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2010年9月

2010年9月29日 (水)

蕎麦は「出前」だよね

ピザの出前を取った。
あぁ、「デリバリー」というほうが適切かな、いまや。一般的には「宅配」だろう。これが蕎麦なら「出前」だけどね。行為の意味は同じだが、語感というか、どこか違和感あるよね、「蕎麦の宅配」とか「うどんのデリバリー」とかでは。
もっとも、「テイクアウト」は、「持ち帰り」と言い換えても、あまり変わらないかな。そういえば、昔(うん、そう呼ぶべきだな、30年前だもの)、テイクアウトは日本語として通じなかった。いつごろから、普通に使われるようになったのだろう。

閑話休題。
宅配ピザ屋に電話すると、まず最初に、こちらの電話番号を訊かれる。それにより顧客管理していると聞く。で、固定電話の番号を告げた。
すると、若い女性の声が「初めてか」と問う。「たぶん2回目」と応えた。3回目かもしれないが、とにかく、実績はある、その証拠に、このピザ屋の電話番号はケータイのメモリに登録されている。
あ、そうか、携帯電話からかけているということは、あちらさんには、そっちの番号が登録されているのだろう。そう気づいて、「ケータイだったかも」と、付け加えた。

その返事は、「はい」。うん? この「はい」は、どう解釈したらいいのか。こちらの言い分を是とした感じではなく、ただの相槌に聞こえる。
そこで、「どう思います?」と確かめてみた。「たぶん、そうだと思います」といったような返事を期待したのである。
だけど、電話の向こうからは、先ほどと同じトーンで「はい」。ふむ。これも、どうやら、相槌にすぎないようだ。

一瞬、自分が勘違いしているのかという疑念がアタマをよぎった。まったく新規のピザ屋に電話しているのかもしれない。大手チェーンのAでもBでも、どちらでも構わない当方、番号は調べたものの結局は選ばなかったBを、実際に注文したAと、早とちりしたか、と。似たような店名だし、どちらにも「ピザ」は入っているし。
いや、そんなことはない、そのAのメニューを見ながら電話しているのだ。明らかに、そのAの名前を確認してボタンを押した。最近は灰色の脳細胞がよく誤作動するとはいえ、それほどモーロクしていない。

果たして、ケータイの番号を教えると、今度は、少し力強い「はい」が返ってきた。注文は問題なく済み、デリバリーも時間内に。味は、ま、この際、関係ない。

察しのよい読者は、当方が何を言いたいか、もはやおわかりだろう。そして、このオヤヂ、相変わらず細かいことに噛み付いている、と? まあ、そうかもしれないんだけどさ……。
マニュアル以外のことは、何も口にできないんだなあ~という、再確認。受付の若い女性には「どう思うか」なんて質問は想定外なんだね。でも、レアケースかもしれないが、電話番号の言い間違いなんて、ケータイと固定との2種類が共存する時代、ありえる話ではないかな。
こちらが質問する前に気を利かせろとまでは求めない。でも、前述の流れにおいて、当方にミスの可能性があることに注文担当が触れるのは、過大な要求だとも思えない。

いや、無理なのかな。この担当者に直接尋ねたら、おそらく「そんなことは教わっていない」という返事になりそうだ。
教えられなくてもやることは世の中にたくさんあるだろうに。

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2010年9月26日 (日)

