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2008年9月

2008年9月25日 (木)

さあクライマックスへ

この、辺境のブログに、少なくとも3人もの「千葉ロッテ・マリーンズ」ウォッチャーがアクセスしていることは、ほとんど奇跡である。

ひとりは、ときおりコメントをいただく、千葉県在住の、みゆみゆさん。リアルにお会いしたことはないが、とあるサイトの掲示板で知己を得た。ファン歴は短いそうだが、きょうは札幌ドーム、明日はヤフードームへと東奔西走のご活躍、そのうえSMAP? いやはや、そのフットワークの軽さ、とても足許には及びません。

もうひとりは言わずと知れた我が相方。千葉に本拠地を移したころからだとかで、そもそも彼女が野球に興味を持っていることなど、想像だにしていなかった。まあ、ぼくが、アンチ巨人を通り越して「アンチ野球」ゆえ、話題にするのを遠慮していたのだろうけど。以前にも書いたが、優勝を機に、ぼくらの共通項になり、オン・シーズンは毎日のように情報交換している。勝った負けた、采配ミスだ、なんで打てない、という類の、愚痴や、よく抑えた、素晴らしいピッチングだ、値千金のホームランだ、などなど。

昨シーズンは、ついに球場デビュー。実は、新聞屋さんから「無料招待券」をもらったゆえ。幕張のマリン・スタジアムで、生の試合を観て、その臨場感に味を占めた。試合そのものは、日ハムの胴上げを見せつけられてしまい、イマイチではあったが。で、今季は、開幕早々に足を運んだ。
そして、夏に、初めて、自費で。ところが、ギリギリ晴れの予報が裏切られ、ゲーム開始2時間前あたりから、最近の日本の夏の風物詩、ゲリラ豪雨に見舞われてしまい、雨脚が弱まったので何とかスタートはしたものの、1回の表裏で限界に。30分ほど様子見の結果、中止になってしまった。Photo

幸いにも、試合は成立しなかったので、全額払い戻しに。ホッ。二人とも合羽を着ていたが、濡れないよう身をすくめていて、観戦どころではなかったからね。あぁ、合羽はね、彼女はなにしろ慎重な性格だから、ちゃんと準備していて、さすがのノーテンキも、急いで購入したわけ。婦唱夫随って言うじゃん。とにかく、あれで返金がなかったら、暴動モンだ。

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1か月後、つまり1週間ほど前に、リベンジ。バックネット裏の席を取った。そう、野球から足を洗ったはずのぼくなんだけれど、やけぼっくいに火がついた、とでもいうのか、やっぱり、現場に行くからには少しは良い席で観たいからね。フンパツしてしまった。それだけの価値は、もちろんあったけれど。
ただ、この次は室内席でゆったりと観たいなあ~、なんてゼータクになってきている自分が、コワイ。特別シートは〇(マル)が1つ増えるので、さすがに、おいそれとはいかない。

それにしても、野球のチケットのネット予約システムは、便利だ。サイトで、日にちやら席の種類を選び、2人分で申し込むと、ちゃんと並びのシートを選び出す。ま、新幹線の座席予約と変わらないか。で、予約が完了すると「コンビニで購入を」となる。夜の11時ごろだったけど、試しに、すぐさま近くの7-11へと。当然ではあるが、あっさり買えてしまった。
ただ、手数料がちょっと高いなあ~。サイト運営会社はそれで稼いでいるわけだから、仕方あるまい。それに、今回のような払い戻しにも即座に応じるし(手数料の二重取りもなかったしね)。球場窓口への往復交通費よりは安いから、ガマンするけど。

さてさて、東北からの常連客・zunさんの切なる望みを打ち砕き、ただいま同率3位に浮上、このまま何とかAクラスを維持し、10月11-13日のクライマックス・シリーズへと、夢はひらく。もっとも、この時期、相方共々、公私にわたり予定が重なっていて、観戦は難しいなあ。テレビ中継、やるかなあ。ま、いいや、ネット放映で。なんて、あまりに楽観的かしらん。

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2008年9月22日 (月)

