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2007年10月 3日 (水)

永久に不滅なものはないけれど

ぼくにとって、10月は野球の季節だ。33年前の1974年10月14日、長嶋茂雄が現役引退した。ぼくは、現場に居た。
前々日の12日に、中日が優勝を決めた。翌13日の日曜日の対中日ダブルヘッダーが、長嶋の引退試合になる。1塁側内野指定席のチケットを2枚買った。当時のカノジョの贔屓チームは中日、余裕でつきあってくれるという。二人して朝から(もちろんドームではない)後楽園へ。しかし、予報どおりの雨で、流れてしまった。ファンの多くはサラリーマンだから悔し涙でもあったろう。そうそう簡単には会社を休めまい。でも、学生のぼくたちには自由な時間がある(正しくは、ぼくはすでにドロップアウトしていたけどね)。その場で、14日のチケットを購入した。さすがに3塁側しか空いてなかったが、かまうもんか、どうせ球場全体を長嶋ファンで埋め尽くすだろう。果たしてそのとおりになった。
あとで知るのだが、その日の予定にはなかったテレビ中継が急遽決まった。そして、始発の電車から水道橋駅には後楽園を目指す人が降り立ったという。ぼくらは何時に行ったのか、そこまでは覚えていないが、かなり早めに球場入りしたはず。第1試合では、最後のONアベックホームランが飛び出す。第2試合の前に、長嶋は外野席のファンにお別れを言うためグランドに立った。大声援。もちろん、ぼくも叫んでいた。最後の打席は、いかにも長嶋らしく、予想どおりの、ショートゴロのダブルプレー。そして、あの、クライマックスへと。以来30年余の間に何度も繰り返し目にしているシーンだから、リアルタイムの記憶が何なのか、もう判然とはしない。でも、1塁側からのカメラで映し出される長嶋の、マイクを持って語る姿の、やや左手の奥、3塁側スタンドに、絶叫するぼくが、カノジョと居るのは確かな事実だ。
余談だが、挨拶を終えた長嶋に王と中日の大島康徳が花束を贈った。中日は当日、地元で優勝パレード。試合には当然、一線級の選手は出ていなかった。そんななか、大島は「長嶋さんの引退試合に出ないのは失礼だ」と言って出場したという。そのことにカノジョが狂喜した。大島のファンだったのである。

それから6年後の、1980年10月21日は長嶋監督解任の日。遠くアメリカの地にいた。日本でどのような伝えられ方をしたのか知らないけれど、ロサンゼルスで衛星版の読売新聞を、その年に結婚した女性と二人で読んで、激怒した。「巨人・大鵬・玉子焼き」世代である小生にとって(実際には「大鵬」ではなく「初代若乃花」だけどね)、長嶋は永遠のアイドル。だからこそ、長嶋解任により、ぼくは「永久に不滅のわがジャイアンツ」を卒業した。以来、徹底したアンチ巨人である。読売新聞の購読は、そのとき勤めていた会社が衛星版の配送を請け負っていたため、や~めたとはいかなかったけれど、日本に戻ってきてからは、洗剤をたくさん持参する勧誘員に「長嶋を解任するヨミウリなんて」と拒絶し続けた。

またもや余談だが、1993年、その長嶋が、こともあろうに、再び監督に就任した。そのとき、ぼくは野球ファンすら、やめた。情けないじゃん、とね。小生、筋を通すという点では頑固者なのだ。
とはいえ、この国の本当の「国技」である野球のニュースを完全に遮断することは困難である。脳梗塞で倒れたことは社会的大事件でもあったしね。そのリカバリーの姿には、やはり感動してしまう。うん、ぼくは「長嶋ファン」であることだけは、変えられなかったようだ。

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コメント

い~かげんにしなさいよっ!人がおとなしくしてれば調子に乗って!
昔のカノジョとの思い出がそんなに懐かしければ、いっそのこと、そのカノジョを探し出して、ヨリを戻したらいかが?

  by相方@千葉ロッテマリーンズファン

投稿: 相方 | 2007年10月 3日 (水) 11時11分

m(_ _)mm(_ _)mm(_ _)mm(_ _)mm(_ _)m

by にわかロッテファン

投稿: hiperk | 2007年10月 3日 (水) 12時55分

う~ん、、、そう、平謝りに謝られるとねえ。。。
デリカシーってもんに欠けるのが少々腹立たしいけど、まあ、マリーンズのことも、ちゃんと書いてくれたし、今回は許してあげるわ♪

 マリーンズ2位確定~v(^◇^)v

投稿: 相方 | 2007年10月 4日 (木) 12時31分

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