10年先もキミに恋しているだろう

何なに、このタイトル、懲りずに惚気? まあ、それも嫌いじゃないが……、これはNHKのドラマの話。

「10年先も君に恋して」は、現代にタイムスリップしてきた10年後の夫と、その夫になる現・恋人との、奇妙な三角関係を描く。「時間物」ファンとしては看過できず、興味津々で初回、2回と見続けていて、まだ放映中だけど、ん~、結末が見えてきた、というか、面白くならなそうな予感。視聴率も良くない。あっ、だからって打ち切らないでね、蛇の生殺しはイヤだ。
時間跳躍の謎はさておいて、というのなら、ま、いいんだけど、そこらに何やら伏線めいた描写があるので、そうなると、タイムパラドックスとかにも触れざるを得ず、いささかでもハードな部分は欲しい。でも、単なる恋愛ドラマになりかかっている。そこが不満。
もちろん、恋愛は大きなテーマだから、そこんとこを深く掘り下げるのは構わない。でも、この二人、恋人と呼んでよいものか悩むほど、表面的なつきあいのまま。ドロドロにせよとまでは言わないけど、中学生の初恋物語じゃないんだからなあ~。
たまたまプライベートで注目されてしまったけど内野聖陽と上戸彩をキャスティングした段階で万人向けだろうから、多くは期待しない。それにしても、目の前の恋人と結婚し破局を迎えるという情報に接し動揺する女性の内面心理の表現には、かなり高い演技力が求められると思う。もうちょい確かな女優にしてもらいたかったなあ~。
残り2回、この青春ドラマが大きく変貌したら、不明を恥じよう。だけど、想定内だろう。

そうそう、予想外の収穫もあった。木南晴夏(きなみ はるか)。5、6年前にいわゆる「再現ドラマ」で見かけて以来、ちっくと気になる存在。今回、レギュラーで登場。まだ若いが、シリアスな役に挑戦したり「体当たり」演技を経たりして、きっとイイ女優になると、先物買い。

イイ女優への道を何故かゆっくりと歩んでいる多部未華子(あえて言えば、つまらん恋愛映画なんかに時間を浪費している。もっと、彼女でなければ演じられないような役をもってこいよなあ~所属事務所。明らかに「役不足」だ)が主役級の「GM~踊れドクター」、コミカルな演技のなかに可愛さ爆発で、花マル。東山紀之の役どころにニヤリとしつつ、ほかのキャラの描き方や会話も楽しく、ストーリー的には「ドクターハウス」のパクリじゃんとは思うけど、なにはともあれ、多部チャンに満足。ん? 平均10%か、意外だな。少年隊の栄光、いまいずこ、なのか。

同様に、「GOLD」は、大好きな天海祐希を多角的に堪能できた。うんうん。ただ、ドラマとしては、何を描きたかったのか、ついにわからなかった。長澤まさみが、素のアホらしさを発揮していたり、掛け合い漫才もどきの会話とか、惹かれる要素もあったのだが、最終回に、がっかり。ナンなんだ、あの終わり方。エド・はるみが意外に達者だったのに、位置付けが伝わってこず、もったいない。回を追うごとに数字が下がり、7%まで落ち込んだらしいが、それほどのヒドイ出来とは思わない。でも、野島伸司の神通力は失せたんだね。

ちなみに、お前のベスト3だかの綾瀬はるか「ホタルノヒカリ2」はどーした? との指摘、受けそうですが、全話録画で未見。追ってまた。とはいえ、何だか、巧い使われ方をしていないみたい。視聴率は良かったようだが、アラ還には「干物女」という概念に違和感があるせいかも。

オチです。というわけで、ぼくは10年後もキミに恋しているから、安心してね。って、それは心配していない? でも私のほうはどうなっているか、わからない? ふぅむ……。

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2010年9月20日 (月)

ぼくらに明日はあるのか

永田町がつまらないので、この夏のテレビドラマのことでも、と思ったのだが、やはり、こちらも同様で、面白さに欠ける。

「役者」はそれなりに揃っているのに、シナリオが陳腐、かつ、あまりに無理がある、というか、ご都合主義。下手くそ、ワンパターン、過剰演出。いわゆるミステリーなのに、謎解きとして成立していないし、かといって、サスペンスとしても盛り上がれない出来映え。

そりゃ、百点満点を求めるわけではないけれど、ついこの間、しばらく黙っていろと言われたから黙っている、と、駄々っ子みたいなことを口走っていた人が、堂々と表舞台に出てきて、要するに、命懸けで一国を率いる覚悟だ、と。あぁ、こんな、辻褄の合わない話、子ども向け番組のレベルじゃんか。

