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2007年11月 3日 (土)

文化の日に因まず

またもや知り合い(*)のブログにインスパイアされて(うぅむ、この言い方、カッコイイね)、アメリカで運転免許を取ったころを思い出した。(*=ときおりコメントをいただくseig翁の紹介なので、厳密に言えばリアルには未だ知り合いではなく)
日本では免許を持たず。クルマの運転に関心がなかったのだ。都心に住んでいたせいか、まったく必要性を感じず。酒を飲み始めてからは、酔っ払い運転が法的にいけないことだという真っ当な理由ではなく、ただメンドーだから。だって泥酔できないじゃんか~との思いで。若かったしね、つまり何かというと歩いたってことで。当時、70年代初頭、すでに駐車場は金が掛かった。自宅のマンションのパーキング月額料金は小遣いで賄える数字ではなかったと思う(現在は、たしか4万円とか)。クルマの購入も楽ではない。
ところが、ロサンゼルスに渡り、たちまち困った。いまでこそ地下鉄はあるけれど、それにしても公共交通機関は整っていない。ウワサでは、自動車・タイヤ・石油(ガソリン)の各メーカーの陰謀とか。ふむ、都市伝説? でも、かなりの信憑性はあるよーな。日本でもローカルは、以前から「下駄代わり」ではなかったろう(ここ千葉市内でも現在、最寄りのバスは1日数本という悲惨さ)。でも、少なくとも東京、それも23区内での電車・バスは、かなり利便性が高かった。LAにもバスはあった。が、渡米直後、ある会社がストライキに入ってしまい、それが、なんと数か月も続行、という信じられない事態に。ストをやっていないバスで何とか乗り継ぎ、用を足したのだが、いやはや、クルマがなきゃどぉにもならん、と実感。
もっとも、免許は、そんなことになる前に取得した。たしか3ドル50セントだったか、日本に比べりゃゼロに等しい費用で取れるというのだから、見逃す手はないよね。試験はペーパーと実技。常識的な問題が30問あって、8割が合格ライン、6問までは間違えられるので、ほとんど勉強せずトライ。最初は英語力の欠如で失敗。2度目でパスした。日本語でも受けられた。でも、和訳が、なんか明治時代のような感じで、かえって理解できない。日系人が多く住んでいるから、そこに配慮した措置ではあるんだろうが。同様に、スペイン語でもOKだった。
ここで「仮免」となる。隣に正規のライセンスを持っている人が同乗すれば、運転できる。というか、そうやって実技を練習しろ、ということなのだ。友人たちのクルマを利用させてもらい、これがアクセル、ブレーキと、まさに1から学び、走らせた。敷地内、裏道、そして表通りへ。つまり、普通の道です。あはっ、コワイ話ではある。けど、実地訓練といえば、これに勝る練習はない。まあ、道は広いし、車の数も多かったけど、都内のような混雑はないし。
2、3か月して実技試験に臨み、試験場の周囲をざっと走らされ、合格。聞いてはいたが、実に簡単だった。正直、やっと運転できるというレベルだったのだが、あまり慣れてしまうと、クセがついてしまい、逆に不合格のリスクが増すのだとか。だから、日本で免許を持つ友人たち、意外に苦戦した。「なんで5年も運転しているオレが落とされるんだよ~」という声をよく耳にしたものだ。こちとら、基本に忠実、試験官にも「Yes,sir」なんて、おべんちゃら言って。
ちなみに、ドライビングテストは、たしかクルマ持ち込みで、友人のを借りていったような記憶。それがオートマチックだったので、以来、6年近く米国で運転するのだが、ずっとオートマ。シフトは使えないままだった。だからって困ったことは、たぶんなかった。クルマの故障が最大のトラブルだった。最初に購入したのは中古のアメ車だったが、よく壊れたものだ。そして2台目も。ぼくは結局、新車の日本車を購入する。長くなったので、続きはまた(明日かな、いや、わからん)。

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