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2011年5月

2011年5月31日 (火)

春だったのに

なんだか、晴れ晴れとしない5月だった。すっきりとした青空は1日か2日か、実際にはもう少し多かっただろうが、それほどに、自らの気分も含め、ウツっぽく。

大震災の「余震」は、物理的には収まりつつあるものの、たとえば経済的、人身的には、なお続く。政治的もしくは行政的「対応策」には、いろいろと物申したい。けれど、なにやら諦観。というか、唇寒し。

未曾有の危機、それは、言い換えれば、かつてない「好機」でもあると思う。にもかかわらず、パラダイムシフトを看過しようとする「おとな」たち。自らもその一員であるから、いまさらの挫折感、否めず。

相方を相手に、夕飯時、ああだこうだと愚痴る。すると、翌日あたり、新聞の投書欄などで同様な「声」を目にした、耳にした、と。ぼくだけじゃないんだなあ~との確認は、ちょっぴり心強いのではあるが、しかし……。

前月末には「上を向いて」と思ったのに。そもそも楽天家なのに。気がつくと下ばかり見ているような。それが足許ならいいんだけど。

グダグダしているうちに、もう5月は終わり、春が往く。そして、明日から暦では夏。「衣替え」だとさ。ん? んなアホな。きょうは別にして、とっくに半袖、軽い上着になっているぢゃん。前倒しのクールビス。そのうえの「スーパークールビズ」。「衣替え」を口にする、テレビの人の季節感、度し難いね。

だいたい、こっちも、ただの傍観者だが、メディアの、いわゆる騒ぎ癖、嫌ですね。「政局やっている場合か」と言いつつ、票読みなんかして、なんとなく楽しんでいるような言動。
いや、それなら、政治家自身の、当事者意識のあまりの欠如ぶり。酷すぎる。政権党のときには「反対するなら対案を示せ」とエラそうにほざいていたのに、いまやただひたすら「菅ではダメ」を繰り返すだけ。
いや、野党はともかく、与党の中でも同様。せめて、オレならこうするくらい明示して不信任案に賛成票を投じろよな。
こうなってくると、暴言を承知で。1000年に一度の深刻な状況下で現政府はよくやってるじゃんか。すべては自民党とその仲間たちの責任だろ。裁かれるべきは東電とその仲間たちだろ。原発の甘い汁を吸った人間は真っ白の無実じゃないだろ。
民主党よ、割れるなら割れちまえ。結党時の原点に還れ。

いかん。罵詈雑言がとまらない。どうにも、鬱屈しているようだ。老人性欝、かも。たまにはパーッとやらんとなあ……。この修羅場を抜けたら、ね。先日の新宿大騒ぎの皆さ~ん、おつきあいのほど、よろしくね~。

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2011年5月 5日 (木)

子どもの日に

それにしても、世の中にはまだまだ知らないことが多い。なんて書くと、博学自慢か、と、からかわれるかな。いやいや、ココにはseigu翁を筆頭に知見の高い方がいらっしゃって、当方なんぞ浅学菲才そのものなんだけど、それでも、まあ、ちっとは、モノを知っているつもりだったんですけどね……。

「生食用の牛肉」が法的概念としては存在しない、とはね……。驚いた。
ユッケ、大好きである。もう30年以上前だろうなあ、初めて食べたのは。以来、「ナマで食べられる牛肉」があると信じて疑わなかった。
今回の「食中毒事件」、多くの人も同様かな、第一報を耳にしたとき、てっきり、あぁ、バカな店が焼肉用の肉を間違ってナマで出しちゃったんだ~、と。ところが、聞いてビックリ。

だけど、みんな、ふつうに食べているよね、好き嫌いは別にして。焼肉店の厨房には「焼肉用」と「生食用」とが当然あると思っていませんでした? 「生食用」の牛肉出荷実績がない、そんなこと、アリかい。だって、厚労省の役人でも当然、ユッケを食べているはず。つまり、実態は承知していたわけだ。

いやはや。パチンコの景品は現金化できない「ことになっている」とか、賭けマージャンは違法という「ことになっている」とか、学生は馬券を買えない「ことになっている」など、現実と乖離した建て前、世に少なくないけど。あれ、ギャンブル系の喩えばかりだな。

さておき。メディアでは誰も指摘しないようなので、またまた顰蹙覚悟で。
でもさ、ナマモノって、子どもには食べさせない、これ、常識じゃなかったかな。育った我が家は(サカナの)刺身が大好きで、よく食卓に出ていたが、中学に上がる前には食べさせてもらえなかったと記憶する。我が子にも、小学校高学年までは与えなかったと思う。魚と肉とでは事情が異なるだろうが、少なくとも、6歳児にユッケなど、非常識ではないか。

話はズレてしまうが、最近、どうも、子どもに甘い、というか、おとな同様の扱いをする傾向が強まっていて、釈然としない。「子どもらしく」とか言いたいのではなく、子どもに対しては「区別する」との考えが必要だということ。
子どもは宝物だし、その権利は守らなくてはいけない。しかし、そのことと、子どもを甘やかすこととは、まったく違うと強く思う。

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