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2009年6月

2009年6月30日 (火)

2009折り返し

めまぐるしい時代、1年の前半をまず振り返る。

正月早々、長く愛用のテレビがついに臨終、地デジ対応に切り換えたことで、初めて(?)キレイな画像に接したこと。同様に、録画機能もデジタル化、その利便性を満喫している。世の中に、まだまだ便利さゆえに買いたいモノは、我が身に限っては少なくない。

元アイドルのコンサートをはじめ、いくつかの「ライブ」に出かけ、やはり生はいいと実感。ブロクで、感想は半分も書いていない。格好のネタなのだが、イイものはイイとしか言いようがない。我が才の限界かな。一言のみ、ジャズと寄席との「コラボ」、まさしく堪能した。

詳細を書くつもりはないのだが報告だけするなら、相方と、その息子との、変則的な、親子3人での温泉旅行。我らに幸い、独占使用で、風呂も貸切り、平日ゆえか。宿側には厳しい、でも、10部屋(稼動は事実上8室とか)で風呂3つ、ならば、「貸切り」を謳い文句にすれば、と、勝手に進言も、「跡継ぎもいませんし」と。ふむ。継承したいが、我が財に蓄積なし。

とりあえず、身内に大事無く。されど、これといって展望もなく。この1~2年、いろいろと変動あるも、最も根源的な部分で「現状維持」は、停滞か。自然の流れに逆らうつもりはなく、とはいえ、変化を待ち望む日々。今年の後半は、さて、いかに。

相変わらずの怠惰な「ブロガー」、って言うかな、こんなんで。なんにしても、若いころの自分の流儀を保持できないこと、頻り、情けなくも、なるほど、加齢とはこういうことかと、ある種の悟りも楽し。

まあ、しかし、いろいろな場面での「もの忘れ」、いと悲し。ささやかな、ウツらしき、何~もしたくないぞぉってな心境に落ち込む時もある。が、ボケ防止にと、我がブログに日参される女性あらば、しばし続けん。って、どこぞのミセスなれば、さしたる色香に迷うことなく。

さて。夏季の修羅場です。でも、更新滞る理由になんかなりませんね~、常ならば。現実逃避モードで、ふだんより頻度向上? かもしれず。

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2009年6月27日 (土)

とりとめもなく

ぼくにとっては梅雨らしい空模様が続くなか、夏至も過ぎ、エアコンの掃除なんかしちゃったりして、あれま、冬のコートがクリーニングに出さないままに鎮座している、と、他人事のような感想述べつつ、今年も早、半分が終わろうとしていて、毎年のことではあるが、ほんに光陰矢のごとし、うかうかしていたら、って、これも常套句。
桜桃忌に何か書こうと考えたが、かつて心酔したものの「脱出」した身なれば、いまさらダザイでもなかろう、とヤメ。それよりは「6.23」だよね、と思ったが、これもまた、沖縄を語る資格があるかなと自問、なくはないけれど、「生涯、自決の地を観光で訪れるのはヤだ」との決意を表しても、仕方なく。
もちろん、我が身の回りでは、なにかしら動きもあるけれど、そのいくつかはブログのネタになりうるんだが、まあ、それはそうなんだけど。ホント、筆不精になっちまったなあ~。

マイケル・ジャクソンについても、別に特段の感慨なく、それよか、ファラ・フォーセットの壮絶死こそ触れる価値あり。でもなあ、リー・メジャース氏と結婚して芸名もファラ・フォーセット・メジャースとしたことに感動したと吐露しても最期を看取ったのは結局、ライアン・オニールで。そういえば、テータム・オニールは今どうしているんだろう……。テニスプレーヤーのジョン・マッケンローと結婚・離婚までは記憶しているが、気になって調べたら、昔むかし、マイケルくんと交際していたんだとか。ふぅむ。

アカデミー助演女優賞まで獲ったというのに、天才子役は天才であればあるほど、なかなかうまく成長できないものなのか。ふと、我が国の何人かに思いを馳せる(女子限定)……が、イッツ・ノット・マイビジネス。てゆか、ハラハラしちゃってね。

まあ、そういう楽しみもあっていいだろうけど、ドラマは、そのストーリーでワクワクドキドキしたいよね。というところで、この春夏ドラマの話にでも移行しようかと画策。だが、前フリが長すぎた。またの機会に。「臨場」満喫。「Boss」堪能。「名探偵の掟」楽しく。「必殺仕事人2009」意外に満足。それから「刑事一代」に拍手。と、見出しだけ。

「相棒」の監督などの長谷部安春氏に合掌。

野球ネタ、つらいなあ。観戦の機会にも恵まれず。永田町は、少しだけ面白くなりそうだが、あまりに流動的なので、自粛。

あ~、最近で最も驚いたのは、創業家からの新社長が、拡大路線見直しに際して口にした一言。「身の丈を超えていたのではないか」との反省の弁。あのトヨタがねぃ……。

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2009年6月12日 (金)

