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2010年3月

2010年3月29日 (月)

春はまだかな

今シーズンも、相方の要望時を除けば、暖房なしで乗り切った。ん? 過去形にしてもいいのかな。春はそこまで来ているようだけど、昨日きょう、またぞろ冬に逆戻りの寒さ、溜め息が出ちゃう。明日は都内で取材。どんな格好して行こうかな。コートはやはり必要だろうなあ……。

「サンデープロジェクト」が終わった。この番組のおかげで、たしかに、日曜の朝のパターンが変わった。21年前、ちょうど仕事が忙しくなってきたころで、勤め先は週休2日制でも、現実には土曜日に在宅していることは少なかった。いきおい、週に一度の休みの朝は寝坊を享受するように。ところが、田原総一朗氏の「活躍」により、惰眠を貪れなくなった。ビデオは持っていたけれど、生放送だからね。

とにもかくにも、楽しんだ。いわゆる、挑発型の、戦う司会者(ご本人は「ディレクター」だと)のスタイルは面白かった。後半の10年は、ちょいと飽きてしまった、というか、相手の政治家たちに見抜かれてしまい、あまり奏功しなくなって、つまらないと感じることが多くなってきたけど。

以前にも書いたけれど、田原さんとは30年以上前にアメリカで初めてお会いして、その肩書きなしの名刺にカンドーしてしまい、以来、まあ、憧れの存在。ミーハーだよね。「サンプロ」の2年前に「朝まで生テレビ」が始まったときも、これまた録画して観るようなものではないのでリアルにつきあい、月に一度、土曜の朝が寝坊タイムに。

その87年の暮れだったか、当時かかわっていた紙媒体でインタビューをお願いし、30分の約束が1時間を軽くオーバーしながら、いろいろな話を聴かせてもらった。おかしな言い方かもしれないが、このころから田原さんが偉くなりすぎて、気軽に会えなくなった、残念。

それにしても、生涯ジャーナリストというのは、大変だよなあ。40代から知っている身として、田原さん、明らかに老いた。発言者の意図を聞き間違えているような反応を示す光景が、目につく。自らの言いたいことの、言葉を瞬時に思い出せないのだろう、論旨が不明瞭になってしまうケースも、増えた。

まあ、他人事ではない。最近、相方と意見を戦わせていて、途中で、落としどころを見失い、内心で慌てることが、実は、ときおりある。我が優しき相方は、その狼狽を知ってか知らずか、当方の矛盾を指摘したり、いや、指弾したり、反論することはない、ほとんど。

ぼくには、「猛獣使い」は無理だ。って、あ~、相方を猛獣扱いしたら、まずいな。ここらで、今宵は、寝よう。

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2010年3月22日 (月)

桜の開花

そっか~、きょうは祝日、世の中は3連休なんだ……。

たびたび触れていると思うけど、月-金/9-5時の生活をしていないと、ときたま曜日感覚が狂う。相方も同様のパターンで、息子の通う施設は土日のみが休みなので、なおさら。

で、お彼岸か~。まあ、年中、花を添えているので、そのうえ仏教徒でもないので、ことさら意識せず。うん? 桜の開花宣言ね、ふむ。お花見の宴会騒ぎにも縁遠く。

とはいえ、春分の日、正しくは、その振り替えだけど、すいぶんと日が長くなった。太陽も空の高いところを動くようになり、ベランダの洗濯物を少し外へ出している。物干し竿が2本、よく見る光景だと思うけど、並列に掛けられるので、斜めに刺し込む冬は内側を使うことが多い。

「暑さ寒さも」というが、昨日の20℃に比べ、11℃そこそこでは、さすがに寒く感じる。三寒四温だから当然なんだけど、今年は何やら、一寒一温みたいな雰囲気で、うん、たしかに異常気象なんだろうね。

