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2011年4月

2011年4月30日 (土)

上を向いて

4月もラスト、ようやく春を感じる。
かの天変地異の、まずは心理的な影響か、冬がなかなか去っていかなかったように思う。
そして、物理的にも。そう表現するほどの知識もデータもないのだが、冬物衣料を手放すに躊躇いが続いたような。
それに、何だか、風の強い日がいつもの年より多い気がする。きょうも、ベランダで洗濯物が乱舞している。風の通りのよいマンション2階の相方は、晴れでも布団が干せないと嘆く。その晴天日も、スッキリせず、雲が邪魔しがち。
単なる、気分かも。
すぐに五月晴れだし、あっという間に冷房の季節。ことしは、どうなることか、わかんないけどね。

先週末、ささやかに、日本経済支援で、呑めや歌えの大騒ぎ。新宿歌舞伎町には「自粛」ムード微塵もなく。
でも、このGW、いつもの年に比べると、やや低調らしい。東北の温泉地、やはり人出が鈍いと聞く。我にヒマはあれど、相方(幸いにも)多忙。残念。松嶋、鳴子……行きたい温泉宿、枚挙に暇なし。

テレビっ子の当方だが、のれず。「仁」のようにストーリーは面白いけれど過剰演出に不満のドラマたち、総じればまあまあなんだが、お笑い系を避ける気分。ワイドショーは、当然とはいえ、扇情的すぎるし。ニュース番組でも、あまりの「菅タタキ」に嫌気。(一例:視察の際の「原発避難」住人からの「怒号」とやら、きちんと見れば、素通りは案内役の責任のはずだし、「チョット待て」と言われ、きびすを返した一国の総理、「ごめんなさい」と口にし「反省している」とまで。これ、ぼく、高く評価するんだけど……)

さあて。空を見上げて、上を向いて歩こうか。
あぁ、だけど、落とし穴が……。
楽天主義者のくせになあ~。
ガンバレ、楽天イーグルス。もちろん、ロッテもね。

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2011年4月16日 (土)

任せられるのは誰か

あえて、現政権を擁護する。ここのアクティブさんは礼儀正しい人が多いので表立ってブーイングなさらないかもしれないけど、モニターの向こうで顰蹙は買うだろう。承知の上。
そりゃ、不満やらグチやら、言い出したらキリはない。とくにアナーキーな当方、いくらでも批判は書ける。でもね、まあまあ、まあまあ、よくやっているんじゃないかな。擁護は言い過ぎとしても、そんなに無茶苦茶では……って。

論拠は、というほどのものでもないが、つまりは「戦中」だもんなあ~と。よく、この震災後を「第二の戦後」とするコメントを聞く。ここに疑問。「戦争」は果たして終わっているのか。「原発」の現況をみると、ぼくには、とてもそうは思えない。いまだに戦っている。それどころか、終結が見えない。これに限れば「3.11」は、むしろ「開戦」だったのではないか。

仮に、「戦後」だとしても、「第二の焼け跡」だと看做すとしても、その「戦前」の姿が、あの戦争と今回とでは大きく異なる。たとえば「生活レベル」は、ゼータク放題の豊かなニッポンと、統制経済で物資の不足が極まっていた1945年、この差は看過できない。あの戦後には、未来への輝かしい期待があったのではないか。母は「これで自由に遊べる」と喜んだものと、振り返っていた。比べて現代、計画経済が始まりつつあり、「灯火管制」が予期される今夏。これから暗い時代がやってくる。

たしかに、これを機に、いろいろな考え方を変えるべきではある。が、「8.15」は強制リセットだった。いまは、誤解を恐れずに言えば、被災地では「復興」でも、それ以外の大半の日本人にとっては「復興支援」だから、あの「挙国一致」の再来も難しい。一億総敗戦ではないのである。

当たり前のことを書いているかもしれない。ただ、「対放射能」の戦いを進めながら、同時に「復旧」「復興」、さらには「新しい国家ビジョンの策定」なんぞ、並の政治家に望めるのだろうか。ほとんど無理じゃないかと思う。

吉田茂やら田中角栄、それから後藤田正晴などの名前もチラチラするけど、かれらとて、こんな空前絶後の局面で、手腕を発揮することなど、果たして可能だったろうか。「戦中」のハンドリングもできたのだろうか。

菅直人は辞めろ、との叫び、気持ちは理解するが、では、誰か代わりはいるのか。誰なら任せられるのか。谷垣に、いや誰でもいいが、火中の栗を拾う覚悟の政治家はいるのか。原発との戦いを遂行しながら一方で復興の青写真を明確に提示できる総理大臣なんて、どこにいるのか。

さらに、「3.11」時点で誰がトップだったら、よりマシな事態になっていたのだろうか。そう考えるとき、ぼくはね、いまの内閣、それほど酷くはないと思ってしまうんだけど……。

天邪鬼なぼくへの反論、歓迎します。

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2011年4月11日 (月)

パラダイム・シフト

あれから1か月が過ぎた、と、ある種の節目において何か記しておこうと思っていたら、M7クラスの余震。いまもずっと、その余震は続く。テレビは2、3分おきに「地震速報」を流している。ノーテンキに雑感など書いている場合ではない。

