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2010年4月

2010年4月30日 (金)

GW

あらま、4月も終わりだ。ってことは、今年も、もう三分の一が過ぎたわけで。ふむ。密かに決意した「コト」、まったく手つかず。ヤバイ。今月は、いくばくか余裕あったのになあ~。まあ、だいたい、こういうこと(とくに秘す)は、忙しいときにこそ捗るものだけど。言い換えると、ヒマなときほど、何もしない。

そんな弁解はともかく。世間は大型連休とかで、テレビは、いつもの光景、つまり「出国ラッシュ」とか「帰省ラッシュ」とかを報じている。が、これまた常套句、当方は仕事がピークに向かう頃合いで。ぼくには関係ないさ、と言い聞かせる。

ようやく冬も去ったようで、時節は、おでかけに最適だけど、この1週間余、机にはりつき、パソコンとニラメッコ。それも、夜型。不健康だなあ……。いつまで、こんなパターンを続けるのか。自営業的ワークスタイルゆえ、とはいえ、定年だと叫ぶ同級生たち、ちょっぴり羨ましく。

先日、仲間たちと飲み会。ゲストを招き、会の冒頭、紹介タイム。おもしろかったなあ~、みなさん、一言では説明しきれない、幅広な守備範囲。もちろん、小生なんぞも「編集業」で、なにも差し支えはない。けれど、まあ、いささかズレてはいる。

正確に説明しようとすると、アレもコレも、と。でも、そうすると、よけいに訳が分からなくなったりして。なにやら、職業あやしげな雰囲気。風体にもカタギではない匂いあれば、なおのこと。人柄は、しかし、善良。というのか、マジメな不良。

それにしても、不真面目な善人が最近、目につく。以前にも愚痴ったと思うが、たとえば、スーパーの入り口でケータイを触っている中年女性、どうして? 一歩、中に入るか、脇によけるか、しない理由がわからん。

背後の当方、仕方がないので、ぶつかり気味に追い越す。すると、「ああ」とか「すみません」とか、謝罪の意思を示す。傍若無人のアホではないのだ。つまり、善人。だけど、ほんのささやかな気配りが、できない。いや、気配りなんて大げさだ。ただの常識。

これは、老いも若きも。決して「いまどきの若者」だけに限ったことではない。

70歳を超えるとみられる、まあまあ上品なおばあさん、なぜ、横断歩道直前で、斜め横断するの? クルマの往来は一瞬、絶えただけ。ほらほら、渡りきらないうちに、トラックがやってきた。スピードを落としたドライバーに向かって頭を下げ、急ぎ足で、ドタバタと。あと10秒待てば、信号は青に変わるのに。

マズイ。気分が落ち込みそうだ。仕事のテンションを下げてはいけない。だから、やめる。次回は、楽しいネタを。

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2010年4月20日 (火)

フェアってイイね

今年の大河ドラマは、個人的に、とても楽しい。
なにも、ひいきの貫地谷しほりの熱演のおかげとは言わない。ぼくとしては、テレ朝の深夜での、ちょっとコミカルな役の彼女のほうが好みだけどね。

なんたって、幕末の英雄・坂本龍馬が主人公だし、その主役を、人気の高い福山雅治が演じているわけで。ほかにも、達者な脇役陣(と呼ぶには、もったいないくらいの豪華キャスト、って、まあ、看板番組だからね、でも、去年は酷かった、いかに役者が揃っていても、演出・脚本で学芸会になってしまう好例だった、もちろん、主役のミスキャストという面も否めないけれど)。

今回は、情緒的なシーンでも過剰な演出が少なく、丁寧につくっている印象が強い。まさに、ドラマチックに仕上げている。だから、史実は承知しているのに、わくわくどきどき、エキサイティングだ。

脚本は、「ガリレオ」などで確かな技を披露する福田靖。ここがミソである。安易にスーパーヒーロー扱いしない。等身大だ。龍馬の未熟さも、浮かび上がってくる。感情移入してしまう。