心の闇

詳しい状況はわかないけれど、だけど、だからこそ、これだけは言いたい。

福岡の悲劇で、障害児をあやめた母親の心理状態について、「心の闇」なんて言い方、してやるなよ。秋葉原の大量快楽殺人犯にも「心の闇」と表現したけれど、それと同じレベルで語るって、どういうメンタリティなんだ、ニュース番組のリポーター。
それから、ニュースキャスター氏、「事件後、平然と悲劇の母親を演じていた」と。これも、心が痛くなる決め付けではないか?
もちろん、どんな理由があるにせよ、この母親の行為は正当化できまい。看過せよと言いたいわけではない。
だけど、「心中したわけではない」として、あたかも、母親も一緒に死んでいればいいのに、と受け止められるような指摘も、悲しい。
そりゃ、そうなれば、あんたらマスコミは、悲劇の大合唱するだろうけど。視聴率という数字が取れるかもしれないけれど。

「相談できなかったのか」との声も聞く。うん、それはそうだと思うよ、間違ってはいない。だけど、相談なんかできないんだよ、いまのこの国では。そんなシステムは、あるにはあるとしても、きちんと知られていないんだ。身体障害に対する「バリアフリー」の概念は、かなり進んでいる。でも、知的障害については、まだまだ。まして「発達障害」なんか、認知すらされていない。

話が大袈裟になるから、これ以上はやめておくが、最近、テレビでの、乱暴な、容赦のない、テキトーな、不適切な表現が、どうにも気になる。社会が荒んでいるのだとしたら、公の場で報じたり論じたり語ったりする人たちも、その社会と無縁ではない。かれらの「心の闇」に、いずれ触れたい。

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2008年9月19日 (金)

200回記念

相変わらずの、怠惰な更新、ご容赦。
開設から、そろそろ2年。タイトルにあるように、記事としては、ちょうど200回目です。200本安打とは比較の仕様もありませんが、ある時期は「日刊」でしたから、まあまあの数字ですね。
毎度、同じような弁解してますが、書きたいネタはあるんですけれど、すっかり、テンションが下がってしまって。いえ、ブログに対して、ではなく、前回も触れたことですが、ここんとこ、生活全般にわたり、少し「うつ」っぽく。
てめーらだけのお祭り騒ぎ的政治状況にも、数々の「偽装」にも、一言あるんですがねぃ……。「リーマン」破綻にはザマーミロと悪態つきたいし。いくつか観た映画の話、今春のドラマの感想、etc. だけど、文章にまとめるのが、なんかメンドーで。
同好の士、みゆみゆさんには、マリンへ行ってきたよ、えへへバックネット裏で観ちゃった、てな報告もしなくてはいけないんですが、その1試合・1勝よりも、いままさに、Aクラス生き残りの正念場、一喜一憂していて。

もちろん、仕事は、きちんとこなしています。取材先企業はすでに「2009年」に向けての活動に入っていますし、当方も、そろそろ年末進行の段取りに。ええ、暑さがようやく去りつつあるいま、早くも気分は「年末年始」に進みつつあります。
あぁ、忘年会の日程調整も始めなくちゃ。

3週間にわたるテレビ放映が終わったので、皆さんの目にも触れたであろう、とあるCMの、1か月前の発表会見のひとコマ、芸がないけど「こんな仕事していますシリーズ」ということで、荒い画像を載せます。

Photoキャラクターは、若い女性タレント。知名度は、どうなんでしょう、それほど高くはないと思うけど、名前が変わっているから、けっこう知られているかな。別にファンではないけれど、間近に見れば、さすが芸能人、なにがしかオーラみたいなものを感じます。
企業サイドに立てば、タレントの名前と商品名とを引っ掛け、なかなか面白いCFになっていたし、会見でも、彼女は、宣伝の役を上手くこなしていたと思います。
でも、当時はオリンピックの最中でもあって、マスコミの注目度は低かったみたい。スポーツ紙ではまだマシだったけれど、ワイドショーではほとんど扱われず。
東京・青山のホテルでの会見は1時間ほど。終わったあとの「囲み」ももちろん。テレビカメラは4台あったし、取材マイクも5、6本。で、こんな感じ。
ねっ、そこそこ取材っぽいでしょ? 発言すべてが使われないのは当たり前ですけど、それにしてもメディアに流れたのは、そこで話されたことのほんの一部。「費用対効果」を考えると、ちょっと……。当方は、専門紙ですから、デカデカと掲載しましたけどね。
てゆか、イイ絵(写真)が撮れたので。肖像権により披露できないけれど、その1点のために30か40ショット、だけど、デジカメだから、そこんとこのコストパフォーマンスは格段に向上しましたね。おかげで、ぼくのような写真のシロウトでも、まあまあの結果が残せるようになりました。

