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2008年7月

2008年7月23日 (水)

『お茶漬けの味』

SFのなかで、何が一番か、無前提にそう問われたら、即座に、ぼくは、小松左京の『お茶漬けの味』(「地には平和を」掲載)を挙げる。タイトルはSFっぽくない。それほど長くもない。しかし、極めて示唆に富む作品である。

簡単に筋を述べれば。長い宇宙旅行から戻ってきた主人公(日本人)が目にしたものは、すべてが自動化されている地球だった。そして、機械は、人間を排除していた。何故なら、最も「非効率」な存在だから。文明を失った人類は、ごく少数の生き残りが山間部で、ひっそりと生存しているだけ。
この基本ストーリー、これまでに幾多の、似たようなアイデアの小説・映画で、さまざまに発展・継承されていることは言うまでもない。
そんな絶望的な状況のなか、主人公は、自給自足の生活を始める。茶の木を育てる。何年後かに、美味しいお茶漬けを食べる、という夢を見つつ。このオチが、たまらない。同様の作品で、こんな素晴らしいラストシーンを、ぼくは知らない。

さらに、文明崩壊のプロセスを語る老人の、「進歩は無条件にいいこと」への反省は、ぼくに衝撃を与えた。読んだのは1970年、奇跡の高度成長の真っ只中だ。前進することへのアンチテーゼなど、ほとんどの人間には無縁だったはずである。以来、ぼくの人生における基本テーゼになった。
ときおり、このブロクなどで、「進化」「成長」は、まったき善ではないと語る原点は、この小説にある。類書は少なくない。小松左京は、繰り返し、「進歩とは何だろう」と問い続ける。

そのあまりに、70年代後半以降、リアルな世界で、その答えを模索する作業へと「転進」してしまったようだ。たとえば、「国際花と緑の博覧会」(1990年)では総合プロデューサーを務め、「関西新空港の整備」「研究学園都市(けいはんな)の創設」なども提案、関西財界などのブレイン役としても、よく名前が出た。その分、作家としての活動は、こちらの期待に応えるものではなくなった。残念である。

ちなみに、ハヤカワのポケット・シリーズ『ある生き物の記録』のなかの掌編『新都市建設』は、ネタバレになるが、平城京遷都を扱ったもので、15年ほど前、とある雑誌の企画で「京都・奈良」をテーマにしたとき、これを取り上げ、小松左京氏にインタビューし、いや順序が逆だな、左京さんに会いたくて、この作品を選び、強引に企画趣旨をまとめた、ま、そんなこんなの公私混同により、『ある生き物の記録』にサインをもらった。家宝である。Photo_2

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2008年7月13日 (日)

インテリ女はお嫌い?

修羅場なのに、と指弾されそうだが。脱出後に、1週間も過ぎてから、満を持して、張り切って論じるほどのことはないので、さらりと書く。

野球選手と女性タレントとの「疑惑」。結論を先に言うと、女性のほうに非難が集中しているように思えるが、不思議だな、と。

まずは建て前としてだが、醜態の男性、少年ファンの範たるプロの野球選手であり、「球界の紳士」かつ妻子ある身なんだから、これは相当にスキャンダルだろ。丸刈りしたていどでは済まない。今シーズンいっぱい、といっても3か月ほどだが、二軍にいなさいよ。
女性のほうは、番組降板・出演自粛とか。厳しい処分だと思うが、ま、ニュース番組のキャスターとしてスタートしたタイミングからいえば、仕方ないね。「再演」だし。
でもね、「顔を見たくない」などの抗議メール・電話が殺到したらしいけれど、野球選手のほうには、そういう反応はなかったの? おかしいね。あの巨人軍の選手会長なんでしょ? 立場はかなり重いはずなんだけど。一軍に昇格したら、テレビ中継なども含め、多くの人間にプレーを見せることになる。もちろん、いまも二軍でも試合に出ているから、その「仕事をしている」姿はさらされている。
つまり、不公平だな、と感じている。

一方、こんな大騒ぎする内容か、とも。球界のドンが「みんなやってること」と「自社の社員」をかばうような発言をしたというが、言葉だけは正しい。珍しくもない「事件」ではないか。「厳重注意」くらいは必要だろうけれど、謝って済む話だろう。
女性も同様。「またまたお騒がせしてしまってゴメン」とアタマを下げりゃいいこと。前回の騒動のあと、スイカのかぶりものの姿を披露し、笑い話のレベルにしてしまったキャラなんだから、それでOKだと思う。
だいたい、天才子役で有名な女性の場合は、世間も、もっと温かいというか、しょーがねぇーなぁ~、って反応だったし、笑って済ませたよね。どうして、今回は違うのかな。なまじキャスターなんかやってるから? 「おバカ」なキャラではないから? 「インテリ」には高い道徳性が求められるということなのか。
でもねぃ、いわゆる「バラエティタレント」であることにかわりはないと思うのだが。ずっと報道畑を歩んできた、ゴールデンタイムの看板番組のメインキャスターである、硬派な女史とは「分」が違うでしょ。

