« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月

2007年10月31日 (水)

Halloween

いつのころからか「ハロウィン」という言葉が注釈なしに語られるようになった。そりゃ、「西洋のお盆」みたいなものではある。謂れを知れば、さほど違和感はないかも。シンボルのカボチャは、南瓜と書かれ、ポピュラーな食べ物だし、秋を彩るイベントとして親しまれても、文句は言わない。
しかし、しかしである。いくらなんでもなあ……。いや、でも、「クリスマス」と「正月」と「花祭り(潅仏会)」とが平気で共存し、神社で「お宮参り」、教会で「結婚式」を挙げ、葬式は寺から僧侶を招く、そんな我が国。そう、習合主義(シンクレティズム)の日本だから、何でもあり。それでいいのかもね。
初めて「ハロウィン」に接したのは、渡米した年の10月だったか、30年以上も昔のこと。もちろん、そんな行事は聞いたことも見たこともなかった。驚いた。何が何だか、ボーゼン。子どもたちが仮装して、近所を、こともあろうに夜遅く、歩き回る。耳慣れない言葉を口にして、お菓子をもらって、喜んでいる。なんぢゃ、こりゃあ~!! 異様だった。不思議だった。カボチャをくりぬいて目鼻口をつけた提灯は、まあ、正直な話、下手くそな手作りだから、妙に可愛く感じられもしたが。
そのうち、当方の英語力も少し上達して、あの訳のわからん呪文みたいな言葉は「Trick or treat」だと知り、でも、ピンとこず。一方で、そのお菓子にカラダに良くない物質(毒みたいなもの)を混ぜたヤツがいて、もちろん大きな事件になって、テレビでの解説を目にし、ようやく「お菓子をくれなきゃ、いたずらするよ」ってことだと判明。だが、意味合いは、あまり理解できず。
七面鳥料理を食べる決まりであるのは、わかりやすかったが、どうにも口に合わず。醤油でもつければ、何とか。ある米人家庭で、招かれて食べたけれど、「おいしいね」は完全にお世辞だった。だって、そのころのぼくは、憧れだった、美味しいケンタッキーフライドチキンを自由に食べられるようになったんだからね。わざわざ味のないターキーなんて。70年代後半の日本に「KFC」は、まだ定着していない。値段も高かったし。それに、ハンバーガーといえば「マクドナルド」しか知らないぼくらの前には、さまざまなバーガーショップがあふれ、なかでも「バーガーキング」は好み。そうそう、ドーナツ店も、そこかしこに。さらに言えば、アイスクリームの「31」や「ハーゲンダッツ」、果汁100%の「ホンモノ」のジュースを知り、つまり、アメリカにはこんなウマイものがあるんだ、と驚嘆していたわけで。
さて、日本では、80年代半ば、原宿の老舗玩具店「キディランド」が火をつけたらしい。が、前世紀には、それほどの流行になったとは思えない。一般的に注目されてきたのは、この10年だろうね。たぶん、「バレンタイン」も当初は、こんな感じだったのかな。ちょっとロマンティックな響きが、チョコレート屋さんの「努力」もあって、すっかり定着した。「ホワイトデー」のおまけもついている。
昨今では、パンプキン味のシュークリームなど、カボチャを利用しての甘いものも種類が増えてきたから、「ハロウィン」も、そろそろ「秋の風物詩」入りかな。げに、我が祖国の「ごった煮文化」のパワーは計り知れない。次は、何だろう……。

| | コメント (0)

2007年10月30日 (火)

