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2007年10月28日 (日)

母は喜寿

結局、「親子の問題」なのかなあ~。だけど、これって、大きいよね。というか、人それぞれではあるけれど、共通したものもあって、つまり、子どもは親を、どうやって乗り越えるか、ってことじゃないのかな。
自らの親に思いを馳せると……、何度か父親や母親の話をしたが、振り返ってみれば、なんとかうまく親離れできたようだ。あちらさんも、ま、子離れできているかな。
「世界一」と思ったことはまったくない。それでも「スゴイな」と感じた経験はある。10代後半だったか、経緯は忘れたが、海外出張から戻る父を羽田空港に迎えた。そんなことは、その一度だけである。ある有名な企業の社員も出迎えに来ていて、その人が、父の荷物を「持ちます」という瞬間に立ち会った。誤解される言い方かもしれないが、「へぇ、ウチのオヤジって、けっこうエライんだ」と、見直した。家では、ただ口煩いだけの、頑固親父。仕事で不在の日など、母と「今夜はのんびりできるね」と話す息子。父は怖い存在だった。サラリーマン家庭では皆同じだろうが、働く父の姿は見ていない。怖いけれど、尊敬の対象ではなかった。その日、初めて、「社会的な存在」としての父に触れたわけである。
その後、ここでも断片的に書いたけれど、父親と似たようなジャンルで仕事を始め、一時的に直接サポートしたこともある。目の前のオヤジは、上場企業の社長を「あいつ」呼ばわりしたり、いわゆる「業界のドン」のような存在感を見せたり。畏敬の念をもつのは当然。しかし、次元の異なる会社で仕事するときには、父の居るフィールドは狭く感じられ、要するに「対等だね」と感じたり。ときには「こっちのほうが上じゃん」みたいな、ま、ちょいとエラソーな気分になったり。でも、それなりにキャリアを積んでいくと、自信ができるから、それがいつとは特定できないけれど、いつしか「乗り越えた」と。
母親については「乗り越える」という感じではないけれど、これまたここで書いたことではあるが、結婚して長い時間が経つと、久しぶりの「オフクロの味」に違和感を覚え、「あぁ、ぼくの舌は完全に女房のものになってしまった」と。そのとき、「卒業」したんだろうと思う。
なんにしても、20歳やそこらでは、なかなか親離れできまい。そりゃ、10代のうちに自立する子どももいるだろうけれど、一般には、結婚して所帯をもつと、そこそこ「親」を客観的に見るようになり、そのあたりが「巣立ち」かな。そして、自分も親になると、いろいろなことがわかってくる。子どもの嘘を親が見抜けるのは、かつて子どもだったからで、そのときの経験から。そう、身に覚えがある、っていうやつだね。所詮、親には、敵わないさ、人生の大先輩だもの。
でも、そんな親が「老人」となり、足腰が弱ってきたり、記憶に間違いが出てきたり、どうかすると涙なんか見せてしまうようになる。父は傘寿を過ぎ、母は3日前に喜寿を迎えた。もう、敵うとか敵わないとか、乗り越えるとか、親離れとか、そんな話ではなくなってしまう。なんか、チョッピリ、切ないね。

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