そのうえ、岩崎弥太郎の視点で、というところがステキだ。

この、三菱グループの創始者を、こんなにもリアルに描くとは。一部には、あまりに汚い格好だ、とか、不満もあるらしいが、無理もない。ある意味、龍馬以上にカリスマだからね。貧乏暮らしや性格の悪さ、ひねくれた部分を、ああまで赤裸々にされては、ちょっと不快かも。

明治維新以降、政商としてのし上がっていき、いまなら「インサイダー取引」にあたる、したたかな手法で莫大な富を手にし、三菱財閥の礎を築いたことは、よく知られている。でも、その「前史」を、こんなにもきちんと見せてくれるとは、予想外。

ぼくは、別に三井や住友のサイドに立つわけではない。一時期、三菱のある部署とは、親密な仕事関係があって、毎週のように、丸の内の某オフィスに通ったものだ。担当者は真っ当な人で、酒宴の席でも、当方を不愉快にさせなかった。

そりゃ、ビジネスだから、いつも笑ってばかりとはいかなかったけれど、たまたま、ぼくの後輩が、ある幹部の親戚で、その関係で一緒に食事をしたり、と、まあ、単なる請負稼業ではない、まともな扱いをされたから、うらみも何もない。

でも、「負」の影もあるわけで。揺籃期には攻撃材料が少なくないはず。その気になれば、岩崎弥太郎をもっと批判的に描けるだろう。なにより、進行役にしなければ、よいのだから。

制作側には、しかし、そんな意図はないようだ。むしろ、いささか喜劇的にも見えるほど。でも、賛美もしていない。こともあろうに、あの龍馬を殺そうとするシーンまでもある。

フェアなんだよね。その分、これまでにない人物描写になっていると思う。見た目のみすぼらしさ、とか、金への執着心やら功名心、とかね。そこが、おもしろい。

企業広告の入る民放だと、こうはいくまい。さすが、公共放送。受信料、払おうかな。って、集金に来ないから、どうしようもないんだけどさ。

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2010年4月18日 (日)

41年前

「小ネタ」を「こまめに」というつもりが、どうにも、性格なんでしょうね、書いているうちに、ついつい「大ネタ」というか、大げさな話になってきて、天下国家を論じてしまう、あぁマズイと書き直す、そんな繰り返しで、更新が滞る……。

で、きょうは、あっさりと。
当方は雪が舞うのを見ていないのだけど、相方によると霰が降ったらしい。4/17付け朝日新聞の夕刊によると、41年ぶりの遅い降雪だとか。
1969年4月17日以来……、ふむ……、覚えているぞ、それ。

この日、渋谷の東宝に、映画を観に行った。道玄坂側の映画館正面扉が、雪のために開けられず(もしくは、開けられたけど何かの不都合で)、裏手の出入り口から入った経験がある。いや、入るときは問題なかったのかな、見終わって出るとき、出られず、裏から、だったかも。

観た映画は、うむ、覚えていない。たぶん「若大将」のシリーズかなと思い、調べてみたら、その年は正月公開だったらしく、ということは、違うだろう。では、春休み向けの、内藤洋子主演の何か……でもないみたい、「娘ざかり」でもなく「地獄変」でもなく、該当作が見当たらない。

ま、なんでもいいや。それより、4月も17日となれば間違いなく、もう新学期が始まっていた。高校3年生。そんなにヒマではない。いや、受験まで1年足らず、ラストスパートの年、暢気にしている場合ではない、はず。

でも、日曜だったら。これまたチェックしてみると、木曜日。ふむ。平日か……。勤勉な生徒ではなかったけれど、映画のためにサボったりはしない、おそらく。すると……、雪で授業がなかった、または、早仕舞いになった、で、学校は渋谷から近いから、帰りに? そんなところかな。

41年前の、都心での降雪が、どの時間帯なのか、そこまで新聞もテレビニュースも触れない。ただ、「これが当時のハチ公前」という映像が一瞬、流れた。夜ではなかったようだ。陽射しがないから昼間でも明るくはないとしても、まあ、常識的に、前夜から、じゃないかな。

そもそも、記憶にあるのは間違いないが、69年のそれだ、と断言できる自信は、あまりない。あのころは、4月になっても、ときおり雪が舞った。積もったぞ、というのは少ないだろうけど、だから、そんなには勘違いしていないとは思うけど。

