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2010年8月

2010年8月30日 (月)

ある夜、マリンで

8月29日は「焼肉の日」だったが、独りでは効率がよくない、多人数で、というか、せめて2人以上でワイワイと食べたいので、パス。
あぁ、19日も、語呂あわせだろうね、「俳句の日」で、一句ひねろうかと思ったけれど、何も浮かばず、知らんふり。

ちなみに、きょう30日は「冒険の日」だそうだが、とくにコメントなし。

で、先週26日には、今年初の野球観戦。たまたま選んだ日だったが、3連勝の美酒を味わう。って、比喩に過ぎず、実際にはノンアルコール。でも、割高ドリンクも気にならない、コストパフォーマンスのよい、見応えのある試合。堪能した。

シーズンの始まりに、監督も交代し、何とか3位に食い込み、クライマックスに、と期待したが、いやはや、トップが変わると、こんなにも良いチームになるのか。粘りが出て、あっさり連敗やノーアウト3塁で得点ゼロなどの悪癖からも脱し、ひょっとしたらリーグ優勝か、と。

もっとも、我が相方は、「不動の4番」を何とかしないと、と、不満顔である。まあまあの数字を残しているじゃないかと問うと、それは前半戦での貯金によるもので、後半は、チャンスにまったく打てず、とか。そのほか、各選手の現状にも詳しく。

この手の話になると、彼女は、見事に、クレバーである。そうそう、これまた偶然ながら、贔屓の唐川投手が、ほぼ完投の、勝利投手になり、かなりの幸せ顔。披露できないのが残念。
唐川くんの大写し画像で、ご容赦。って、分母の違う話だが。

ぼくは、ただ、「イワトビペンギン」くんをオッカケ。うん、ちょいとファンです。ほかのキャラには何の魅力も感じないのだが、コヤツには、なんだか、妙な親近感みたいなもの……。たぶん、ちょっぴり、斜に構えている風情、かな。
下の画像は、内野席を回ってサインに応じているときのもの。ぼくも、もらった? いやいや、さすがに、そこまでは……。

ついでながら、名物・花火も。昨年もアップしたけど。縁起物ということで。

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2010年8月21日 (土)

いまさらジモティー

久しぶりに、いやホント、この前アツくなったのはいつだったか覚えていないほど、高校野球に注目した。

ほぼ地元の成田高校、予想に反して(?)あの強豪・和歌山智弁を1回戦で破り、準決勝まで進んだ。それにつれ、こちらもヒートアップ。この猛暑のなか、暑さを増してどーする?!  というのが、いままでのボク。ま、春の選抜にも、冷ややかだったけど。

もちろん、郷土愛に燃える我が相方の影響もある。
だけど。
当方も、ようやく千葉に骨を埋める覚悟をしたのかなあ……、なんだか、地元・千葉を応援したくなったのである。

高校野球、かつては人並みに興味を持っていた。でも、「頑張る姿」というのが苦手な当方、やがて、結果重視のプロ野球へと関心が移っていく。そして、何度も書いているように、長嶋とともに、ぼくは野球を離れた。

高校野球に、それでも、少しだけ執着したのは、単に、ふるさと・大阪への、いわば望郷の念か。それも、いしつか消えていき……。「涙と感動」が押しつけられるのには、もはや耐えられなかった。

「地元」を再び意識するようになったのは、ここ千葉に引っ越してきてから。縁もゆかりもない地域だったが、相方にひきずられ、まずはロッテマリーンズを贔屓にし、試合も観に行くように。

その延長線上とすれば、まあ、当然かな。
とはいえ、いまなお、アマチュアリズム絶賛には、相当の違和感を持っている。少なくとも優勝候補校は、もはや「さわやかなアマ」と呼ぶことを許容できない。周知の事実だろう。

だけど、まあ、なんだ、そのへんには、ちょいと目をつぶり。10代の若者の、ひたむきさ、とか、そんなことに、目を向けて。
ほんのちょっぴりだけ、いまさら「ジモティー」、してみたいだけ、かな。

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2010年8月15日 (日)

戦後65年

「還暦」を過ぎ 恥無く言うか 「成長」と 衣食足りて 礼節知らず

我が祖国 さむらい魂 そのままに バンザイ憤死 310万

懲りもせず 追いつき追い越せ その果てに ナンバーワンかと 驕りたかぶり

失いし 10年または20年 身の程知るに 好機も失い

身の丈を せこいと言いし ベンチャー氏 いま勤め人 なお夢想中

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2010年8月12日 (木)

