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2008年2月29日 (金)

閏日

やっとリアルタイムに追いついた。本日は閏年の2月29日、4年に一度しかない。こんな特別な日にブログを書かずして何とする。とはいえ、前回のことは覚えていない。どんなふうに過ごしたのだろうか。8年前は、かの2000年問題の特異日だったから、思ったほどではないけれど混乱が一部に生じたりして、少しは記憶にあるけれど。試しに調べたら、4年前の本日、関東地方は最高気温が20℃を超えたと。ふぅむ。そんなこともあったかなあ~。

ちょっと前のことでも、曖昧になる。そんなものだろう。だから、27年前なんて……。
でもね、ぼくにとっては強い印象を残している。その年、つまり1981年の、8月の時点では、かの地で現役の新聞記者だった。メディアが知ることはなかったので、ぼくが属していた新聞も報じていない。事件現場は、いまでは「日系のホテル」としか語られないが、日常的に出入りする場所だった。
11月に「本番」が発生。そのとき、ぼくは日本でテレビと新聞などを通じ、事の顛末を知る。9月に退職し、10月には帰国していた。不思議な感覚だった。こんどの現場もファミリアだ。ほんの少し前まで生活していた街が連日連夜、メディアに登場する。後に聞けば、かつての仲間は当然、この事件を追っていた。
まあ、しかし、ここまでは、よくある話である。不幸な日本人夫婦の悲劇。82年のいずれかの段階で、報道は沈静化していた。
事態は2年後に急展開する。周知のように『週刊文春』が84年1月、火をつけた。「疑惑」は日々膨れ上がり、ぼくも日本国民のひとりとして、その成り行きを熱く注視。ロサンゼルスの懐かしい街並みが、知り合いたちが、次々に画面に登場する。ついには、元の上司も。一時期は毎日のように「現地リポート」していたので、テレビ画面を通して「再会」の連チャン。ホント、おかしな感じだった。
余談だが、もうひとりの元上司も、ある時期、ワイドショーの司会なんぞしていた。オフィスで毎日会っていた人物を、しばらくののち、テレビモニターのなかに見る、というのは、なんとも、おもしろい。
さて、それから、逮捕までの1年半、この国も我が家も、この話で盛り上がった。この間、ぼくは一度、アメリカへ遊びに行っており、知り合いも何人か一時帰国していた。顔を合わせれば、この話題が出た。いろいろな裏話も聞いた。

「事件」そのものについては、再び「現在進行形」になってしまったこともあり、触れない。が、個人的には本当に、妙な感慨がある。もしもあのとき会社を辞めていなかったら、と考えてしまうのだ。間違いなく、現地で深く関わっただろう。おそらく、上司が書いた本への協力は、ぼくの後任ではなくぼく自身だっだろう。少なくとも、ぼくの帰国は1年延びただろう。日本に戻ってきてからの就職先も、微妙に違っていたかもしれない。
いまの自分の状況にどれほどの影響があったか、それはわからない。妄想はできても、推理は困難だ。でも、ささやかなズレは生じていたかも。

それにしても、げに、事実は小説より奇なり。ねっ、安っぽいドラマになんか、のめりこめないよね。

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