横浜美術館にて

Photo

横浜で、とあるイベントの取材。そこに、アルフィーの坂崎幸之助さんがゲストとして。背後の、貫禄を感じる猫くんは、自ら撮影の作品。写真好きとのこと。その線での登場、挨拶で「ギター持ってきたらよかったかな」と発言。うんうん!! 聴きたかったなあ~。「フォークル」復活コンサートでの「イムジン河」、はたまた「初代・かぐや姫」の「酔いどれかぐや姫」の物真似とか、秀逸だった(といっても YouTubeで見たんだけどね)。テレビで見るまんまの、小柄で気さくな雰囲気に、好感。
そんなわけで、たまには説教くさい話ではなく、このイベントの紹介でも。「photoGRaph100」という名称で、みなとみらいの横浜美術館で11月3~4日(10:00~18:00)に開催(無料)。同美術館の推進する企業連携プログラム「Heart To Art」に協賛するもの。プロカメラマンを含め各界第一線で活躍の100人による写真展と、カメラの使い方や撮影の仕方などを学びながら、写真の楽しさを体験するワークショップという内容。スポンサーがリコーで、高画質コンパクトデジタルカメラ「GR DIGITAL」の発売2周年を記念した感謝イベントです。よろしければ、どうぞ。
ちなみに、横浜美術館では、「シュルレアリスムと美術-イメージとリアリティーをめぐって」(9月29日~12月9日)とか、興味ある展示会も開かれていたんだけど、仕事だけでタイムアップ。残念。って、当方、それほどの絵心、ありませんけどね。

| | コメント (1)

2007年10月29日 (月)

三丁目の夕日の影にあるもの

このところ、映画「ALWAYS」続編の宣伝がテレビで目につく。イラつく。
「1」をレンタルで見たが、たしかに、ぼくもかろうじて記憶にある建設中の東京タワーや上野駅、そして都電など、当時の東京の懐かしい街並みが再現されていて、ドラマとしては楽しめた。昭和30年代初頭に暮らす人々の暖かな交流を描く感動ドラマというキャッチは、嘘ではない。その趣旨に、文句をつけるつもりもない。「2」では、さらに古き良き日本が描かれているのであろう。思い出は美しいものだから、またまたヒットし、絶賛もされ、映画賞を総なめにし、泣く人も少なくないんだろうね。ま、それに異を唱えることは、するまい。
だけど、やはり、卑怯だなあ~と思う。「やはり」というのは、以前にもそんなことをここで書いたからだが、無前提に、昔の日本人は素晴らしかった、優しかったと主張するのは間違っている。そりゃ、当時のこの国には、人情とやらが確実にあったさ。だけど、人の心の美しさはあっても、我が祖国は、貧しくもあった。街は、汚かった。若い人は、「汲み取り屋」なんて言葉。もう知らないよね。水洗トイレはなかったし、再現されるとかいう「こだま」(新幹線以前の特急ね)も、たぶん、垂れ流しだったんでは? 蒸気機関車も走っていたわけで、その煤の「公害」すら、ノスタルジーにしてしまうの? いや、だいたい文字通りの「公害」は、まだ言葉としてはなかったけれど、事実としては、徐々に人のカラダを蝕み始めていたよね。そういう部分は、スルーしちゃうの? そりゃ、あんまりじゃないかなあ。
都会ではSLは関係ないとしても、男女雇用機会均等法なんか、概念すらなかったんだよ、つまり、社会においては、相当の男女差別が存在していたんだ。女は、大学なんかにいくものではなく、高校を出たら花嫁修業、仮に働いたとしても、それはお婿さんを見つけるためで、キャリアを磨くなんて論外。24歳までに結婚しなければいけない、暗黙のルールに泣いた女性も多かったのでは? 男だって、27、28歳になっても独身だと、白い目で見られた、かなりのプレッシャーだった。
貧しいけれど楽しかった、それは事実だ。だけど、その貧しさを、本当に、もう一度、経験したい? ぼくは、イヤだ。冬に、冷たい水しか使えない生活よりは、暖かいお湯の出るキッチンが、断然いい。銭湯の雰囲気は好きだけど、それは温泉へ行くことでカバーできるし、家に風呂が付いていないのは不便で、イヤだ。暑い夏にエアコンのない部屋、帰りたくない。あぁ、ビデオもDVDもないんだ。嫌煙家のみなさん、街中にタバコの煙が溢れているよ。
おいらだけの問題だけど、ケータイで気軽に相方と連絡取れないんだぜ、どーする、ウチらのコミュニケーション。自宅で仕事をする環境は辛いものがある。通信はすごく制限されるよね。原稿は手書きでもいいけれど。ネットで調べ物の利便性は貴重だしなあ。
他にもたくさん指摘できる。悲しくなりそうだから、いちいち挙げない。ぼくは、あの時代に戻りたいとは思わない。ま、みなさん、本心では、そうなんだろうけれど。でもね、だからこそ、ただただ復古的に懐かしむのは、程ほどにしたい。

| | コメント (0)

