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2011年3月22日 (火)

ガンバるな、ニッポン

朝、やっと米が買えた、と相方から喜びのメール。さらに、ガソリン給油もできたそうだ。まったく並ばず、あっさり満タンに、と。

ふむ、やはり、先週までの事態はパニックと呼ぶべきものだったか。相方の行ったスーパーでは最後の1、2袋という状態だったが、午後に当方が寄った店では、ちょうど入荷のタイミング、荷だしのワゴンにたくさん載せられており、我先に手を出す光景、もはや見られず。

ちなみに、牛乳も問題なく。納豆は相変わらずだが、これは、おいら、食べ物と考えていないから、関係なし。もやし不足は多少の心配あるも、きょう久しぶりに相方と外食で、入ったラーメン屋ではふんだんに。

そう、買い占め・買い溜めなんかせず、とくに買い急ぎしなければ、今回に限って、そして首都圏では、いかなる不安とも無縁なのである、本来は。あとは、原発がアンダーコントロールされることだが、こいつは正直、ビクビクする面、否定できないね。

厄介なのは「計画停電」だ。グループ分けをさらに細分化するとか、なんか、一層の混乱が予想されるね。みんな(あぁ、某金満球団は別にして)、おそらく、それなりに節電しているんじゃないかなあ~。それでは不十分なのか、詳細は明らかにされず。

ただ、ウチの場合、PCは、なるべく使わないよう心掛けているけど、停電情報収集のため、テレビが常時オンになっている。ちょっと複雑。そして、レギュラーCMも少しだけ復活しているが、すでに1週間、あの「エーシー」ばかりを見せられ続けている。ちょっと、いや、かなり食傷気味。何だか、逆効果じゃないか、と思う。

過ぎたるは及ばざるが如し。

つまりね、そんなに頑張らなくても、いいんじゃないかなあ~「福島」以外は。

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コメント

自粛は怖い
CMに限らず、ナイターも自粛、イベントも自粛、飲み会も自粛・・・。自粛といえば、1988年9月から始まった、昭和天皇病状悪化に伴う「自粛」が、バブル経済を収束させ、以後20年以上続く不況のきっかけだったと私は考えている。これを繰り返して良いのだろうか。
 数ある風評(政府発表以外???)の中で、最も説得力があるのは大前研一氏だと私は思う。http://www.youtube.com/watch?v=8GqwgVy9iN0
大前氏によると、原発に電源が通じて冷却できれば、今後5年程度は現地で放射能は放出したまま冷却を続けることとなるという。また、津波被災地の復興も相当の期間がかかるようだ。とすると、現在避難している状況は5年は継続する可能性は高い。いつまで、「自粛」は続くのか?
 また、氏は計画停電も愚策と断じる。必要なのは全般に節電し続けることではなく、需要ピークが発生しないようにコントロールすることだという。
 まさに、「ガンバるな、ニッポン」、被災者以外は、無理せず今まで通りやっていくところに未来が開けるのかもしれない。
 ※ところで、昨日東電幹部がお詫びに回り、今日からお詫びCMが始まった。被害範囲の想定がつき、電通のコミュニケーション方針に沿って「お詫び」広報が今後本格化しそうだ。

投稿: タダ乗りくん | 2011年3月23日 (水) 11時08分

タダ乗りさん、好意的なレスに感謝。
最後の1行、タイトルとともに唐突過ぎて、反感買うかなと懸念していました。たとえば「節電」という名の、エネルギー浪費に対する「自粛」などは必要でしょうし、現地では大合唱しなくても頑張るはず、でもね、「一億総ガンバレ」に違和感があるんですよね。
大前氏の講義、ありがとうございます。
なるほどと思う点、あまた。好き嫌いは別にして、きわめて真っ当な話だと受け止めています。
「お詫び広報」については、ここのブログの読者のなかにプロがいらっしゃるので、是非ご意見を。

