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2008年12月20日 (土)

この1年

何とか年末仕事にも目鼻がついてきて(耳と口もかな)、もうひとつふたつ作業は残っているが、ようやく「師走気分」。とは、なかなかいかない。毎日のように「新春の~」とか「本年=2009年は」などという原稿に向き合っていると、感覚的にはすっかり「年明け」。これから、「まだ2008年だぞ」と心を入れ替えなければならない。まあ、ゴミ回収の「30日が最後」なんて告知を見ると、おぉおぉそうか、とはなるけれど。つまりは大掃除が控えているという意味でもあって、ふぅむ、素直に喜べないなあ。

それにしても、落ち着かない1年だった。昨年末に、まず、相方が突然入院、これは、3日ほどで体調が改善され、原因不明ではあったが、ひと安心。その数時間後、今度は父親が、この2年で4回目の入院。病室で年を越す。帰宅のメドもつき、何だかスゴイ正月だなあ~なんてノーテンキに思っていたら、相方、年末と同様の症状で再度入院の報。
年明けの取材始めのラッシュで、明後日には見舞いに、なんてノンビリしたこと言っていたら、翌日には「緊急手術した」と。おっとり刀で駆けつけると「あと数時間遅かったら」なんてゾッとする言葉を耳に。幸い、月末までには退院できたのだが、しばらくは気が気でなかった。

この間、仲間の一人がくも膜下で倒れ、こちらも大事にはならず、春には相方共々「快復祝い」できたのは、うれしいことだったが。

一方で、癌宣告の母は、懸命に生き抜いていた。初夏、祖母の七回忌で、親族が全員集まった。実の姉妹との会話、てゆか、関西弁丸出しのシャベクリ。イキイキとしていた。
まだ残暑の9月、その母が体調を崩す。「ずっと暑かったからね~」と大袈裟に受け止めなかったのだが、結果的に、二度と自宅には戻れなかった。

夏の終わりに知り合いの父親が他界、続けて、友人の母親、そして仲間の父親と。前後して、世間では名を知る何人かが鬼籍に。大トリは、我が母。

北京は熱く燃えたが、あっという間に遠い過去の話になってしまった気がする。景況感も、年初はゆるかったが、一気に厳しさを増した。円は(対ドル)90円すら割りっぱなしで、年頭に「当社は100円で設定しているから」と強気の某トップ、いまごろは……。就職戦線も、売り手市場は買い手市場に大転換。こうした変化の激しさに煽られたか、総理の任期が1年に縮まったような……。

個人レベルでは、すでに「低空飛行」の身、さしたる影響もなかりせば、と、言っておこうかな。

さて、今冬は、どれだけ暖房なしでやっていけるかなあ~なんて、きょうは、明日も? 大片付けの最中にセーターを脱ぐ始末、年の瀬とは思えない。

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