ちょっと暖かい日が続いたからと冬物のコートをクリーニングに出し、「まいったなあ~」と嘆く若い社会人の声、ニュースで流れ、せっかちだな、と思う。「せめて5月まで待てばいいのに」と相方。あはっ、当方の衣替えは6月。もちろん、単なる怠惰ゆえ。

それでも、半袖Tシャツを引っ張り出し、厚手のセーターなど衣装ケースに仕舞い始めたり。独り主夫は、季節の変わり目に、いろいろとこなす作業が少なくない。長い人生で、そうした家事めいたことに気を遣う生活にあまり記憶はないが、ここ数年、ほんの少しだけ、自然のなかで生きることを自覚する。

さて。2勝1敗のスタート・ダッシュ、かつ、相方ご執心の唐川クンの好投、めでたきかな。
一方、楽天は3連敗、うみゅ、ノムさんの祟りかな。

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2010年3月18日 (木)

美人好みではない、はず

レギュラー・コメンテーターのカミ@ダンカミさんとの、やりとりというのか、ま、行き掛かりで、女優の話。あっ、すでにご承知でしょうが、対象は外国人です。国内バージョンは、またいずれ。

マイベスト女優ランキング、そんなには難しくない。まず1位はダントツで、ゴールディ・ホーン。大好きです。6歳ほど年上なので、いまでは、さすがに若いころのようにはいかないけれど、娘(ケイト・ハドソン)なんか目じゃない、メチャ可愛くて、綺麗だ。

見初めたのは、(「サタデー・ナイト・ライブ」からのファンの)チェヴィ・チェイスと共演した『昔みたい』、これまた米国で。原題は「Seems Like Old Times」(80)。そか、すでに30代半ばだったのか。コメディ・クィーンみたいな扱いをされているけれど、たしかに出演作品はその類が多いけれど、ぼくは、妖艶な女優だと思っています、はい。実際、『潮風のいたずら』(87)では、40を超えていたのに、度し難いほどセクシーだった。

永遠の2位は、フランソワーズ・アルヌール。「サイボーグ003」のほうではありません。実在のフランスの女優、御齢78歳(まだ生きてる)。

たしか、まだ10代だったと思う、ある深夜、テレビの放映で出遭った。『ヘッドライト』(55)での、何ともいえない色香に、モノクロ映画だったんだけど、魅せられた。そのころはもう、たぶん引退していたのかもしれない。だから、リアルタイムでは知らないし、出演作も2つ3つていどしか観ていない。だけど、ぼくの、おそらく、憧憬の初恋相手。

ゴールディ・ホーンとの遭遇は前述のとおり、もう所帯を持っていたときだったけど、フランソワーズ・アルヌールは、本格的な恋愛前、つまりは原点なのである。もちろん、実生活において、こんな小悪魔的な女性と仲良くなった経験はないけどね。

ちなみに、渡米前は、よくフランス映画を観ていた。作品としては『男と女』(66)のほうがベストかも。監督はクロード・ルルーシュ、音楽はフランシス・レイ、そして、主演のアヌーク・エーメは、これまた色気の漂う女優だったし。

さて、3位は、少し迷う。『ノーマ・レイ』(79)と『プレイス・イン・ザ・ハート』(84)とで2度もアカデミー主演女優賞を受賞しているサリー・フィールドもいいんだけど、こちらも年上だ。ふむ。熟女好きと思われるのもイヤだな。

ヘレン・ハントにしよう。彼女は46歳だし。『ペギー・スーの結婚』(86)あたりからのファン。『恋愛小説家』(97)でアカデミー主演女優賞に輝いているが、どちらかといえば名脇役ではないかと。ぼくだけの、勝手な思い込みだろう。いわゆる美人ではないと思うが、チャーミングである。

4位以下はメンドーなので割愛。まあ、ここ20年くらいの大ヒット映画や名作などで知られるビッグネーム、たとえばジョディ・フォスターとか、レネー・ゼルウィガー、メグ・ライアン、ジュリア・ロバーツ、サンドラ・ブロック、アンジェリーナ・ジョリーやスーザン・サランドン、これで全10人か、こんなとこだろう。同率10位でキャサリン・ロスを入れたい気もする。

