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2011年5月 5日 (木)

子どもの日に

それにしても、世の中にはまだまだ知らないことが多い。なんて書くと、博学自慢か、と、からかわれるかな。いやいや、ココにはseigu翁を筆頭に知見の高い方がいらっしゃって、当方なんぞ浅学菲才そのものなんだけど、それでも、まあ、ちっとは、モノを知っているつもりだったんですけどね……。

「生食用の牛肉」が法的概念としては存在しない、とはね……。驚いた。
ユッケ、大好きである。もう30年以上前だろうなあ、初めて食べたのは。以来、「ナマで食べられる牛肉」があると信じて疑わなかった。
今回の「食中毒事件」、多くの人も同様かな、第一報を耳にしたとき、てっきり、あぁ、バカな店が焼肉用の肉を間違ってナマで出しちゃったんだ~、と。ところが、聞いてビックリ。

だけど、みんな、ふつうに食べているよね、好き嫌いは別にして。焼肉店の厨房には「焼肉用」と「生食用」とが当然あると思っていませんでした? 「生食用」の牛肉出荷実績がない、そんなこと、アリかい。だって、厚労省の役人でも当然、ユッケを食べているはず。つまり、実態は承知していたわけだ。

いやはや。パチンコの景品は現金化できない「ことになっている」とか、賭けマージャンは違法という「ことになっている」とか、学生は馬券を買えない「ことになっている」など、現実と乖離した建て前、世に少なくないけど。あれ、ギャンブル系の喩えばかりだな。

さておき。メディアでは誰も指摘しないようなので、またまた顰蹙覚悟で。
でもさ、ナマモノって、子どもには食べさせない、これ、常識じゃなかったかな。育った我が家は(サカナの)刺身が大好きで、よく食卓に出ていたが、中学に上がる前には食べさせてもらえなかったと記憶する。我が子にも、小学校高学年までは与えなかったと思う。魚と肉とでは事情が異なるだろうが、少なくとも、6歳児にユッケなど、非常識ではないか。

話はズレてしまうが、最近、どうも、子どもに甘い、というか、おとな同様の扱いをする傾向が強まっていて、釈然としない。「子どもらしく」とか言いたいのではなく、子どもに対しては「区別する」との考えが必要だということ。
子どもは宝物だし、その権利は守らなくてはいけない。しかし、そのことと、子どもを甘やかすこととは、まったく違うと強く思う。

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コメント

一日遅れの「子供」話題に入りこみ、失礼。
hiperkさん、「子ども」と。祝日は確か「こどもの日」、愚生は多く「こども」とし時に「子供」と。
この微妙さが子供をそれぞれの人の認識を表現していないですかね。
子を「供」、従え、連れ立つ者と考えるか、小さい人間たちと考えるか、「こども」で無性格にするか。
原発事故で「子供たちを守らねば」というようになったよう。
大人がこどもらしい時代ゆえ、話がややこしくなる。

立夏と、少しひやりとする日ですが、夏に備えてリハビリを強めましょう。

投稿: seigu | 2011年5月 6日 (金) 08時11分

直ぐ、調子に乗ってあれこれと語る。これは子どもの成長段階にあることのよう。他愛無いなと反省。
子供の視点で世の中を見て生き方を考えてみようと思いました。有難う。追伸。

投稿: seigu | 2011年5月 6日 (金) 09時51分

seigu翁、コメントいただき、ありがとうございます。なにやら、反省されているようですが、、、よろしいのではありませんか。独り言を公開すること自体、まあ、論理矛盾なんですから、そこにコメントするのも、まっとうかどうかなんて考え出すとキリがありません。ときには「対論」ぽく、あるときは「雑談」、もしくは、独白への独白返し、でも。個人的には、翁と最近、お目にかかる機会がないので、こうして言葉を交わすこと、大いにうれしく思っています。よしなに。
あぁ、「こども」の表記の件。これは、たしか、朝日新聞か時事通信かの「字引」だったか、いわゆる用語マニュアルがあり、基本的には、それに準拠しているわけですが、小生独自の書き方も当然あり、ま、いろいろ。ご指摘のように「子供」には、そこはかとなく「主従関係」を感じたりもします。とはいえ、個人のブログなので、一貫性薄く。性格のとおり、かなりイイカゲンですけどね。

投稿: hiperk | 2011年5月 6日 (金) 12時45分

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