風呂に入る

大阪では、大浴場のあるホテルに泊まった。もちろん、ビジネスホテルで、国際観光ホテル云々ではないから、「大」は大袈裟かな、とはいえ、部屋付きのユニットバスよりは断然ビッグサイズ。我が家のそれに比べても、手足を思いきり伸ばせ、ゆっくりと湯に浸かることができた。

時間制限はあるが、深夜1時までだったかな、だから、問題なく。ぼくが入ったのは12時前あたりで、幸い独占できたから、なおさら心地よく。出る直前に2人の男性(当たり前だね、女性だったらエライことに^^;;)、トータル3人でも、まあ、OK。カランが3つあったし。中年のオヤジ5人では、ちょっとツライかな。

料金はリーズナブル。部屋そのものも、ありがちな狭さではなく。繁華街から少しだけ外れているが、アクセスは悪くない。朝食付き、まあ、これは、まさに「サービス」と受け止めるのが適切だろう。ぼくには、挽きたてのコーヒーが飲めただけで十分。

「じゃらん」で探した。天然温泉・源泉掛け流しなんて贅沢なことは、もちろん求めず。ただ、猛暑のなか一日中、そして翌日も、汗をしたたらせ動くことを想像し、ノビノビと風呂に入りたかったのだ。ユニットバスでは嫌だった。

うん、そういうトシになったようだ。あははっ、自分だけで納得している。

かつて、アメリカで生活していた20代、アパートにはシャワーしか付いていなかったけれど、不満は感じなかった。たまに、年に1度か2度か、バスタブに浸かりたいと願う日もあったが、是非とも、というほどでもなかった。

ところが、日本から仕事・観光を問わずやってくる知友の「おじさん」たちは、まず日本食、次に風呂を要望した。前者は、当方も多少は食べたいなと思うし、街中でいくらでも叶えられるから、ともかくも、困ったのは風呂。ホテルを決めてくるケースが多いので、現地で唐突に訊かれても対処の仕様がない。こちらで宿泊場所をアレンジする場合は、さらに困惑した。日本系の資本であってもホテルはホテル、バスルームの設備については母国と変わらない。といって、和式旅館などない。つまり、彼の地で大浴場なんて、無理な相談なのだ。

「おばさん」たちも似たようなものだったが、適応能力があるというのか、ダメだと応じると諦めてくれた。同世代は、そもそも、そんな要求をしない。が、おっさんは、しつこい。「入った気がしない」とのボヤキを、どれほど聞かされたことか。そのたびに、強く思った。ほんの数日のことではないか、シャワーで我慢しなさいな、ここはアメリカなんだもの、と。

異国で暮らしていると、部分的にはジャパン・アズ・ナンバーワンの「愛国者」になるものだが、このあたりの習慣に関しては、「非国民」だった。和食スタイルでも、米のご飯がなければ食べた気がしない、ということはなく、薄いアメリカンコーヒーにも慣れた。シャワーのみの生活も同様。

いつしか、あの「おじさん」たちの年齢に追いつき、追い越している。

いまのこの季節の何日かは、および朝なら、シャワーでいいや、と。そう、夏場でも基本はバスタブ。そうでないと、風呂に入ったという実感が、ないとまでは言わないが、極めて薄い。肩までどっぷりと浸かり、目を閉じ、好からぬことを妄想したり、来し方行く末を思い、鼻歌まじりで……。

最近では常套句になったみたいたが、ほんに、トシは取ってみるものだ。齢を重ねると、己を再発見する。いやはや、実に、面白い。

まったくの蛇足。
仕事が一段落した。おぉ、世間はお盆休み・帰省ラッシュとな。期せずして人並みに、しばしのオフ。相方も、ようやくの一区切り。幸い。やっと、土産を手渡せた。何を? あはっ、公開するほどのモノではない。んぢゃ、わざわざ書くなって? うん、ま、そうなんだけど、妙に、うちらのこと気にする読者、いらっしゃって……。

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2010年8月 9日 (月)

一瞬の・・・

久しぶりに最高気温が30℃を下回った。もちろん、湿気は依然強く、この数字も気象庁の公式発表、実態的には+2~3℃で考えないと熱中症に捉まってしまいかねない。とはいえ、いまのところエアコンはオフのまま。何とか1日だけでも休ませたい。地球エコなんて考えていない、ただただ我が身の財布の心配ゆえ。

