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2010年1月16日 (土)

意地悪な神

『生きていくための短歌』にまつわる幾つかのエピソードを書こうとは思うものの、この本の存在を知った昨年11月末からの1か月余りのうちに、既述のごとく予期せぬ感銘を受けたり、前項で紹介のテレビ放送を観て、また心を動かされたり、そして、著者の南悟先生に神戸で相まみえたり、さらには、番組に登場した高校生ともリアルに言葉を交わしたり、と、我が胸のうち、相当に目まぐるしく。

地震との関わりについて、ふと記憶を辿ってみた。

ここでも触れてきたように、当方、大阪出身で、関西には親戚はじめ知り合いも少なくない。15年前の1月17日の朝、まだサラリーマンしていたから出勤前の慌しさのなか、近畿地方で大きな地震が起きたようだ、それくらいの認識だった。
オフィスに到着したころには、たしか犠牲者の数が3桁に達していた。その日は一日、仕事にならなかった。
電話は当然通じない。友人の何人かとはメールで連絡が取れた。最終的に、安否確認に2、3日を要した。被災はしたものの、幸い、命を落とした者はいなかった。
1週間か2週間後、現地に行った。電車の窓から見たブルーシートの多さが、いまも目に焼きついている。

自身、被害を受けたことはない。

1971年のロサンゼルス大地震(サンフェルナンド地震/マグニチュード6.6)は、渡米5年前のこと。かの地で知り合った人のなかに体験者はたくさんいた。74年に公開の映画「大地震」は日本で観た。

1989年のサンフランシスコ大地震(ロマ・プリータ地震/M6.9)の際は、すでに帰国済み。知り合いに被災者はいなかったが、崩壊した高速道路を走った経験はある。

そして、ロサンゼルス北方のノースリッジ地震(M6.7)は1994年の現地時間1月17日早朝の出来事。日本のテレビに映し出される惨状、その幾つもの街角に、知人が住み、ぼくが歩き、馴染みがあった。でも、悲しい知らせは届かなかった。

この3つの人的被害は、いずれも2桁にとどまった。「阪神淡路」は文字通りの桁違い。

ぼくの心にトラウマはない。それでも、つくづくと思う、神は意地悪だ。

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