よーするに、クイズ番組などで正解率が高く大卒の「インテリ女」は、実のところ、嫌われやすいのかな。
もっと深く考察すれば、何か面白いモノも掘り出せるかもしれないが、とりあえず、このへんで。

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2008年7月 5日 (土)

「ハヤカワ」との出合い

さて。夢破れて。懐古趣味に走る。ぼくが出合った、輝かしいSFたち。振り返ってみよう。
意識して読んだ最初のSFが何だったか、覚えていない。ミステリー好きとしては、おそらく、中学生のころから、何冊かの「空想科学小説」も手にしたはずである。だが、当時、まずは「純文学」、そして推理小説に忙しかった。いちお、学校の勉強もあったし。

思えば、10代の終わりに、大きな角を曲がったようである。
「SFとの遭遇」については以前、ちょっとだけ触れた。その日、浪人中の初夏だったか、友人と渋谷のセンター街を歩いていた。いまと違って、少し猥雑な香りのする界隈で、ハチ公前交差点から入って5分くらい歩いたところにある「ウィーン」という喫茶店をヒイキにしていた。午前中はコーヒーが半額になるのだ。たしか、正価が80円だったかな。浪人生は懐が寒い。つまり40円で、2時間はネバった。その友と、いろいろな話をするのが、週に1回か2回かの「日課」だった。
その、中高時代からのつきあいで浪人仲間でもあった彼とは、センター街の入り口にあった喫茶店「ホーカー」にもよく行った。ほとんど毎日のように会っていたからね。あと、宮益坂をあがったあたりの雀荘にも通ったものだ。もちろん、予備校にも、ときどきは。これで、よく、大学生になれたものだ。
もうひとつ、南平台に、当時としてはシャレた構えだったと思うが、「チビ」という名の、文字どおりの小さな店があって、ここではストレートコーヒー、たいていはキリマンジャロを飲んだ。150円だったかな。まだ120円だったかも。ぼくにとって、閉店までの6年間あまり、いくつかのドラマの舞台になった。が、その話はおいといて。

「ウィーン」の手前で、ぼくらは中高時代の2人の先輩に遇った。卒業以来1年と少々、久しぶりの邂逅。あっさりとは説明できない関係なので、親しい間柄の先輩とだけ。その2人も、ぼくら同様、よくつるんでいた。ぼくらの学校は、渋谷を基点にするエリアにあったので、まあ、それほど「ありえない話」ではないけれど、やはり、かなりの偶然ではあったろう。
4人で「ウィーン」に入り、雑談。内容は覚えていないが、ぼくらの関係にかかわるネタだったろう。そのひとつに、本がある。文学というほうが適切かな。「いま何を読んでいる?」「あれは面白い」といったような話になるのは当然。
そのなかで、M先輩が口にした言葉が、大袈裟かもしれないけれど、ぼくの人生を変えた。「おまえは、SFを読むべきだ」。そう言われた。ミステリーはあくまでも「娯楽」で、メインは「純文学」していることをよく知る先輩である。
この先輩、実は、漫画を描いていて、有名な漫画家の、まあ、弟子みたいなことをしていた。その漫画家の作風は、SF的といっていいだろう。先輩自身、高校生のときから「プロ」だった。ちゃんとギャラを稼いでいたのだから、「趣味」の範疇ではない。もちろんペンネームでだが。後に、先輩宅に遊びに行くと、手塚治虫の全集がズラリと並んでいた。この先輩も医学部志望だったのだ。目標の大学に進めなかったことで、あえて浪人していた。結局は、小学校の教師になったが、ラジオドラマの脚本を書いたりと、いわゆるマルチな才能をもつ人だ。
この当時は、それほど心酔していなかったが、一目置いていたことは確かで、その人の助言、というのかな、ナンだろう、ま、とにかくも、薦めだから、素直に従うことにした。

Photo_5Photo_4その足で渋谷・紀伊国屋または三省堂に行ったかどうかまでは、覚えていない、が、この2店は「いきつけ」だったので、おそらくは。
残念なことに、何から読み始めたのか、記憶にない。しかし、たぶん、小松左京だろう。それも、ハヤカワのポケット・シリーズ。いまなお(数奇な運命の末ではあるが。その話もまたいずれ)、ぼくの本棚に数冊、鎮座している。
購入の順番は不明だが、いずれも短編集で『地には平和を』(発表1963年)、『影が重なる時』(1964)、『日本売ります』(1965)などだ。これらを、1970年の夏から秋にかけて、その後も含めて、ぼくは読んだ。はまった。完璧に、魅せられた。
果たして、筒井康隆、星新一、眉村卓、豊田有恒へと突き進み、もちろん海外の、クラーク、ハインライン、アシモフ、あぁキリがない!

「純文学」は70年代半ば以降、次第に色褪せていく。「共産党宣言」に代表されるジャンルも、ほんの一瞬。ノンフィクションは、ときおり。
この38年、ぼくは、ずっと、その、虚構の極みの世界を愛し続けている。

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2008年7月 2日 (水)

本日は休載

毎日更新しているわけでもないのに? まあ、たしかに。
理由は、去年、いろいろと書いたから。

そんなわけで。よしなに。

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