2007年10月28日 (日)

母は喜寿

結局、「親子の問題」なのかなあ~。だけど、これって、大きいよね。というか、人それぞれではあるけれど、共通したものもあって、つまり、子どもは親を、どうやって乗り越えるか、ってことじゃないのかな。
自らの親に思いを馳せると……、何度か父親や母親の話をしたが、振り返ってみれば、なんとかうまく親離れできたようだ。あちらさんも、ま、子離れできているかな。
「世界一」と思ったことはまったくない。それでも「スゴイな」と感じた経験はある。10代後半だったか、経緯は忘れたが、海外出張から戻る父を羽田空港に迎えた。そんなことは、その一度だけである。ある有名な企業の社員も出迎えに来ていて、その人が、父の荷物を「持ちます」という瞬間に立ち会った。誤解される言い方かもしれないが、「へぇ、ウチのオヤジって、けっこうエライんだ」と、見直した。家では、ただ口煩いだけの、頑固親父。仕事で不在の日など、母と「今夜はのんびりできるね」と話す息子。父は怖い存在だった。サラリーマン家庭では皆同じだろうが、働く父の姿は見ていない。怖いけれど、尊敬の対象ではなかった。その日、初めて、「社会的な存在」としての父に触れたわけである。
その後、ここでも断片的に書いたけれど、父親と似たようなジャンルで仕事を始め、一時的に直接サポートしたこともある。目の前のオヤジは、上場企業の社長を「あいつ」呼ばわりしたり、いわゆる「業界のドン」のような存在感を見せたり。畏敬の念をもつのは当然。しかし、次元の異なる会社で仕事するときには、父の居るフィールドは狭く感じられ、要するに「対等だね」と感じたり。ときには「こっちのほうが上じゃん」みたいな、ま、ちょいとエラソーな気分になったり。でも、それなりにキャリアを積んでいくと、自信ができるから、それがいつとは特定できないけれど、いつしか「乗り越えた」と。
母親については「乗り越える」という感じではないけれど、これまたここで書いたことではあるが、結婚して長い時間が経つと、久しぶりの「オフクロの味」に違和感を覚え、「あぁ、ぼくの舌は完全に女房のものになってしまった」と。そのとき、「卒業」したんだろうと思う。
なんにしても、20歳やそこらでは、なかなか親離れできまい。そりゃ、10代のうちに自立する子どももいるだろうけれど、一般には、結婚して所帯をもつと、そこそこ「親」を客観的に見るようになり、そのあたりが「巣立ち」かな。そして、自分も親になると、いろいろなことがわかってくる。子どもの嘘を親が見抜けるのは、かつて子どもだったからで、そのときの経験から。そう、身に覚えがある、っていうやつだね。所詮、親には、敵わないさ、人生の大先輩だもの。
でも、そんな親が「老人」となり、足腰が弱ってきたり、記憶に間違いが出てきたり、どうかすると涙なんか見せてしまうようになる。父は傘寿を過ぎ、母は3日前に喜寿を迎えた。もう、敵うとか敵わないとか、乗り越えるとか、親離れとか、そんな話ではなくなってしまう。なんか、チョッピリ、切ないね。

| | コメント (0)

2007年10月27日 (土)