絶世の美女タイプではないかな。ほのぼの系というか、ちょっとクセのあるほうが好きみたい。言うまでもなく、スクリーンの向こうの人たちだから、リアルな恋愛対象とは異なる。まあ、でも、無関係ではないよね、好みなんだから。

だから、いまでも不思議。相方のような、つまり美系を選んだことが。ま、つきあってみると、見かけとは、かなり違うんだけど……。

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2010年3月16日 (火)

ダスティン・ホフマン

さて、ダスティン・ホフマンである。マイベスト3確実の男優。ふむ、じゃ、あと2人は? と自答すると、すぐには思いつかない。いや、デンゼル・ワシントンやらジャック・ニコルソン、トム・ハンクス、ニコラス・ケイジ、ロバート・デ・ニーロ、リチャード・ドレイファス……、名前はいくつも浮かぶのだが。甲乙つけがたく。
もしかして、堂々の1位でいいのかも。

もちろん、きっかけは『卒業』。たしか、高2の夏あたり(68年)だったのではないかな。以後、今日まで少なくとも10回は観ている。それも、ほとんどが映画館で。当初の10年間で(1980年ころまで)。1、2回はアメリカで。
うん、まずは、この映画をマイベスト1にランクしておくべきかな。

続いて、『真夜中のカウボーイ』、そして『ジョンとメリー』かな。大学生のときは『小さな巨人』や『わらの犬』など。『大統領の陰謀』『マラソンマン』は米国に渡ってから(ゆえに、前者はいまも「All the President's Men」の原題のほうがピッタリくる)。そのあとも、主な主演作は、ほとんど観ている。

それほどまでに入れ込んでいる理由は、なかなか説明しにくいけど、まあ、たぶん多くの人がそうであるように、いずれの役でも名演技、ということかな。ぼくとしての順番で、最初が「ベン」役、そして、「ラッツォ」だもの、そりゃあ~魅了されちゃうよね。

その『真夜中のカウボーイ』で(事実上の)鮮烈デビューしたジョン・ヴォイド、これも大好きな男優だ。実は、しばらくは注目していなかったのだが、かの『ミッション:インポッシブル』(96年)で、久しぶりに認識、ざっくり30年間で太ってしまったなあ~と、これは自らにも準えて(同期間で約6割増)、そこはかとない親近感。

ところで、『大統領の陰謀』だけでなく、『クレイマー、クレイマー』もロサンゼルス在住時代に(たぶんプレス向け試写会で)観たのだが、だからもちろん、ぼくとしては「Kramer vs. Kramer」の原題が当然。でも、この「vs.」が当時、日本語としては馴染まなかった、そのために省かれたと記憶している。

その後、いつのまにか、フツーに新聞の見出しに使われたり、と、市民権を得ている。絵文字にもあるよね。うむ、残念、ここにはなかった。ng->こんなのはあるのに。

いつかもちょっと触れたけど、この20年30年のうちに、日常会話のなかで見かける、本格的英語の多さ、いやはや、スゴイね。母国語は、乱れて、というか変化していくこと頻りなのに、一方で、というあたり、我が祖国の独特の言語観、または感性を象徴するようで、興味深い。
このネタ、まだ整理されていないが、そのうち、きちんと論じたいなあ。

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2010年3月15日 (月)

ジョンとメリー

このタイトルでピンとくる人、多いかな。定期読者の平均年齢、高いものね。マイベスト10に入る名作だと思う。

『ジョンとメリー』は1969年公開となっているが、おそらく70年になってからだろう、ぼくが観たのは。未成年、というだけでなく「初心」だったので、この映画はショッキングだった。

