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2009年8月15日 (土)

戦争を知らない子どもたちの夏

本日は、予定外稿とでも言おうか、ふと書いてみたく。

「戦争を知らない子供たち」という歌は、言わずもがなだろうけれど、北山修氏が作詞し、杉田二郎氏が作曲した、反戦歌の名曲。1970年の発表だから、ぼくは18歳、間違いなく「子ども」だった。

当時の個人的な心象は、「戦争が終わった平和な時代に生きる」子どもとしての誇りみたいなものを感じていた。言い換えると、世の中の大半は戦争を知っていて、つまり「加担した」世代、対してボクらは、という理屈である。

それから40年。極めて幸いなことに、ボクらは未だ(限定的な意味において)戦争を知らない。そして、その子どもたちが子を持ち、さらに孫を持つ年恰好になり、世の中の大半が「戦後生まれ」に。幸か不幸か、高齢社会でもあり、戦前・戦中世代も、それほどマイナーではないけれど。

それでも、かつて我が祖国がアメリカやイギリスや中国などと戦ったことすら知らない世代が増え続けており、玉音放送が「ナマ」だったかどうかがクイズになる時代。「日本のいちばん長い日」は、もはや歴史の彼方なのか。かのレコードをめぐって軍部の一部が「クーデター」まがいの行動をとり、仮に成功していたら「敗戦」はなお先送りになり、3発目の原爆が落ちていたかもしれないなんてIFは、すっかり絵空事なのかな。

そんななか、テレビで「最後の赤紙配達人」を観た。事実に基づいた話で、脚色されたドラマ部分では不覚にも、いや昨今では当然か、滂沱の涙。
さておき。赤紙を配達する「兵事係」が戦死広報も届けていたことは、知らなかった。それどころか、徴兵者に付き添ったりと世話をする担当者でもあったとは……。そんな、ごく当たり前の事実が伝えられていない。

靖国神社に参拝するのもいいけどさ、もっとやらなきゃいかんことがあるんじゃなかろうか、政治家センセイ。

戦後派は「戦無派」になり、やがて「新人類」だの「ゲーム世代」だの、「戦争」を冠して呼ばれることも絶えて久しい。
願わくば、「新・戦前派」にならぬよう。合掌。

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