好きだなあ、太田光

「教育白書」を、昨年に続いて今年も見た。テーマは「責任」。昨日のブログ、メディア論はたまたまだったが、似たような話をしていた。1日早く書いてよかった。危うく二番煎じになるところだった。と、まあ、そんなところでホッとしても詮無いことだが。
「テレビはおもちゃ箱」「いいかげん」「猥雑なもの」。そんな発言があった。我が意を得たり。惜しむらくは、そのテレビでの「報道」とは何か、論じてもらいたかったなあ。
ちなみに、小生、テストの結果は24点満点で、ほぼ中くらいの10点。意外に高い数字に、驚く。なかでも「組織的責任度」が4点(8点満点)とは、ふぅむ、40歳半ばで、「組織人」を諦め「ひとり」の道を選んだというのに。「責任」なんて言葉から遠い存在だと思っていたんだけど……。

| | コメント (0)

2007年10月26日 (金)

まっちぽんぷ

「亀」の問題を書く気はないが、だって、これ、野次馬としての好奇心では見られるけれど、それ以上の話ではないと思うのよね。ただのパフォーマンス。それがチョット失敗しちゃったね、というレベルでしょ? ま、ボクシングファン、スポーツ好きの人には看過できないことかもしれないけれど。で、そのどちらでもないぼくとしては、しかし、「マスコミって煽るだけ煽って、一転、よってたかって叩く」ということで批判的に語る向きがあるんだけど、うぅむ、ナンダカナア……と思ってしまう。
結論を先に言えば、所詮、メディアって、そんなもんだろってこと。大手日刊紙やテレビ局などは「第4の権力」なんて言われるけれど、たしかに「力」はある、でも、「権力」としての「品格」など持ち合わせていない、本質的に。ま、政治家という「権力」にも「品格」はないよね、っていう話になると、生々しすぎて……。さておき、もともと「瓦版」、見てきたような嘘を書く、は言いすぎではあるが、たとえ本当のことだとしても、面白おかしく伝えるのが「業」ではないかな。天下国家の大切な論議を、単に楽しさ重視だけで報道されては、そりゃ困っちゃうけど。でも「楽しくなければテレビじゃない」とかなんとかアピールしたテレビ局、たしかあったよね。
最近でも、というほど覚えているかどうか、「ホリエモン」が話題の中心になったときも、みなさん、煽りに煽ったけど、それは、メディアの本能に従っただけだと思う。だって、少しでも真面目に考えたら、あの会社に「実業」と呼べるようなものはほとんどないことがわかる。あそこの見かけのでかさは、虚業というか、つまりは乗っ取りによって生じていることなんて、ことさら経済に詳しくなくても想像がつく。そこがよく見えなくなったしまったのは、メディアが騒いだから。
お祭りって、そういうもの。祭りの人出の多さをまず見せる、そして御輿とその上に乗る何かだけを見せる。誰が支えているのか、何が支えているのか、どうしてなのか、そんなことは、ちっとも伝えない。あえて隠される場合もある。とにかく、見えない。見えなくていいのだ。誰も気にしない。「お祭り騒ぎ」を伝えているのであって、見る側もそれで満足している。楽しけりゃ善である。善悪の判断なんかしない。みんな、騒ぎたいだけなのだ。で、その御輿が転んだりして初めて、隠れていたものが見えてくる。やれ、担ぎ手の数が多すぎた、とか、担ぎ手が軟弱だった、とか、支える力以上の重さがあったからだ、とか、果ては、大勢の見物客で混乱した、とか、そもそも道が狭すぎた、などなど。そう、叩きに叩く。責任追及に大忙しとなる。
でもさ、そういうのって、当たり前じゃないのかな。誰も、祭りの頂点では、道が狭いなんて「警告」は口にしないし、聞きもしない。または、こんなことやってるといつか転ぶぞ、という怖いもの見たさ、つまり、野次馬的好奇心だけ。そうしたニーズに応えて「報道」してるにすぎない。そこに、何の倫理観もありゃしない。メディアの責任なんて言葉、ちゃんちゃらおかしい。ぼくは、そう思う。煽るのも叩くのも、メディアの本能、本質。だから、そこを批判しても無意味。論理矛盾である。
マスコミにとっては、常に、若くして被害者となった奥さんは「近所でも評判」の「美人妻」だし、その近所の人も実はたった1人だけのコメントなのに半径100mの周囲の「過半数の意見」に「ミスリード」してしまうし、午前2時なんて時間帯に誰も歩かないような場所で事件に遭遇した17歳や18歳の未成年者を単純に無前提に「無垢」の「可哀想な」「被害者」扱いするし。メディアなんて、そんなもの。
ほんでもって、おそらく、多くの人は、それを知っている。もちろん、世の中には、新聞やテレビが報じるものはすべて正しいと信じて疑わない純真な人もいるけれど、みんな、もう気づいていると思う、メディアの伝えることは「話半分」だと。だから、メディアが伝えないものにこそ、物事の真実がある。