一夜を共にした男女の目覚めから始まり、ほぼ24時間後の、ラストシーンでやっと名乗りあう、ある意味でロマンチックな、一方でトンデモナイ、なんともステキな物語。実際には、そんなことは我が身に起こらず。まあ、体験者も、あまりいないと思う。

それでも、女性役のミア・ファローが魅力的で、その前年の『ローズマリーの赤ちゃん』で有名になった女優だが、ファンは多かったろう。その後は、社会活動みたいなことに熱心で、あまりスクリーンでは観ることがなくなった。念のためwikiで調べたら、あらま、おトシを召して……、65歳か~仕方ないね。

あぁ、どうしてこんな話を書いているかというと、DVDで先月、40年ぶりに再会したから。2、3回は観たはずだから、正しくは35年ぶりかもしれないが、ともかく、1月だったか、「ネット・レンタル」のリリース・リストを眺めていて、おぉっと狂喜したのだ。

やっぱり、可愛かった。とはいえ、70年代以降も実は、数多くの映画に出演していることがわかったけれど、ほとんど記憶にないから、「メリー」に恋しただけかな。この数年間のいくつかの作品では、もちろん年齢相応の役どころで見かけていて、ちょっと感慨に浸ったり。

ジョン役のダスティン・ホフマンも、若かった。

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2010年3月10日 (水)

何とか間に合った

さて、今年も、きょうという日を無事に迎えた。好(よ)きかなbirthday

えっ?! 大切な記念日なのにアップが遅い……、すんません、昨日あたりからアクセスが増えているのは、このオヤヂ、今回はどぉするの? ってな興味からでしょうか。「相棒」シーズン8の最終回でもあって。あまり関係ないけど。

いやはや、実は、いまだ修羅場から脱出できていないのですdash 初旬に作業が集中するのは常ながら、たいては10日ともなれば、まあ、なんとか余裕ができるもので、ゆっくりと落ち着いて祝えるんですけどね。

昨日夕刻、ある企業の記者会見が飛び込んできて、締め切りを1日延ばし、対応のゆえ。一人で取材・執筆・編集・その他もろもろを、能力/体力とは無縁に、こなしているので、もおヘロヘロです。ま、現場の全権をもっている分、スピード感はありますが。

もっとも、相方も超多忙。2月からずっと仕事が途切れず、年度末の駆け込み需要の面はあるけれど、いつになく。ギャラが見合ってくれれば楽しいんですが、こんな時代、そこは触れないでおきましょう。

なんにせよ、2月の半ば以来、デートは飛びっぱなし。すべて「貸し」になっていますが、この債権、いつ回収できるのかなあ……。顔を忘れてしまいそう。って、ケータイの待ち受け画面に設定しているので、それは心配ないけど。IZさん(と、いきなりの呼び掛け)、3人で会ったのがラストですよ~。

今月いっぱいドタバタするようで、結果、幸か不幸か、本日の「祝杯」に相方も都合つかず。まあ、誕生日当日にこだわっているのは、どうやら当方でして、彼女は、そんなに不満ではないようですが。

お互い、勤め人でなく、仕事の流れが、たとえば月-金、9時-5時と、定められていないため、自由度が高いというメリットもありますが、なかなかにメンドーでもあり。

本ブログのレギュラーコメンテーターになられたカミ@ダンカミさんのところのように、年に何回かは温泉旅行とシャレたいのですが、スケジュール調整、そうそう易くなく。

この週末には何とか、バースデイ・ディナーを一緒にと思っています。

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2010年3月 6日 (土)

啓蟄

いつものごとく月例の多忙期、「空自官製談合」も気になるが、それよりも。

今朝(3/6付)の朝日新聞に、奈良と埼玉とで続けざまに起きた、いわゆる「虐待死」に関して、幼い命をどう守るかという視点での記事が載っているのを読み、手ぬるいと感じた。