科学的根拠はない、ただの直感だが、大きな余震は、やがて、もう少し南、つまり茨城か千葉東方沖あたりでも起こるだろう。まあ、ここは大丈夫だとは思う。「大丈夫」って、どゆものか、と、われながら苦笑してしまうけれど。

いずれにしても、始まったわけだ。3月11日に。そして、終わりは? これは、誰にもわかるまい。言えることは、たぶん、次第に弱まっていき、体感できる地震は、気がついたら、しばらくないね、と。そんなとこではないか。

何か月か、何年か、いつか、どこかの時点で、振り返ってみれば、この「時期」を客観的に認識できるだろう。そのとき、何が始まったのかも、判るだろう。

さて、始まったものは、もうひとつ。パラダイムのシフト、変換。
前々項のコメントで、ぼくは、「いまの豊かな文明水準は原発抜きに維持できない……それもウソかもしれません」と。

豊かさへの希求は、ほとんど本能かもしれません。でも、ちょっと立ち止まってみたいと思います。「原発」の問題は二の次にして、このいまの豊かさを、一瞬だけでも、見つめ直してみましょうよ。

GDPが世界第2位から3位に落ちたからと嘆かず、やがて中国のみならずインドにも抜かれるそうなので、それこそ「1位だ2位だ」という発想を、いったん保留してみませんか。なにも、ナントカ大臣を擁護するわけでなく、GDPなんか10位程度で十分やんか~と。

エアコンなしの夏はさすがに辛いと、愚痴った。28年前の扇風機だけの夏を思い出せば、たしかに贅沢なんだけど、いまさらゼロにはできない。でも、一家に一台でいいのでは。各部屋に装備するほど、頑張らなくてもいいじゃないかな。

無理にシンプルな生活を、と言いたいのではありません。いろいろなことが複雑化した現代、そうそう簡単に、何もかも捨てちゃえ、とはいかない。無駄も、必要ではないかと思います。

それでも、前進前進また前進、という考えを、そろそろ改めてもよいころかな、と。すると「停滞」との恐ろしい単語が浮かぶけれど、そういうネガティブなものではなく、「昼寝でも」くらいの、ゆる~い意味合いです。

「進化は全き善か」、そんな疑問を常日頃から感じている当方だから、でしょうね。でもね、もう一度、「過ぎたるは及ばざるが如し」という孔子の言葉を引用します。2500年前の、この儒教者の「悟り」に、ぼくは、こだわりたい。

おかげさまで、人類は、ここまで到達した。おかげさまで、日本は、ここまで豊かになった。おかげさまで、ぼくは、この日を生きている……そんな感じで、いいのではないでしょうか。

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2011年4月10日 (日)

これも天罰か

選挙という民主主義としてのプロセスを経てのことだから、喚き散らすのはやめよう。だけど、それにしても、わかんないなあ~この「民意」は。

都民は、かの「天罰」発言を、何とも思わなかったのか、あっという間に忘れてしまったのか。いくら取り消そうと謝罪しようと、この大震災を「我欲」のせいとした、その本質は隠せはしないよね。

百歩、いや百万歩譲って、これがたとえば大停電であれば、豊か過ぎる生活を求めすぎたしっぺ返しと言えなくもない。しかし、コトは天災である。これを天罰とする人が「復興」を口にする矛盾を、ぼくは理解できない。

しかも、「原発事故」はほとんど「人災」でもあるから、ここに焦点を当てるのであれば、矛先は「東電」なり、原発推進を担ってきた政治家・学者たちだろう。国民すべての「欲」にしてしまうのは矮小化である。

なんにしても、もう1期を委ねてしまった。ま、巷では、2年ほどで引退し、「副知事」に譲るとかウワサされているが、その間に、東京を直撃する大地震が起こらないよう、天に祈る。ぼくに都知事を選ぶ権利はないけれど、東京は仕事の地である。

でも、悲観的だな、いや、絶望的だ。人間は、ホント、すぐに忘れる生き物なんだから……。

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2011年4月 8日 (金)

まいった

さらに1週間が過ぎた。明るい見通しは感じられない。噛み付きたくなる事柄は幾らでもある。心安らかに「いい話」を書いてみたいのだが……。

いっそ、のんびりテレビドラマか映画のことでも、と思うけど。つい昨日、例のアホな停電計画に関して、その細分化で「果たして……」の出来事、つまり、1Dグループのはずが3Cに変更されていたことに気づき、怒り心頭、なんだって唐突かつ告知ナシでと、再びみたび、利用者のことなど眼中にない独占企業体質丸出し東電に毒づきたくなり、心穏やかならず。

夏は何とかしてくれよ。これはもう「空き菅」政府をアテにするしかない。エアコンのない夏は首都圏においては「想定外」だ。百歩譲って、ぼくは、無暖房で冬を乗り切ったんだから、ガマンもしてみよう。でも、間違いなく命を落とす高齢者、陸続と。

・・・まいったなあ・・・M7・4、最大深度6強。。。たしかに「5弱以上の余震の可能性ゼロではない」との気象庁の警告のとおり。

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