| | コメント (0)

2007年10月25日 (木)

商いって

ユニバーサルデザイン(UD)に関するワークショップの取材をした。なかなかに面白い(製品や仕組みの)アイデアがあって、仕事を超えて楽しめた。が、喜んでもいられない。マスメディアの取材が1社もなかったらしいのだ。当方のような専門紙も数社のみ。そりゃ、地味な活動だし、発表場所も、なぜかローカル千葉、ま、ぼくには近場だったけど。だけど、いまさら言うまでもなく、バリアフリーからユニバーサルデザインへという流れは、ある面で「流行」だしなあ~。それにね、このイベントの母体は、誰でも知っている日本有数の企業で構成され、実務を担う裏方は、そこでデザインを担当する若手・中堅たちなのだ。もうちょっと世間から注目されても不思議じゃないんだけど……。
「福祉」という視点だけの、古くさい考え方であれば、マーケットは狭いかもしれない。多くは「障害者のため」という次元にとどまっているのも否定できない。一般的に「ユニバーサル」は、まだまだ未確定な概念なのかもしれない。それでも、ベタな言い方をすれば、UD商品のマーケットは相当にポテンシャルの高い市場であるのは間違いあるまい。なにしろ、高齢社会なのだ。消費者としての「若者」はどんどん減る一方で、高齢者という弱者は、今後、ますます増える。そのうえ、現代の高齢者は、かつてのような「隠居」ではなく、現役世代でもある。
今回発表された「アイデア」も、基本は「障害のある人」にとって役に立つ、という発想ではあるが、たとえば「弱視の人」を念頭において考えられた「光るベンチ」(あくまでも当方の捉えかた)は、視力の落ちてきたお年寄りにも、もちろん効果的だ。詳細は、まだ原稿を書いていないので、その前に公にしてしまうわけには職業倫理上、いかないから、いずれ。とにかく、利用者と一緒に議論したというだけあって、いわゆる「顧客起点」での提案となっている。製品化にはなお時間を要するだろうけれど、こんな商品があったらイイよね、と、ぼくでも感心するような、優れたアイデアが散りばめられている。ぜひ、具現化してもらいたい。
そこで、もういちど。こうした活動は、もっと広く訴求されるべきものだと、ぼくは信ずる。だから、積極的にアピールする必要がある。正しい意味でのPR、つまり広報活動が大切だ。なのに、尋ねてみると、やっていない。大手日刊紙の記者が一人も取材に来なかったのは、そこへアプローチしていないからである。どころか、メディアへの働きかけが極めて乏しいのだ。誤解を恐れずに言えば、単なる慈善的なボランティア団体ではないのだ、前述のように裏方は現役のビジネスマンなのだ。かれらは、それらの商品化を進められる立場にいるのだ。実際、その団体は「事業化」を明確に謳っている。
「商売」って、本来、人が必要とするものを供給して利益を得ることではないのだろうか。なにやら、この国には「儲ける」ことへのネガティブな空気が濃いようだ。製造日を偽造したり原材料を誤魔化したりしてモノを売るのは「商売」ではなく、ただの「詐欺」である。もっと、真っ当に、儲けてほしい。

| | コメント (0)

2007年10月24日 (水)

