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2008年11月

2008年11月25日 (火)

愛こそ

きょうは「憂国忌」だが、だからって、べつに我が祖国の最近のていたらくを、いまさら憂えることはしない。えっ?! 憂国忌って何? ……wikiで調べてね(^^;)

それでも、ただの無差別殺人もイヤだが、飼い犬の恨みで殺されるのも、切ない。あぁ、もちろん、この動機がすべてだと信じるほど初心ではない。でもね、メディアで「ありえない」と断じられるほどでもないと、ちょっぴり思う。だって、犬はかわいいもん。年間30万頭か50万頭か知らないが、とにかく大量の犬(と猫)が殺処分になっているのは事実。胸が痛い。

繰り返すが、それだけが理由ではないのは当然として、しかし、幼いころに受けた「キズ」の影響を、世間は些か過小評価していないか。ぼくなんぞ、小2のころの初恋の彼女、いまでも心に留めています。小5のときの同級生の女の子を「ブス」とイジメた記憶、生涯消えません。

ただ、まあ、カレにとって、もっと大きな傷の要因は、おそらく、8年間も通った大学のあたりではないかしらん。普通に考えれば「女性問題」。若い時代の評判は「やさしく明るい」のだから、いまどきの対人恐怖症的な「女はコワイ」に毒されていない容疑者は、恋もしたろう。惚れられ、裏切られ、いろいろと経験しただろう。中退後、故郷を離れたのには、なにかしら深い事情があったと、想像するに難くない。

このへんの話は、まだ出てないが、当然ではある。他に聴取しなければならない事実がいくらでもあるわけで。で、こんな早い段階で「謎は深まるばかり」とか「不可解な事件」とか騒いでいるマスコミ。いやはや……いつものこととはいえ、お祭り騒ぎの垂れ流し。

だいたい、「ふてぶてしい態度」と言われるが、テレビ画面で見るかぎり、目つきは正常であり、アキバの無差別殺人者のそれに比べると、かなりマトモだ。「そんなことをする男ではない」との評と矛盾しない。「うつろな目」とリポートしたテレビ局があるが、まさか?! わずかな間、チラッとカメラが捉えただけで、そんなことが断定できるとは、尋常ではない。むちゃくちゃ予断が交じってる。

メンドーな「クレイマー」だったらしいが、殴る蹴るといった直接行動には出てないようで、実は特段、粗暴ではないのだろう。家賃の滞納もないというのだから「反社会的」でもない。被害者の住所を調べた件でも、通常の手段によるもので、むしろ「マメ」。

あ~一応、確認しとくけど、決して擁護していませんからね。一片の同情の余地すらない犯罪者であることは間違いない。けれど、それほど異常者だとも思えない。

「職を転々」とネガティブに報道されるが、ぼくなんか、最初の仕事は1年で放棄。3番目の職場も1年半しかもたなかった。32歳で、転職3回だもの。留年・中退も同じ。だからって、人は殺さない。

それにしても、愛こそすべてだと、つくづく思う。愛する者がいて、愛されている実感があり、だから、ぼくは、自棄にならず、やつあたりで人を殺さないでいられる。

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2008年11月17日 (月)

おくりびととして

こういうネタ、律儀な性格でいらっしゃる翁はともかくも、コメントのしようがなく、ブログとして楽しくもなく、もうよそうと思っているのだが、なかなか……。

筑紫さんの追悼番組を観た。胸に迫る内容だった。何よりも、いかにテレビ・キャスター、メディアの人とはいえ、2時間特番で弔ってもらえる立場を、少し羨ましく感じた。動画がたくさん残っているので「絵になる」わけで、生きていてこそではあるのだけれど、でも、あんなふうに送られるのは、いいね。

市井に生きた母は、もちろん不特定多数に悼まれるようなことはない。そのうえ、義理がらみの参列を敬遠した。「本音男」の小生でも齢を重ねると「世間のつきあい」をまったく不要とは思わなくなったのだが、母の遺言により、極めて少数にだけお知らせした。親族を除いて30人の見通し、式場では椅子を40ほど用意した。実際には70人を超えた。恐縮ながら、半数近くの方に立ったままで参列いただいた。でも、ちょっぴり、うれしい誤算だった。

我が家は浄土真宗大谷派で、母はその系列の学校出身者、仏壇もある。だが、多くの日本人同様、クリスマスを祝い、正月には神社に初詣。娘(当方の妹)の結婚式はキリスト教式だったし、当方も神道スタイル。つまり、ときたま指摘する、習合主義そのままの、ごった煮である。それでも、葬式は仏教形式で行うのが、まあ、当たり前と考えるものだろう。もっとも、母の母はキリスト系のホームでお世話になっていた関係から耶蘇式、小生の妻はクリスチャンだから当然。いやはや、めっちゃくちゃですね。