ん? あれれ、どっちの世界のことを書こうとしているのだろうか……。

まあ、大人向けドラマも、悲しいほど次元が低いんだけどね。漫画が原作という「逃亡弁護士」、筋書きを複雑にしようとする「狙い」が無駄に際立っていて、登場人物だけがテンション高く、こちらの興奮度、いっこうに上がらず。せっかく、上地雄輔クンが頑張っていたのになあ。視聴率ヒトケタとか、当たり前か。それにしても、石原さとみ、ダイコンすぎる。

「警視庁継続捜査」、こちらは俳優たちが可哀想だった。演技以前に、ストーリーむちゃくちゃ。細かいこと、軽視しすぎ。結末への誘導、強引過ぎる。最初の2、3回で諦めた。余貴美子、木村佳乃、筒井道隆……みなさん、上手い役者なのに、あんな低レベルの脚本で頑張る姿、見るに忍びなかった。テーマそのものに話題性があったためか、そこそこの数字は取れたようだけど。

「ジョーカー許されざる捜査官」は、男優評価の辛い当方でもファンの堺雅人くん、連続ドラマ初主演らしいが、その好演に免じて、合格点。だけど、やっぱし、最後の「オチ」は、ないよぉ~。ここにも、「いかにも怪しく描かれる人物は実は怪しくなく、怪しそうではないのが怪しいのだ」精神が貫かれていた。それ自体は構わないけど、だったら、もうちょっと、伏線を張ってもらいたいよね。もっと丁寧につくればよかったのに。視聴率はマックス15・7%か~、ま、妥当かな。

最終回といえば、「熱海の捜査官」、不条理っぽいノリ、というのか、ゆるい、コミカルな展開で、主演・オダギリジョーと監督が、あの「時効警察」のチームと聞けば、なるほど、と。そこそこ楽しんだ。でも、あのエンディングは、何だろう。こっちの理解力が足りないとしても、すっきりしないぞ。回収できていない伏線、多すぎないかなあ~。2桁に乗らなかったようだが、深夜枠だから、これは仕方ないだろう。ちなみに、この枠の次回作は、東野圭吾の『秘密』。期待しちゃう。

「新・警視庁捜査一課9係」は、端折りすぎの謎解き部分はともかく、登場人物たちのキャラが楽しかった。犯人に辿り着く道筋が一直線で、それなりに骨太ではあるが、「ちょっとちょーし良すぎ」と苦笑すること多し。でも、そのあたりに目をつぶると、無駄のないテンポのよい会話やアクションなど、そして津田寛治、吹越満、田口浩正たちの演技に高い得点をつけたい。第5シリーズらしい。最初からは観ていない。年々、シリアスさを増しているとのことだが、いやいや、コミカルな部分こそ、このドラマの真骨頂ではないか。平均14・7%。あまりマジメにならないでほしい。あと2~3%は取れると思うなあ。

こうしてみると、刑事・警察ドラマ全盛なのか。もうすぐシーズン9が始まる「相棒」しかり、こんなに多いと、ミステリーとしての質を保つのは困難だろう。度し難い作品も、そりゃあ、でてくるよね。現実の世界も、なんだか、やけに感情的というか、筋が通らない、というか、言葉は磨耗しているし、登場人物の行動も、その場しのぎ。だけど、いや、だから? 最初に結論ありき、というのか、官僚的、まさにお役所仕事みたいな現場にも、よくぶつかる。

事実も、小説(フィクション)も、奇なり、ということか。

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2010年9月11日 (土)

垂れ流しの秋

あ~、そか、きょうは「セプテンバー・イレブン」か……。

月例の仕事が一段落し、ブログ更新でもと、PCに向かい、当該ファイルを開ける。はじめに日にちを確認する。何かしら記念日、メモリアルかな、と思いを巡らすのである。

あらかじめ書こうとする内容が決まっているときも、まずは日付を打ち込む。たとえば、9月9日だったりすれば、数字が重なる「重陽の節句」だなあ~、そういえば、いつだったか……というような思考回路を辿る。その結果、新規のネタに変えたりもする。

ただいまのところ、何もアイデアはない、が、先日の、台風の影響で車中に1時間あまり閉じ込められた話でも、とボンヤリと。もっとも、リアルタイムならともかく、時間が経ってからでは、所詮それだけのこと、勢い込んで報告するほどの価値もないだろう。

