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2007年10月29日 (月)

三丁目の夕日の影にあるもの

このところ、映画「ALWAYS」続編の宣伝がテレビで目につく。イラつく。
「1」をレンタルで見たが、たしかに、ぼくもかろうじて記憶にある建設中の東京タワーや上野駅、そして都電など、当時の東京の懐かしい街並みが再現されていて、ドラマとしては楽しめた。昭和30年代初頭に暮らす人々の暖かな交流を描く感動ドラマというキャッチは、嘘ではない。その趣旨に、文句をつけるつもりもない。「2」では、さらに古き良き日本が描かれているのであろう。思い出は美しいものだから、またまたヒットし、絶賛もされ、映画賞を総なめにし、泣く人も少なくないんだろうね。ま、それに異を唱えることは、するまい。
だけど、やはり、卑怯だなあ~と思う。「やはり」というのは、以前にもそんなことをここで書いたからだが、無前提に、昔の日本人は素晴らしかった、優しかったと主張するのは間違っている。そりゃ、当時のこの国には、人情とやらが確実にあったさ。だけど、人の心の美しさはあっても、我が祖国は、貧しくもあった。街は、汚かった。若い人は、「汲み取り屋」なんて言葉。もう知らないよね。水洗トイレはなかったし、再現されるとかいう「こだま」(新幹線以前の特急ね)も、たぶん、垂れ流しだったんでは? 蒸気機関車も走っていたわけで、その煤の「公害」すら、ノスタルジーにしてしまうの? いや、だいたい文字通りの「公害」は、まだ言葉としてはなかったけれど、事実としては、徐々に人のカラダを蝕み始めていたよね。そういう部分は、スルーしちゃうの? そりゃ、あんまりじゃないかなあ。
都会ではSLは関係ないとしても、男女雇用機会均等法なんか、概念すらなかったんだよ、つまり、社会においては、相当の男女差別が存在していたんだ。女は、大学なんかにいくものではなく、高校を出たら花嫁修業、仮に働いたとしても、それはお婿さんを見つけるためで、キャリアを磨くなんて論外。24歳までに結婚しなければいけない、暗黙のルールに泣いた女性も多かったのでは? 男だって、27、28歳になっても独身だと、白い目で見られた、かなりのプレッシャーだった。
貧しいけれど楽しかった、それは事実だ。だけど、その貧しさを、本当に、もう一度、経験したい? ぼくは、イヤだ。冬に、冷たい水しか使えない生活よりは、暖かいお湯の出るキッチンが、断然いい。銭湯の雰囲気は好きだけど、それは温泉へ行くことでカバーできるし、家に風呂が付いていないのは不便で、イヤだ。暑い夏にエアコンのない部屋、帰りたくない。あぁ、ビデオもDVDもないんだ。嫌煙家のみなさん、街中にタバコの煙が溢れているよ。
おいらだけの問題だけど、ケータイで気軽に相方と連絡取れないんだぜ、どーする、ウチらのコミュニケーション。自宅で仕事をする環境は辛いものがある。通信はすごく制限されるよね。原稿は手書きでもいいけれど。ネットで調べ物の利便性は貴重だしなあ。
他にもたくさん指摘できる。悲しくなりそうだから、いちいち挙げない。ぼくは、あの時代に戻りたいとは思わない。ま、みなさん、本心では、そうなんだろうけれど。でもね、だからこそ、ただただ復古的に懐かしむのは、程ほどにしたい。

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