さばく

我らが愛すべき「相棒」のシーズン6が始まった。初回は2時間スペシャル。見応え十分だった。ホッ。いやね、冒頭30分くらいかな、話がシンプルそうな気配で、チト心配したわけです。この程度の謎なら1時間モノだろ~、これで2時間引っ張るのはツライぞっと。果たして、中盤から小さなどんでん返しが連続して。結果、ミステリーとしては、さほどの大仕掛けではなかったけれど、「裁判員制度」を、けっこう直球で扱っていて、なかなかに重いネタでもあった。
このドラマについては、このあと半年ほど、ときおり触れるだろうから、今夜のところはおいといて。そうなんだよね、裁判員制度。これ、キツイよなあ~。ぼくは、かねて、人が人を裁くってナンなのさ、と、司法そのものに懐疑的。と言うと大袈裟か。ま、以前、「半落ち」を読んでカンドーした当方、その映画化で、吉岡秀隆の演技の上手さもあってか、その役の裁判官の「苦悩」に、かなり感情移入してしまってね。法廷モノは、ほかにもたくさんあるが、とにかく、裁判という手法、いや人類の知恵か? なんにしても、考えさせられることが多い。
まともに論じるには力不足だから、やらないけれど、捜査の段階を含め、人間の行為というものを、極めて反情緒的な言葉で説明できるのだろうか、と、これは明らかに疑問視している。だって、たとえば、人は通常、後々、誰かに説明することを想定して行動しているわけではないと思うのだ。もちろん性格にもよるだろうが、ぼくは、駅までのたった5分の距離を、その日の気分で、歩く。だから、ルートは一定していない。表通りを選ぶときもあれば、裏通りを歩くことも。あまり適切な例ではないかも……。でも、たまたま初めてのルートを選んだ日に、道すがら、何か事件に遭遇して、目撃者になってしまうとする。「何故その日に限って」と訊かれるよね。しかし、理由はない。で、第一発見者として疑われる……。妄想? だといいのだけど。
裁判員は、しかし、確実に、その役を担う日がやってくるわけで。そのとき、当該事件に対して、虚心坦懐に向かえるか、自信ないなあ。それ以前に間違いなくワイドショーかなにかで情報に接しているはずで、何らかの予断をもって臨むことになると思うのよね。自分で言うのも変だけど、ぼくって、わりに、先入観の少ないやつだけど、それでもね……、大事件であるほど、勝手に予備知識を仕入れている可能性は高くなるし。一方で、調書の日本語や被告の言葉遣いに突っ込みたくなるだろうし。
そのうえ、量刑。アタマが痛い。死刑制度には反対だが、残酷な事件には平気で「死刑にしてしまえ~!!」と怒鳴るし。そもそも何故、終身刑がないのか不満だし。アメリカみたいに懲役150年とか、そういうのもあるべきだと思うし。
かつては魚の三枚おろしもできたし鶏を丸ごとさばけたが、人を裁くのだけは未経験。やったみたくもあり。でも、コワイよね。

| | コメント (0)

2007年10月23日 (火)