前述のごとく、関西出張のおりに、旧交を温めた。いわゆる「メシでも」を、近頃の牛丼なんぞにすればともかくも、そうもいかず。そこそこのものを食べ、ちょいとアルコールを加え、相手によっては食後のデザートでスイーツを、といった具合で、けっこうな出費。

いやいや、ケチくさいこと書いています。かつて勤め人だった時代は、これらをすべて領収書という魔法の杖で対応し、つまり自腹を切ることはなかったのだが、いまは会社の金も自分の金。脱税方向の悪い意味で指摘される「公私混同」、年商1億でもあれば事情は異なるけれど、現状ではメリットなく。

しかしながら、longtime to see you の知友との、ただの雑談によって得られるものは、金銭に換えがたい。あぁ、この表現、もともとの英語には存在しなかったらしいが、日系人が「久しぶり」の意味で使い始め、浸透したと聞く。「おひさ~」という感覚がないんだろうね、英米人には。

さておき。ドイツ在住で里帰り中のジャーナリスト氏とは、焼肉で。ほとんど酒は飲まなかったのだが、イイ数字に。「鶴橋にすればよかったなあ」と。東京・新大久保あたりの雰囲気の街で、価格は庶民的。
まあ、でも、日本での焼肉は贅沢メニューかも。決してリッチではなかったロサンゼルス時代、月に何回も焼肉を食べたものだ。同様にコリアン・タウンがあり、和食に比べれば、そのコストパフォーマンスは極めて高かった。

大阪で会社を経営する友とは、いつしかビジネスモデルの話に。詳しくは書けないが辛酸をなめた経験もあってか、彼の指摘には学ぶものが少なくなかった。年上の当方からは、何かを与えることができたであろうか。

京都では、最寄り駅までの僅かな時間を、元経営者の知人と。いまも会社整理中なれば「元」は正しくないか、いずれにせよ、志半ばで撤退を余儀なくされたベンチャーで、当方も、ほんの1株だけ投資したのだが、残念。
近況を語り合いながら、「代表権のない社長業みたいなことをしている」と告げると、「代表権があると大変だよ」とニヤリ。こちらもまた、その一言の裏に背負うものの大きさを垣間見る。

東京でも、事業継続ままならずの仲間、戦線縮小してのリスタートに、ただ言葉のエールみ。メイン・クライアントを失ったフリー氏にも、実効的な応援はできず。

振り返れば、我が身も山あり谷ありではあるが、どん底は未経験、かな、ふむ……。なんにしても、明日のコメには困っていない。しかも、またまた多忙で関西土産も手渡せていないが頼もしき相方あり。

なんて、殊勝なことを。いまも、関西での取材記事を書かなくてはいけないのに、こうして現実逃避している、怠惰な小生、畢竟、一瞬の「悟り」でしかない。

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2010年8月 4日 (水)

街のなかで

Aug10

留守をしていた。関西への出張で、丸2日間、昼間は取材、夜は懇親と、この酷暑を考えれば動き過ぎ(働き過ぎとは言えないが)、ヘバっている。

エピソードを幾つか、追ってアップしたいが、まずは、帰途の東京駅での「発見」。

東京駅舎が大きく変貌していた。正しくは、その途中というか、工事中なんだけど、見掛けがまったく変わっていたのには驚いた。
いやあ~、「なにをいまさら」だろうけれど、日常的なこの駅での乗り換えは常に屋内のこと。外に出たのは久しぶりだったのだ。

上の写真を見ても、この界隈の勤め人か、よほどのツウでなければ、これが東京駅だとはわかるまい。実際、当方はバスでのアプローチだったのだが、「ん? ここはどこだ・・・」と訝った。で、「ほぉ~」と思い、カメラを向けた。

改築の内容については、調べるのが面倒なので説明なし。誰かがコメントしてくれると幸せ。

ちなみに、大阪でも、生まれ故郷・天王寺界隈が変身中だった。この写真も、皆さんにはよくわからないだろうけれど、近鉄百貨店(阿部野橋店)。ここで待ち合わせしようと試みたのだが、土地勘のある両者、目に映る光景の違和感に少し慌てた。

街は、たしかに変わっていく。人も。うん、このところ、ベタベタの関西弁を耳にする機会が減り続けているもんなあ……。

Photo

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