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2008年8月

2008年8月14日 (木)

イイカゲンに

前項のコメント欄で、seigu翁いわく「50代半ばには会社を辞めるかどうかで悶々としていた」と。
当方は、生涯で5回かな、ふむ、「職を転々」に近いね。

20代初め、最初の、文字どおりの「転職」。ここでも以前に触れただろうけど、仕方なく勤めた会社、セールスの仕事がイヤでイヤで、日々がどうしようもなくつまらなかった。だからワクワクしていた。それに独り身だったし。

30歳直前、これは、アメリカからの帰国を伴うもので、つまり生活の場も変えたわけだから、そのうえ家庭ももっていたし。仕事そのものに何の不満もなかった。大きな結節点だった。でも、あまり悩まなかった。若かったんだなあ、と思う。

32歳のときは、前に書いたかな、覚えてないや。編集の職にはあったのだけれど、会社の体質が好きではなかった。少しだけ逡巡した。でも家族が一人増えることを知って、決心した。辞めてから何年かして、倒産の報を耳にした。その瞬間を経験しても面白かったかも。そんなことを夢想する程度の余裕があった。

37歳の転職は、「喧嘩別れ」。振り返れば、この一度だけだ、卓袱台をひっくり返したのは。何も考えていなかった。オフィスを飛び出し、駅の公衆電話で「キレた」と家人に告げた。次の職場が決まるまでの3か月は、かなり辛かった。

そして43歳。さすがに、なかなか決心がつかなかった。辞める理由はいくらでも挙げられた。でも分別も、それなりに。一部上場関連会社。年収は大台の一歩手前。肩書きは「部長」。辞めない理由のほうが多かった。相談もした。だけど結局、いざというとき、ふだんの「理屈」を超えてしまう。「直感過たず、過つのは判断である」との、もうひとつの座右の銘に従った。とはいえ「サラリーマンを辞める」のには、こんなぼくでも、相当の勇気が必要だった。

それからの13年間は、いわば現在進行形だが、そかぁ、もう13年になるのか……、ちょっと感慨。ロトで3億円でも当てないかぎり、8年後もほぼいまの形だろうから、いずれ「雇用されている」人生よりも長くなるわけで。予想だにしなかった展開ではある。

そのときそのときを、ぼくは、自分なりに、懸命に生きてきた。会社という括り方では最長6年かな、だから、たしかに職を転々としてきたわけだが、仕事をいいかげんにはしてこなかった。営業の1年だって、真正面から立ち向かっていった。人、それを「努力」と呼ぶかもしれないけれど、本人に、そんな自覚はなかった。ただひたすら、働いてきた。

幸い、そう、ホントに幸いだろう、仕事は好きだ。てゆか、好きなことを仕事にしてきた。最終電車で帰宅する日々が続いても、キツイとは思わなかった。昔から、休日に自宅で原稿を書くのを厭う気持ちは、なかった。睡眠時間を削っても、家庭を顧みない瞬間があっても、基本的には楽しんできた。

ある意味で、モーレツに働いてきた。だけど、「ポキン」と折れてしまうような、そんな関わり方もしてこなかった。倒れるのなら前のめりに、と考えてきたけれど、実際、その予感がしたとき、ぼくは、逃げた。カッコイイ表現をするなら、柔軟に対処した。思考が硬直化するから、挫折するのである。自らを俯瞰できないから、対応を間違えてしまうのだ。

そりゃ、もちろん、いくつもの過ちを繰り返してきたけれど。後悔することは何もないなんて言えないけれど。もしも可能ならやり直したい事柄もあるけれど。「これでいいのだ」と断言する自信はないけれど。

でも、まあ、こんなところかな、っていう、いいかげんな、そんなふうなやりかたで、これまでやってきて、これからもやっていくだろう。

しなやかに。たおやかに。

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2008年8月 8日 (金)

「残暑」ですね

更新が滞り、すみません。
ひとつには、夏バテですかね、調子がよくなくて。と言っても、大袈裟な話ではありませんが。仕事が、思った以上にタイトなことも、要因でしょうか。
この時間帯、いつものごとく、早起きではなく、これから寝るわけで。やっと、修羅場を脱しつつあります。でなきゃ、ブログなんぞ書いている余裕、ないですけどね。

8月は、お盆休みというのがあって、日本経済が一瞬、停まります。ウチの相方は、そんなことに関係なく「トリプルヘッダー」(同時に3件の受注の意味です)だとかで、ぼくの相手をしている場合ではなく、悲しい思いを胸に秘めつつ、日々を過ごしています。なんて。。。
まあ、当方も、世の中とは別なスケールで動くことが多いのですが、印刷所が夏休みをとる関係で、その前に作業を終えなくてはならず。それが今年は、カレンダーの都合ですかね、いろいろなポイントが少しずつ、いわゆる前倒しになり。7月の下旬から、なんやかやと。
そのうえに、6日は日帰りの大阪出張。ほぼ始発に乗り、ほぼ最終での帰宅。さすがに、疲れます。早朝6時代の新幹線に乗るには、最寄の駅に5時半。ようやく空が白み始めた4時半に起床、なんて、できるぼくではありませんから、徹夜でした。「のぞみ」の車中で往復とも睡眠をとりましたけど、せいぜい1時間余り、トータル2時間程度では、この酷暑のなか、半世紀オヤヂには、なかなかに辛い。
で、その夜はともかく、ぼくのなかでは本日の7日、またもや、こうして夜を徹しての作業。若いころ、いや、50歳前までは、多忙を楽しんでいる余裕がありました。どうかすると、わざわざ忙しくさせたりしてね。でも、もう、ムリです。

これまでにも書いてきたことですが、トシをとる、ということは、こういうことなのか、と実感する日々。いやはや、寂しくもあり、でも、面白くもあり。

さて、立秋です。「残暑」です。猛暑も、あと少しのシンボーです。

そして、北京オリンピック。「こんな状態で開催できるのか」との、揶揄的な批評が見受けられますが、なに、44年前を思い出せば。記憶にない人もおられましょうが、昭和30年代の日本なんて、紛うことなき貧しい国でした。
これまた繰り返しですが、「三丁目の夕日」は、ただのノスタルジィ、ぼくに言わせりゃ、無いものねだりの、豊かさを享受する人間の戯言です。
かれらは、きっと、立派にこなすでしょう。テロ? そんなん、「ミュンヘン」の悲惨をすでに経験していますもの。「光と影」? どこの国にだってあります。大気汚染? オリンピック後に光化学スモックが社会問題化したのは、我が祖国です。

なんにしても、明日8日も、夜更かしですわな~。

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