東京港クルージング

なんか、ステキなタイトルだなあ~、この響き。
久しぶりに船に乗ってきました。
そう書くと、もっとカッコイイ? でしょうね。
翁からは、「相方さんと仲良く過ごしているようで~」なんて言われそう。

いえ、なに、実は、仕事です。
だから、当然、単身で、とある団体の「東京港視察」に同行取材。
はい、「港」ですよ、東京「湾」ではありません。

「実は東京にも港があって、東京をはじめとする首都圏4000万人の消費生活と産業活動に欠くことのできない物流拠点として、また東京港に広がる埋立地を利用してのまちづくりなど、みなさんの生活と深く関わっています」

これが、小生が今回、乗船した船の運営母体の説明。そうなんです、東京都港湾局なんですね。
船の名前は「新東京丸」で、色気はなく。仕方ありません、観光船ではないので。いわく、「大学生や社会人向けに、東京港を見学していただくための視察船を運航しています」とのこと。

文字通り、「このような東京港の重要な役割について多くの方に知っていただくため」なので、この視察船の乗船料はタダです。そのかわり、最低20人以上というシバリもありますが。40人くらいだと、貸切りになるみたい、われわれがそうでした。

ざっと1時間半近く、竹芝から、羽田空港を右手に、ちょいと沖まで出て、お台場あたりを眺めつつ、ぐるりと回ってきます。けっこう、ワクワク。当日は残念ながら、厚い雲に覆われていたので、景色という点では満足できませんでした。
でも、「遠くに見える山、あれがディズニーランドの~」なんて(港湾局の職員による)説明は、エキサイティングではないけれど、なんか楽しく。公務員にしちゃ、上出来かな。

画像は、船尾から。雨も少し降ってきてボンヤリしてますが、レインボーブリッジ越しにフジテレビのシンボリックな姿が見えますかしらん。

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2009年6月 4日 (木)

縁は異なもの

我が相方と出遭ったのは、11年前(このブログで1年前に「10年前」と書いたので当然ながらプラス1年ということで)。
ファーストコンタクトはメールを介在してのオンライン上の出来事であり、seigu翁からは「メール世代」などと妙に感心されましたが、昔だって「ペンパル」はありましたからね。

ネット上での発言が不得意の彼女、でしょ? ここでもコメントしたのは僅か、うち1件は「モーレツ抗議」だったし、当時ですでにネット歴10年の当方と、リアルな知り合い関係になること自体は不自然でないにしても、いまどきの若者じゃあるまいし、たかがオンラインでの遭遇をきっかけに、ここまで深化しようとは……。

でもね。振り返ると、不思議なことが少なくない。

ぼくの出身校は(いまさら匿名ではメンドーなので)「駒場東邦」という中高一貫6年制の私立で、その名のとおり、発足時の母体は薬学系の東邦大学、直系の付属高等部を千葉県内にもっています。なんと、相方さんは、そこを受験し、合格しています。
結局は他校を選びましたが、もしかしたら、変則的な「先輩・後輩」の関係になっていたかも。ウチは男子校なので、どうあがいても正しく「先輩・後輩」にはなれないから、ほんのささやかな「接近遭遇」ってわけで。
ついでながら、彼女は一度、受験のためにその高校を訪れている。ぼくは、いわゆる姉妹校の関係なので、やはり一度だけ、生徒会の交流で行ったことがあるのです。もちろん、数年のタイムラグがあるので、ちょっと強引な言い様ではありますが。

ほんでもって、彼女が実際に通ったのは千葉県立船橋高校で、最寄り駅の「東船橋」がまだなかったため、船橋駅を利用していたそうです。時代は、70年代の前半。大学生のぼく、このとき実は、船橋駅の近くに住んでいたのです。あれ? 都内在住で都心部の大学だったのに、どうして……と、深くは突っ込まないでください。事情説明すると、相方にまた怒りのコメントを食らってしまいますので。

そのアパートはすでに取り壊されていて、そして駅前は再開発が進み、京成船橋駅は高架となり、大型店ができたりと、当時の雰囲気はほとんど残っていませんが、それでも、ときおり遊んだパチンコ店は健在だし、書店や喫茶店なども形は変えつつ現存しています。

まず間違いなく、駅もしくはその周辺で一度や二度は、すれ違っています。いや、断定する物理的根拠はないけれど、でも不自然ではない。なにしろ、お互い、毎日、その駅を使っていたのですからね。そのうえ、ぼくは、住んでいたのは1年ほどだけど、その前後も頻繁に、とある事情により、この地を徘徊していました。

いま現在、東京方面との往復に総武本線の快速を利用しているのですが、この電車に一時期、ほぼ毎日乗っていたわけで、高校生だった相方と同じ車両の空気を吸っていたとしても、何もおかしくはないのです。物証はないけれど、状況証拠的には「黒」でしょう。

まあ、ぼくらに限った話ではないし、世間によくある例かもしれないけれど、だから、つまりは、「ノロケ話」みたいなもので、そう受けとめられても仕方ないのですが、やっぱり、縁は異なもの、と思うのですね。

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