異変に気づいたら匿名でもいいから役所または警察に一報を、という。この指摘、間違ってはいない。だが、いまのままでは、通報する人が増えることはあるまい。事が「しつけ」との絡みで微妙な領域にあるからだ。

ぼくは思う。こうした事件は「殺人」容疑で調べるべきだと。

逮捕された親は「保護責任者遺棄」もしくは同「致死」である。納得できない。直接的にはそれでもかまわないが、(本当は「殺人容疑」だと皆が思っているのに断言しきれないときのメディアの常套句である)「殺人罪の適用も視野に入れ慎重に調べを進める」べきではないか。

過去にも同様のケースはたくさんあったと記憶するが、とくに奈良の事例は、3年間に及ぶ「虐待」の中身が尋常ではない。激しく痩せるまで食事を与えず歩けないほど衰弱させた行為は、「虐待」とか「暴行」の範囲を超えている。

これは、緩慢な、長期的な、殺人行為ではないか。少なくとも、そう疑って然るべきだと信じる。言い換えれば、じわじわと殺していったのである。殺人罪の中でも悪質だと思う。

そのうえ、相手は幼子。当初は言葉を発するのも覚束ない年齢で、抵抗などできるはずもなく、自力で逃げることも不可能だったろう。ぼくは、これを「虐殺」と呼びたい。

「虐待」と「しつけ」との狭間ゆえ、人々は悩む。子どもの泣き声が聞こえてくるが、これはちょっと厳しいしつけなのではないか、そうであれば安易に介入できないなあ~と。

だから、認識を改めよう。「虐待」ではなく「虐殺」と「しつけ」との狭間で考えてみる。そうしたら、いまよりは少し多くの人が通報するようになるかもしれない。いかに人情薄い昨今とはいえ、座して子殺しを赦すことはそうそうあるまい。

きょうは「啓蟄」。春の訪れも近いが、首都圏ではまたもや冷え込み、いましばらく冬が続くようだけど、この、子どもをめぐる問題は、いまから冬に向かっていく感が強い。

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2010年3月 2日 (火)

忘れてしまいたいことは多いけれど

ニュースなどで報じられる、チリの人々の悲痛な叫びには、もちろん心を痛めるけれど、ぼくの知る限り、推測できる限りにおいて、沿岸地帯に居住の、このブログの読者はいらっしゃらないようなので、つまり津波の被害を被ることはなかろうと考え、触れるつもりはなかったのだが。

気象庁が過大な予測を謝罪したと聞き、それはないだろうと感じる。過小評価した結果の怖さを、われわれは50年前に経験している。あのときは、過小どころか、まったくといってよいほど無防備だった。ぼく自身、明確には覚えてないけれど、津波が物凄く恐ろしいものだということは脳裏に刻まれている。

予報の精度や、それが的確・適切だったか、そういった部分は検証する必要があるだろう。けれど、いきなり謝ることはない。誰が、何が、そうさせたのか。担当課長に対して国交省からの指導みたいものがあったようではない。では、なぜ? 苦情でもあったのだろうか。

正直な話、2月28日のテレビは警報を伝える列島の地図入りで放送され、煩わしく思った。ぼくも、メールで相方に毒づいた。でも、これは、「必要悪」とまでは言ってはいけないかもしれないが、仕方のない処置である。この防災システムができあがるまでに、どれほどの命が犠牲になったか。そのことを忘れてはいけない。

メディアによると、避難していた住人の多くが、より大きな波が予測される第2波以降の到達前に帰宅したという。今回は事なきを得たけれど、個々の判断に任せてよいのだろうか。

当該自治体は、避難を「強制できない」とする。なんだか、よく耳にするフレーズだ。家庭内暴力や虐待などの通報に対する態度にもみられる、この弱腰は、一方で、ちょっと声の大きいクレームには過剰反応する姿勢と、どこか通底していないか。

あの教訓は、そののちに役立ったはずだが、そうした記憶すら薄れてしまうのか。半世紀も経つと、体験は風化するのだろう。

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