ふと、これまで取材を通して出会ったなかで最もステキな女性(いわゆる有名人)は誰だったかなと、振り返ってみた、のですけど……ほとんど記憶にない、男性ならいくらでも思い浮かぶのですが。もちろん、一般人は数多いらっしゃるし、そのうち何人かには恋心を抱くのですが。さておき、たとえば芸能界に縁がないので、そもそも分母が少ないんですね。つくづく、男社会で仕事してきたんだなあ~と。

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2008年9月 1日 (月)

秋の始まりに

9月になってしまいました。って、結局、8月後半は更新をサボってしまい、うかうかしているうちに夏が去ってしまったなあ~感、もちろん、まだまだ暑い日は続くのですけれど。

ネタに詰まったわけではないが、困ったときの「書評」とばかり、Vさんに薦めた縁もあり、「ふりだしに戻る」(ジャック・フィニィ著)でも語ろうかと、再読、始めたのはよいのですが、上下巻の下巻の中ほどで中断、てゆか、なかなか読み終わらないのです。
いやはや、まったく、どうしたことでしょう……。マイベスト100は間違いない作品、つまらないなんてことはまったくありません。なのに……、読み進めるのが、いささか辛く。本自体の問題ではありません。「本を読む」という行為が、こんなにも敷居の高い作業なんて、想像だにしていませんでした。

たしかに、今夏は猛暑・酷暑で、「夏バテ」ゆえ、かもしれませんが。それにしても、不得意なスポーツの分野ではなく。「持続力」みたいなものが、明らかに後退しているんですね。だけど、コトは読書、いかに気が緩んでいても、これほどまでに集中力が維持できないとは……。
ご長老をさしおいて「老躯」のせいにはできません。が、加齢から目を逸らすわけにもいかないようです。

唐突ですが。若いころ、ある大脳生理学者に、「分裂気質と躁鬱気質と両方をもっている」と言われたことがあります。正確な「分析」ではありませんし、まして「医学的所見」でもなく。ただ、まあ、いちお京大の現役の先生でしたし、で、いわく、相反するらしい、この二つの「傾向」を同時に内包しているのは珍しい、とか。

また、以前ここで触れたM先輩からも「二つの矛盾する感情の絶妙な均衡が、好きだろ?」と。

お二人の、この言葉は、そのときにはピンとこなかったのですが、その後の人生を、いま振り返ると、果たして、ぼくは、そういう気質を持っているようです。平たく言うと、行動・生き方などが両極端に走る傾向でしょうか。でも、行ったきりにはならない、その極から必ず戻ってくる、そして、反対方向へとまた走る、そんなことを繰り返しつつ、結果、バランスを保つ、というような感じです。
ですから、あるときは躁、またあるときは鬱、みたいな時期もあるにはあるのだけど、躁鬱病ではないかと疑うほどには、それに囚われない。一瞬、悩むが、長続きしない。その意味で、楽天家です。でも、「好事魔多し」は、マイベスト3くらいの座右の銘でもあります。

ところが。どうも、最近、その、バランスが崩れつつあるような、そんな気がしています。自ら認識できるくらいだから、おそらく、大したことはないのでしょうけれど、でも、なんだか、これまでの自分とは違ってきているような、そんな自覚は、いささか、いや、かなり座りが悪い。

てなわけで、「老人性うつ」について、チラッと調べてみたのですけれど、ま、当てはまるところもあれば、当てはまらない面も少なくないので、そんなに心配することはないようです。でも、「老人性そう」が、よくわからない。鬱があるなら躁もあるはずなのになあ~。老いてからは鬱しかないのでしょうか。

ま、いいや。「朝の来ない夜はない」。同時に、「夜は必ず来る」わけで。

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