せいぜいが、凄まじい豪雨に直撃されたのではあるが、ピーク時には室内、および電車の中だったので、実は一度も傘を差すことなく、出掛け、帰宅した、そのことは、エピソードとしては面白いかも、と。

それは、しかし、まあ、一種のオチみたいなもので、前振りがなければつまんないよね。すると、大雨について何か思い出はなかったけ、とか、考える。外出の理由は仕事で、その取材の中身に触れるのは、うむ、ダメではないけど、あまり楽しくない。

雨にまつわることなら、いくらでも。でも、範囲が広すぎて、絞り込むのが面倒だ。傘嫌いについては、オチへの布石として適しているかもしれない、けど、以前にも書いたような記憶。なかったとしても、なんだか、そっち方向には、いま、食指が動かない。

ゲリラ豪雨、猛暑または酷暑、異常気象……、そのあたりの話題は、いまや一般化してしまっていて、門外漢が指摘するにはタイミングを逸しているだろう。

そもそも、この瞬間、冒頭で述べたように、修羅場脱出の、気の抜けた、アタマの中はほぼ空っぽ状態。年甲斐もなく完徹したのだが、それも初告白ではないはずだから、いまさら……。

徹夜明けなんだから、さっさと寝ればいいのに。だよね。昼間に短時間ながら熟睡したせいで、まだ眠くないのである。とはいえ、この48時間でトータル数時間だから、睡眠を補うべきである。それは、正しい。正しいが、正しいことが幸せとは限らない。

こうして、お気に入りの音楽を聴きながら、ブログに何を書こうかと思案している時間は、それなりに楽しい。なんたって、校了明けだし。

さて。なんやらかんやら、思考の垂れ流しをしているうちに、おやおや、そろそろ「朝」という時間帯になってきた。ネタも、思いつかないし、って、けっこうな字数になっている。

ふみゅ。「9.11」は、どうしたものか。最初の一行が、完璧に浮いている。弱った。

しゃない。何の収まりもないけれど、アサ~~~!!! などと叫びつつ、阿佐ヶ谷方面に去っていこう。
このオチ、というか、アホな結末、解る人は、いるだろうか……。

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2010年9月 5日 (日)

おとなの責務

また、イヤなものを見た。

70歳は超えるかと思われる、おそらく祖母と、小学校高学年かな、おそらく孫娘とが、交差点に差し掛かる。
横断歩道に向かう女の子に、見た目には人品卑しからぬ祖母が手招きし、「斜め横断」すなわち交通法規の逸脱を促している。
女の子は、聞こえないのか、いや祖母の声は届いているようだが、無視する。
老婆は、「こっちこっち」と言う。続いて口にした言葉は聞き逃したが、僅かながらでも叱責するかのような口調で、自身は、横断歩道の手前から車道に出て行く。

横断歩道に掛かる信号は青である。ぼくは、彼女たちとは反対側から歩道を進む。

間違いなく戦前派の祖母は、さらに、孫に対して、こっちへ来いと、少しきつい調子で言葉を重ねながら、車道を突っ切っていく。
10歳か11歳か、明確な年齢は不明だが、バックパックのようなものを背負った彼女は、顔を祖母に向けるものの、やはり応じず、横断歩道に達し、そして、渡り始める。

その女の子とすれ違い、振り返ると、青信号が点滅を始めた。歩道上で合流しつつある祖母は孫に、急げと命じる。小走り加減の二人は、赤に変わる前に渡り終えた。

車道は、その瞬間、とくには混雑しておらず、多少の斜め横断を許容する状態ではあった。
しかし、律儀に横断歩道を選ぶ孫娘に対して、何故に、祖母は咎めかのような口調となるのか。

もちろん、ぼくとて、車道を突っ切ることなど、珍しくもない。クルマの姿がまっくたなければ、赤信号を無視、そんなことは、あまた知れず。無前提に法を遵守する思考は、ない。

それでも、ぼくは、心の中で憤慨する。
こうしたシンプルな条件下では、少なくとも肉親であるならばなおさら、目上の人間は、まだ成人に遠い目下の範にならなければいけないのではないか。

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