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2009年11月 6日 (金)

頼るは我ひとり

とある業界の、ある団体、ここには3人の「元議員」が顧問としている。そう、過去形。ことごとく落選してしまったのである。もちろん、かつての政権党に属している政治家たちだ。

さて、どうしたものか、と、業界幹部は頭を抱えている……というようなことはない。新政権党に近づいたから? いや、違う。

もはや、政治に何かを期待する時代ではない。それが、トップたちの真意である。

「とはいえ、あの党の若手を取り込むのに良いチャンスでは?」と水を向けたが、「声を掛けたら、すぐにやってくるよ」。実際、あちらからのアプローチはあるらしい。「でもね、そんなことをしても何にもならないんだ」と、業界のリーダー。

何故なら、それは、守旧派の延命にしかならない、と。我々は変わらなくてはならない、そんな節目に、政治に頼っても、意味がない。変化できない者たちを助けるだけ。自助努力につながらない。そう断言した。

「公」に長く依存してきたため、世の中の大きな変化についていけない、かつての高度成長期に「成功」した先駆者と、その「成功体験」を継承する後継者たち。補助金やらの「ばらまき」に群れる彼らは「淘汰」されなければいけない。

オフレコの本音。表向きは、これほどのストレートな言い方はしない。けれど、折りに触れ、檄を飛ばす。その声を冷ややかに受け止める、「誰かが助けてくれる」のを待つだけの経営者たちは、「百年に一度」の不況に悲鳴を上げる。

自宅の近所に「1000円カット」の店がオープンした。それほど賑わっていない様子。周辺に競合店、少なくなく。経営、大変だろうな、と推測。(たぶん店主の)理髪師いわく、バブル時代の数千円、一万円もの価格設定が「儲け過ぎだったんですよ」。たとえ大した利益が得られなくてもコツコツとやってくしかない、といった感じのセリフ。

忙中閑あり、ではあるが、これ以上の考察は、しない。ただ、書いておきたかった。

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