当時の住まいは渋谷区内だったから、この渋谷東宝にはよく行った。いまはなき全線座も含め、よく通ったものだ。あぁ、「いまはなき」は、渋谷東急もだし、ほかにも、たくさんあるだろう。渋谷が我が街ではなくなって久しい。あの当時の記憶という点では、けっこう曖昧になっているはずだ。

ってなわけで、なんだか竜頭蛇尾だが。
そっかぁ、あれから41年か……、という、それだけの話。おしまい。

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2010年4月 9日 (金)

つぶやくブログ

ルーティン作業に埋没していました。仕事から現実逃避したくなることも、ま、よくあるんですが、ブログを書くことでは、なかなか気分転換できませんね。結局は、文章に関わるわけで。以前は反対のことを言ってましたけど……。

ツイッターなら、もう少し気軽にできるかも。「やらないんですか」と訊かれるんだけど、でもね……。これ以上、発信メディアを増やすと、なんだか、収拾がつかなくなる気がして。

そこそこテレビ好き、そして、レンタルDVDで映画など。そのうえ、パソコン・ラジオ(これ、便利だ、我が家は電波の受けが悪くて、これまでほとんど聴かなかった、というか聴けず)。さらには、往年の読書量とは比べるべくもないが、本も読む。BS、CSにも心は動く。受信メディアも、かなりのボリュームになっている。

メールのやりとりは、ケータイも含め、いまではそれほど多くないけれど、ネット・サーフィンもあるから、PC絡みでの時間も多い。要するに、ヘタしたら、ずっと机の前に張りついていることに。もちろん、家事も大切。一日は、あっという間に過ぎていく。

思えば。パソコン通信を始めたころ(80年代末)、ネットは未だ24時間接続ではなかった。夜中の2時ごろだったかな、いったん「営業終了」となり、朝の6時か7時に、再開。だから、朝まで生チャット(オンラインでのお喋り)をしなくて済んだ。

24時間接続になっても、たしか、月に一度くらいだったか、メンテがあって、やはり深夜2時(か3時)で強制ログオフ。このころ、こちらからの接続はダイアルアップだったと思う。つまり、近くの基地局に電話を架けて繋げていた。この基地の保守作業が定期的に行われていたのである。

ウィンドウズ機を初めて購入したのは、97年か98年、このときは、もうインターネットと呼んでいて、BB契約したんだったか、常時接続になっていた(たぶん)。メンテの際に一部の機能が使えなくなる点は相変わらずだが、もはや、ネット接続そのものが途切れることはない。

ケータイも同様。ドコモを使用していた10年前とか、iモードもよく切れたが、いまや、都会なら、地下ですら繋がるから、環境的には「つぶやく」に最適な時代になっているわけだ。でもね……。

そういえば、前述の、強制ログオフがあった時代、その、落とされる瞬間を楽しんだものだ。基地局ごとに「オフ」になっていくので、つまり、時差があるわけで、いろいろな地域の仲間とチャットしていると、その瞬間、全員が落とされるわけではない。一人ふたりと落ちていく一方で、何人かは必ず「生き残る」。「閉店」後、1分くらいは接続を保持できることもあった。

とはいえ、僅かな時間だから、「おやすみ」「じゃあね」など、常套句を言い続ける、というか、打ち続ける。最後に、二人だけになって、その相手が女性だと、ちょっとね、なんていうか、わくわく、というのか、一瞬の秘め事のような……。バカみたいな話だけど。そして、「おや・・」だけが表示されて、画面が止まると、完全にログオフである。

そんな、他愛のない喜びを感じることができなくなって、もう10年かな。チャットは、文字通り、ネットワーク上での、リアルなお喋り、そう、バーチャル・リアリティそのものだった。ツイッターの比ではない、ライブ感。

だから、というほどの理屈はないけれど、ツイッターに、あんまり魅力を感じないのかな。まあ、自他共に認めるアマノジャッキーなので、一国の総理までもがつぶやく現状に、ちょっぴりアンチテーゼしたいだけかもね。

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