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2011年6月

2011年6月30日 (木)

梅雨晴れ

今年の梅雨は、いかにも梅雨らしく、そして、ここ2~3日は、いかにも梅雨晴れで、気温も急上昇、エアコンが恋しい、って、節電=不使用と決心しているわけではないけれど。

実際、一昨日だったか、相方宅で夕食時に彼女が熱中症もどきに。料理に火を使うから、局所的には40℃近くに達したかも。たまらず冷房オン。やっぱり、文明の利器だよね。

昨夜は、ようやくの、バースデー・ディナー。3月17日に予定していたもの、ざっと3か月遅れで実現。庶民レベルの、つまり格安のステーキを楽しんだ。たまたまの「レディース・デー」、けっこうの盛況である。さらには、29日ゆえ「ニクの日」とか。小さな子どもも多く、ちょっと賑やか過ぎたけど。でも、おかげで、彼女のみデザートのアイスクリームを半額で。ニコッ。もちろん、店内は涼しい。

国産和牛もリーズナブルな価格。コストパフォーマンス高く、満足。ただ、一点、惜しい。これ、いつも感じることなんだけど、客の案内の流れの、滞り。うまく対応するレストラン、少ないんだよね。

店が混雑していると、受付けに名前などを書いて待つわけだが、明らかに空いている席、いくつか。でも、先客も含め、なかなか呼ばれない。空腹の皆さん、ちょっぴりイラつきかげん。しかし、従業員たち、サボっているようには見えない。よく動き回っている。いや、動きすぎ、かな。おそらく、バタバタするあまり、空席の存在を正しく認識していないのではなかろうか。案内にまで手が回らないのだろう。

待っている客はレジ近くに居るから、帰っていく客の姿を目にする。「やっとかな」と期待する。だが、なかなか名前を呼ばれない。後片付けがあるのだろう、とオトナの対応。すると、またもや席を立つ客。 ウェイティングリストを確認。次は自分たちの番だ。「もうそろそろだよね」と期待が膨らむ。でも、案内はやはりない。ガマンを知らないガキがぐずり出す。辛抱が苛立ちの段階に入る。なかには、ぼくのように、空席を確かめたり。だが、店員は、会計対応やら、料理を運ぶのに忙しい。ヒマしているやつはいない。ひたすら、忍耐……。

こうした「ズレ」、いわゆる「レセプショニスト」を設定していないためだと思う。かなりの高級店を除き、受付け・案内係に「権限」を持たせているレストランが少ない。この担当者は、注文を聞いたり後片付けをしたりするウェイター役とは別にしなければいけない。店全体を見回し、どの席が空いたか、待ち人は何人・何組か、把握しながら、さばいていく役回りだからである。オーダーをとっていたりすると、本来の仕事ができず、結果、空席に客を案内する作業が適切に行なえなくなってしまう。会計業務とも本来は切り離すべきである。

まあ、ファミレスなんだから仕方ない、と思えなくもないけれど、一方で客の回転率は大切な要素だろうから、効率よく、客を案内し、注文をとり、料理を運ぶ、そうしたサーブを進めるのは重要なポイントのはず。不必要にに待たせない。それも「サービス」だと、ぼくは思う。

てなわけで、久々の更新も、いつものように、細かいところにこだわる、当方らしい話でした。あぁ。もう7月だよね……今年も半分が過ぎた。

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2011年6月 3日 (金)

茶番? まさか。最高の劇だったよ

「似非プロ/専門家たちの化けの皮が剥がれつつあるのかも」と書いた。「かも」は要らないようだ。

「退陣表明」と、ほとんどのメディアが報じた。「えっ!?」と、ぼくは驚いた。代議士会での発言をリアルタイムで(NHKで)観ていた当方、「続投宣言」と受け止めたのである。「あぁ、これで不信任案はもしかしたら可決されるかもね」とすら。

ところが、テレビのスーパーには「辞任表明」などの文字が躍る。チャンネルを回した(旧い言い方でゴメンね)。どうやら、「辞める」と解釈しなかったのは、ぼくだけ? おかしいなあ~。たしかに、それらしい雰囲気は出していた。「進退」には言及した。でも、言質は与えなかった。やはり、したたかだな、この首相は……。

続いての本会議で、だから何人が「造反するか」、興味津々。あんな曖昧な表現では反菅派のみなさん、溜飲を下げまい。不信任案に反対とはならないだろう。賛成票は投じないまでも、欠席・棄権がどのくらい出るか、と。

しかし、特番のコメンテーターたちに緊張感がない。なるほど、「総理の辞任」と思い込んだテレビ各局は「否決」を予想し、それゆえ、誰が「白票」を投じるか、真剣にウォッチしなかったのか。結果は言うまでもなく。

ま、詳しい経緯(らしきもの)は、きょう、いろいろな場面で「解説」されているから、「その後」のことには触れない。なんにしても、言葉というものは奥が深い。永田町は、とくに。だから、専門家に説明されないと、よくわからん。「善処する」は「何もしない」意味なんだ、とかね。

だけど……。ぼくらは、いささか、そうした「裏読み」に慣れすぎてしまったのかもしれない。一億総評論家として、それらしい「解釈」に納得したつもりになっているだけで、「真実」から目を背け、いや、そんなもの、どうでもいいと諦め、「楽屋話」を楽しむ「観客」と化している、のかも。自戒も込めて。

そうそう、ひとつ蛇足だけど。「人間、ウソはついてはいけません」だって??? 大笑い。この発言こそ、今回の一連の動きのなかで最大の「茶番」だよね。

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