大どんでん返し

予備知識がほとんどないまま試写会に行き、どんでん返しを堪能した例として、いつも思い出すのは「ファイナル・カウントダウン」。確認したら米国での公開が1980年8月1日とのことなので、その前、7月ころでしょうね。原子力空母ニミッツが現代から、1945年の真珠湾攻撃の直前にタイムスリップするという話。SF好きなので期待した。マーティン・シーンとキャサリン・ロスが出演するのも魅力だったかな。なにせ「卒業」の大ファンだから。
映画評ではないのでネタバレしてもいいかとも思うけれど、ま、やめとこう。タイムパラドックスの「落とし前」をどうつけるかが、この種のストーリーの最大ポイントなのだが、カンドーした。ラストで「えっ!?」、そして「あぁ、そゆこと?」。同行者(たぶん女房)と、謎解きの反芻しつつ「なるほどね、アレが布石だったんだ~」などと。細かい矛盾はあるかもしれない。時空を超えるのは、いまのところは「空想」でしかないのだから、万人が納得するものでもないだろう。でも、とにかく、見事な結末だと感心した。
最後にアッといわせる映画は、その後の四半世紀で、「シックス・センス」はじめ多数、世に出ているし、決してベストワンではない。映画そのものの出来も、実はイマイチ。ニミッツがロケに使われたのが初めてだったせいか、米海軍のPR的要素たっぷりで、マニアには垂涎かもしれないが、艦載機の離発着シーンなど、ややくどすぎる。それから、日本人としては複雑な感情も。ゼロ戦が撃墜されるところでの歓声は、やるせない。
でも、ラストでの感激の度合いとしてはピカイチだ。単なる衝撃だけではない、「あぁ、こういうことだったのね、よかったね」という、そこはかとない安心感みたいなものがあるのだ。もうひとつの理由は、そこで流れる音楽の、ピッタリ感。意外ではあるけど安堵の気持ちでウエルカムできる終わり方に、少し甘めの、ゆったりとした旋律が、とてもマッチしている。うまく説明できないけど、この曲、ほとんどの日本人に馴染みがあろう。そう、岩崎宏美の「聖母(マドンナ)たちのララバイ」。
日本に帰ってきて、しばらくして、日テレの2時間ドラマ「火曜サスペンス劇場」を、たまたま見たとき、驚いた。エンディングテーマが、あのメロディだった。「へぇ、こんなとこに使われているんだ」と思ったが、作曲者名が違う。盗作だったのだ。大どんでん返しである。結局は、無断盗用を認め、映画で音楽を担当したジョン・スコットのクレジットが入り、きちんとした形で発売され、ご存じのとおりの大ヒット。代表曲になった。もはやスタンダードである。岩崎宏美は、「あの人は今」的番組で、この歌をよく歌う。そんなとき、ぼくは、日本ではあまり知られていないであろう「ファイナル・カウントダウン」を必ず想う。
今回、このブログを書くにあたって、また観た。ラストシーン、涙がこぼれそうになるほど、めっちゃ、感動した。

| | コメント (1)

2007年10月22日 (月)

オープン or クローズ

ラブロマンスもコメディも好きだが、やはり映画の醍醐味はアクションシーン。でも「ジャッキー・チェン」的な「人力」よりは知恵比べ、というかミステリータッチが好み。サスペンスの風味が濃いほど楽しめる。そして、どんでん返しだ。意外な結末というやつね。終わりよければすべてよし、驚くようなエンディングであるほど、堪能の度合いも深い。恋愛ものでも、紆余曲折の末「おぉ、結局はコイツを選んだのか」と思わせてくれるのは嬉しい。
そんなスタンスなので、「ラストの1分を見逃すな」みたいな惹句は、困りモノだよね~と嘆くきょう此の頃である。だって、仕掛けのあることがあらかじめわかってしまうなんて……。そりゃ、かなり昔は、こっちも初心だし、簡単な謎解きでも仰天したものだ。しかし、人は成長する。そうそうには騙されなくなる。そして、ひっくり返し方はどんどん複雑化していった。いまや二重三重に仕掛けられていることも少なくないから、犯人はAではなくてBでした、では済まない。「まだあるぞ、実はCかもしれない」などと見当がついてしまう。さすがにこれで終わりだろうと腰を上げる用意をしつつ、しかし「最後の1分だよね」とクレジットロールの間も気を抜かない。見ている側も、たいがいのことでは驚かなくなった。あまりに期待が大きいと、そこそこ面白いネタでも、えっ!? これだけなのか、とガッカリしたり。でも、「まだこんな手があったのか」と、素直に脱帽することもある。ま、アイデアは尽きない。
それはそれとして。ぼくは、なるべく、事前の宣伝を見ない。まっさらな状態でびっくり仰天したいのだ。映画の出来栄えは、監督や俳優でまず推測し、あとは若干の評判を参考にするだけ。レンタルの場合は、公開時の興行成績・ランキングも材料だ。もちろんヒットしなかったからといって必ずしも駄作とは限らない。新作扱いでなくなってもなかなか借りられないものは、たいてい面白い。初監督、馴染みのないキャスト、そのうえ未公開となると、一か八か。でも、何のヒントもなく見るから、驚きは新鮮。
そういう意味で、新聞記者だったアメリカ時代、いろいろな試写会に行ったが、ストーリーなどに対する予備知識なしにスクリーンに集中できた。幸せだった。「予習」のしにくい言語環境も、まんざら捨てたもんじゃないね。インターネットがなかったから、情報を入手するのも厄介だったし。いまでもそういう仕組みなのかどうか知らないが、なかでも「スネーク・レビュー」というやつは、まったくの白紙状態で臨む。以前にも触れたかな、「エイリアン」には、そうして出合った。衝撃というしかなかった。日本でも、ときおり、事前のリリースなしに公開するケースがあるようだ。まったくのゼロも困るが、ネタバレ・シーンを含む予告編を流されるよりは、よほどマシだ。そうでなくても最近は、公開前の宣伝が激しく、何気なくテレビのスポットに触れると、どこがポイントかわかってしまうことも。お役所の情報公開は必須だけど、どんでん返しはその存在すらクローズドでもいいんじゃない? 何事も、あんまりオープンにしてしまうのもね。見えそうで見えないのが、最も興奮する。って、話が逸れそうなので、今宵はここで打ち止め。