母は、こだわらなかった。小生は、「既成概念」に拘泥した。「南無阿弥陀仏」を理解しない者が、それを唱える僧侶を迎え母を送ってもらうことに、強烈な違和感を覚えた。参列者の信じる教えは多彩だろうし、仏教でも「南無妙法蓮華経」の人もおられるはず。喪主である父の賛同も得たので、葬式は無宗教の形とした。正しくは「特定の宗教に依らない」かな。とにかくも、「葬式仏教」ではなく。僧の読経も無し。

そのかわり、母の人となりや、「その日」に至る経緯については、なるべく詳しく伝えたかった。いくつかの葬儀に触れ、故人のことをもう少し知りたい、と、かねて感じていた。喪主サイドの形式的な挨拶よりも、親しき者の死をどのように悼んでいるのか、その心情を可能なかぎり報告するのが「務め」だとも思った。

母は22歳で故郷大阪を離れ、東京に55年間住んだ。参列者の大半は、この40年なり30年、または10年以内の知友である。母の若いころは当然知らない。茶道師範の母の和服姿はファミリアでも、カラオケに興じたりエアロビを楽しむシーンは想像外かもしれない(息子にとってもアンビリーバブルではあるが)。

「通夜」という表現をあえて避け「惜別の会」に。開会挨拶を、4分のつもりが6分、喋った。母の人生を、駆け足で振り返っただけ。でも、少しは伝わったようで、何人かから、お褒めの言葉を賜った。「いい葬式だった」とも。「自分のときも、こんなふうに……」。だけど、できない? 何故なら「主役」は不在だから。結婚式とは違うものね。

そう。だからこそ、「おくりびと」の責務は重い。

1か月。母の「不在」は、なお実感できず。マザコンの息子は、じわじわと募る淋しさを、さて、如何にせん。

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2008年11月 8日 (土)

黙祷

筑紫哲也氏が亡くなった。そぉか~、癌にはやはり勝てなかったか……。

2度ほど、お会いしたことがある。
共通の知人が主催するパーティでは、ニュース番組をやっていたころで、「本番前なのに大変ですね」と声を掛けると、「○○さん(その共通の知人)の呼びかけだからね、来ないわけにはいかないよ」と。さすがに、早退された。

最初にお目にかかったのは、その1、2年前だったか、筑紫さんの講演会で。終わったあと、控え室にお邪魔し、その知人の名前を出しつつ、名刺交換した。ちょうど当方が本を出したころで、直接、献本した。読んでくれたかどうか、知らない。

さらにその数年前、朝日新聞社に知り合いを訪ねたとき、立ち話をしていると、目の隅に、あのロマンスグレーが。もしかして? 「うん、そうだよ」と、かつて筑紫さんの部下だった知人。紹介してもらうタイミングは逸したが、面白いエピソードを耳にした。

この話、うまく説明する自信がないのだが、要するに、氏は、ある夜に聴いた、ひとの意見を翌朝には、自らの考えのように披露する「名人」だとか。一歩間違うと「ずるい」というか、フェアではないような気もするが、ぼくとしては、「異見」でも消化してしまう、貪欲さみたいなものと受け止めた。

実は当方にも似たような傾向がある。明らかに自分の見解と異なるものでも、とりあえず否定せず、いったん引出しに収め、折りをみて、誰か他人にぶつけてみる。「それはおかしい」という評価だと、やっぱりね、と、×マークを付けるが、「ほぉ、そういう考えもアリだな」との反応であれば、いまいちど、己の思考と擦り合わせてみる。

世の中には、全否定できるものなど、それほど多くないと、ぼくは思う。政治家なんかは、対立政党の政策に理解を示すマネはなかなかできないのだろうが、市井の人間には、そんなツッパリは無用。そもそも「論争」に勝ち負けを言い過ぎる。9割は賛成できなくても、1割でも「いいな」と思えるなら、そこだけ取り入れれば、いいのでは? 採用した「異見」を自らの「意見」にしたって、いいじゃないか、とね。

もちろん、それも程度問題で、あんまりやりすぎると、「いいかげんなやつ」と思われてしまうかも。

いやいや、それよりも、このブログの書き手は一貫して自説を曲げないやつだと言われるかな。

どっちでもいいけれど。それにしても、このところ、ぼくのまわりでは、鬼籍に入る人が多い。瞑すべし。

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