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2010年3月 2日 (火)

忘れてしまいたいことは多いけれど

ニュースなどで報じられる、チリの人々の悲痛な叫びには、もちろん心を痛めるけれど、ぼくの知る限り、推測できる限りにおいて、沿岸地帯に居住の、このブログの読者はいらっしゃらないようなので、つまり津波の被害を被ることはなかろうと考え、触れるつもりはなかったのだが。

気象庁が過大な予測を謝罪したと聞き、それはないだろうと感じる。過小評価した結果の怖さを、われわれは50年前に経験している。あのときは、過小どころか、まったくといってよいほど無防備だった。ぼく自身、明確には覚えてないけれど、津波が物凄く恐ろしいものだということは脳裏に刻まれている。

予報の精度や、それが的確・適切だったか、そういった部分は検証する必要があるだろう。けれど、いきなり謝ることはない。誰が、何が、そうさせたのか。担当課長に対して国交省からの指導みたいものがあったようではない。では、なぜ? 苦情でもあったのだろうか。

正直な話、2月28日のテレビは警報を伝える列島の地図入りで放送され、煩わしく思った。ぼくも、メールで相方に毒づいた。でも、これは、「必要悪」とまでは言ってはいけないかもしれないが、仕方のない処置である。この防災システムができあがるまでに、どれほどの命が犠牲になったか。そのことを忘れてはいけない。

メディアによると、避難していた住人の多くが、より大きな波が予測される第2波以降の到達前に帰宅したという。今回は事なきを得たけれど、個々の判断に任せてよいのだろうか。

当該自治体は、避難を「強制できない」とする。なんだか、よく耳にするフレーズだ。家庭内暴力や虐待などの通報に対する態度にもみられる、この弱腰は、一方で、ちょっと声の大きいクレームには過剰反応する姿勢と、どこか通底していないか。

あの教訓は、そののちに役立ったはずだが、そうした記憶すら薄れてしまうのか。半世紀も経つと、体験は風化するのだろう。

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