投稿: hiperk | 2011年3月23日 (水) 14時31分

 がんばりの空回り、空騒ぎも恐いですね。若い人のインタビューなども恣意的に放送局で、立派なものばかり放送されていて、感動しますが、そういうがんばりは長続きしないと思うのです。どこかでホンネが潰されてしまう。本当の気持ちが押し潰されたまま、ガマンできる人は少ないと思います。
 たとえば、すべての収入を寄付するわけにはいかないのですから、当然、収入に応じて寄付金も一定の割合に落ち着くはず。つまり、がんばりも、そのような割合で、各自、可能な範囲で負担するというのが長続きするコツのように思います。
 計画停電はもっと地域が動くのかと思いましたが、すっかり固定されてしまっていて、負担が偏っているように思えます。もう少し、東電も考えて努力してほしい部分でしょう。たとえば、平日23区はほとんど停電しないのなら、土日は「任せろ」とかね。昼間がダメなら夜間は、とかね。
 合理的な理由があるのかもしれませんが、心がないように見えてしまうんですよね。

投稿: ますもと | 2011年3月27日 (日) 14時16分

ますもとさん、そうなんでよね、いわゆる「建て前」の大合唱に違和感があるのです。
ぼくらができること、それなりに、というか、身の丈でよいと思うのですが、どうも世間は「欲しがりません勝つまでは」的な、妙な自粛ムード。
当方の取材範囲でも、いくつかのイベント中止・延期、「こんな時節柄」とか。でも、そんなことしていると、経済が……。
そんな情緒的なものよりも、指摘のような、実利のある「節電」なり、知恵を出すときではないかな、と。

投稿: hiperk | 2011年3月27日 (日) 15時20分

「がんばらない、あきらめない」の信者です。
それにしても、大学の卒業式はほぼ全滅。入学式もやらない例が増えそう。孫は、院生はいいけれども、大学生はかわいそう、と言っています。

戦中、繰り上げ卒業で大学を押し出されて戦地に送られた例があります。その悪例をこの「平和」な時期に演出しているのかなと。「孫たちに幸あれ」というヒルティの言葉を噛みしめています。

それにしても、原発の「冷やし」がうまくいかないのは困ったもの。その現場の人たちには、ガンバラなくていいから、「大いに知恵を発揮して努力してほしい」と願います。高木仁三郎氏の遺著(岩波新書)を改めて斜め読みしましたが、日本の原子力学は幼稚なものだそうです。世界から知恵を集めねば。総理が理系であること、裏目のように思います。

投稿: seigu | 2011年3月27日 (日) 16時15分

seigu翁、「あきらめない」、はい、それも大切ですね。
原発については、幸か不幸か、これまで人口密集地での事故がなかったため、指針や教訓とすべきものが少ないようです。
総理は理系ですが、官房長官は文系、その会見は相当にわかりやすく。きちんと聴いていれば、なにもパニックに陥る必要はないと受け止められるはずなのですが。。。いまもスーパーに行くと水の棚は空っぽ。牛乳もすぐに売り切れ状態で、原乳廃棄の絵を見るだに、「あぁ、もったいない」と。

投稿: hiperk | 2011年3月27日 (日) 17時21分

 原発については、これまでの歴史というか扱いにも問題があったように思います。「必要悪」のような面、さらには「国際競争のために」とか「軍事技術を含めた国力のため」といった側面に、あとから「クリーンエネルギー」という服を着せられてしまったように見えます。さらに「原発のメリット」を強調することでデメリットを封じる、という傾向が定着し、いつしか「メリット」がタテマエではなく、本気で信じられるまでになり、議論がごく小さなところでしかなされなくなった(メディアもそれに乗った)といった面があったでしょう。
 自然エネルギーによる電力は「高い」ということで、あきらめさせていた面もあったと思います。実は自然エネルギーを本気でやればいつかコストはもっと低下するはずだし、高いコストを受け入れる土壌づくりだってできたはずですが、それもまだいまは不十分でした。
 こうした各方向のしわ寄せが東電の現在の行動に反映しているように思えます。東電内部でも、きっと複雑な思いがあるはずです。

投稿: ますもと | 2011年3月28日 (月) 16時55分

ますもとさん、「原発問題」すなわち「エネルギー問題」は一筋縄ではいきませんよね。すでに書きましたが「ソーラー」しか打開策はないように思います。もちろん、自主的な総需要抑制も必要でしょう。ある有名野党議員が「電気を好きなだけ自由に使えるのが超一流国の証」と発言しましたが、この20世紀的思考を我々は改めなければならないのではないか。
それにしても、福島をはじめ被災地をサポートする米軍の空母が原子力で動いていること、何ともアイロニーを感じます。

投稿: hiperk | 2011年3月29日 (火) 11時51分

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