと聴いた。むしろ「続投宣言」だと。「ぼくは公平だ」とか「言葉のプロだ」とか言いたいのではない。前・現首相会談の事実を知らなかったので、素直に聞いただけ。
でも、コメンテーターやテレビに出ている専門家たちには、たぶん事前情報として伝わっていたのだろうから、かれらは思い込んだのだ、これが「退陣表明」だと。あのような曖昧な表現であっても、永田町の常識からすれば、「辞める」という宣言なのだと、かれらは受け止め、それを前提に、「辞める首相では死に体だ」「被災者は怒っている」「日米首脳会談なんかできない」「また変わる日本のトップ、外国に対し恥ずかしい」などと騒ぐ。
そして、そこだけを聞いた一般人にとって「辞任」は既成事実となってしまった。「街の声」も、聞き出す側が「菅さんが辞めると言いましたが」との前ふりでマイクを向けただろうから、当然のように「またか」となり、「茶番」だと反応する。

つまり、ぼくらは、専門家と称する人たちに、思い込まされているのではないか。いや、「原発安全神話」を例に出すまでもなく、このような、ある意味で偏った「解説」を、ずっと吹き込まれてきたのではないか(一例として思い出すのは、ここにも書いたけれど、凶悪犯罪の発生件数は減少しているのに、世の中の騒ぎ方が激化しているためか、増加の一途だと「誤解」し「悲惨な事件が最近多いね」なんて会話を交わしてしまうことなど)。

真摯に耳を傾ければ、矛盾した、根拠のない(薄い)、おかしな話だと解るのに、ぼくを含め、ついうっかり、専門家の言うことなのだからと受け入れてしまっていたのではないか。

投稿: hiperk | 2011年6月 3日 (金) 16時29分

コメントいただき、ありがとうございます、翁。
文章を足しました。ご笑読ください。

もう4年越しですか、、、恐れ入ります。この件、別途、ダイレクトに。

投稿: hiperk | 2011年6月 3日 (金) 16時37分

明晰な、そして衆愚に列しないコメントに、「健在」を感じました。

40年余居座る「カダフィよりはまし」という話もあり、どういうものかと思っていますが、原発事故の収束に向けてひとはたらきし、発電、送電の切り離しを実現する「メド」をつけたなら、政界史に残る人物になるでしょう。少なくとも「脱原発」を最後っ屁にしてほしい。

別件は、よしなに。

投稿: seigu | 2011年6月 4日 (土) 08時02分

お褒めの言葉(ですよね)、恐悦至極(使い方、間違っていませんよね)。
本日の官房長官・枝野氏の発言によると、どうやら秋まで「居座る」つもりはないようです。
ぼくは、もともと、3/11に命運が絶たれるはずだった総理なので、大震災以降のこの数か月の「余生」を、誤解を恐れずに言えば「花道」として、ダメ元で「政(まつりごと)」に臨んでもらいたい、と。その意味で「菅政権に不満」なのですが、ええ、おっしゃるように「最後っ屁」には大いに期待しています。

投稿: hiperk | 2011年6月 4日 (土) 12時42分

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