| | コメント (0)

2007年10月21日 (日)

佇む人たち

きょうに限ったことではないのだが、たとえば駅で、エスカレータの下り口付近で電車を待つ人が少なくない。階段でも同じ。東京のターミナルならともかく、ローカルでは階段も狭め、エスカレータ同様、上り下りのあたりの人口密度が高いと、人の流れに支障が出る。昼下がりのダラーンとした時間帯なら、ま、いいさ。逆に、ラッシュアワー時には、なるべく詰め合わせようとするし、そもそもホームに人が溢れているのだから、如何ともし難い。しかし、そこそこ混んでいるけど、それほどには混んでいないという状況でも、変わらないのだ。電車から降りてきた客は階段またはエスカレータを利用しようとするのだから、当然、その周辺の密度はかなり濃くなる。事故のリスクが高まるだけだ。
同様に。店舗の出入り口でも佇む人がいる。目指す売り場がどこか、案内板などを見たりして立ち止まるのは仕方がない。けれど、何を待っているのか、こちらからは想像できない理由があるのか、動かない人がいる。スーパーなどで、買い物カートを持ったままでいられると、広めの入り口も狭き門に早変わり。そりゃ、ほんの数秒のことではあるが、そんな人の背後についた当方は、しばし立ち尽くす。なかには、連れの子どもに「何が欲しいか」と訊く母親。そんなことは、いまその瞬間でなくてもいいだろうよ。二歩か三歩踏み出して、店の中に入ってからにしてくんなまし。
さらに、カートを押す客の多いスーパーでは、通路でも同じ状態になる。買うモノを選ぶために立ち止まっているのなら、それはお互いさまだ。しかし、商品を手に取り今晩の献立にアタマを悩ませる母親の傍らで、カートの周りに子どもがなんとなく立っているだけとか、意味もなく騒いでいるだけとか、ぼくには理解できないケースが少なくない。
つまり、邪魔なのだ。そんなときは譲り合いだけが解決策である。いかに通路を広めにとろうとも、周りを気にしない客ばかりでは意味がない。エスカレータについてはデパートなどでも同じ疑問をもつ。下り口のあたりに立つ人が実に多い。一歩か二歩、横にずれるだけで、流れは格段にスムーズになるというのに。

描写力に乏しいので、ぼくのグチの構図がわかってもらえるか。不安ではあるけれど、似たような不満を持つ人は少なくないと思うのだが。「譲り合いの精神」などと高尚なことを大声で訴えるつもりではない。ささやかな、あまりにもささやかな配慮、それだけのことだ。だけど、かれらには、たぶん、邪魔になっているという自覚がない。そこが、難しい。エスカレータや階段の下り口・上り口でたむろしている人たちは、もしも誰かがホームから落ちたら助けに行く勇気ある者でもある。悪人ではない。でも、間違いなく、往来を邪魔している。悪意ある善者、というよりは、想像力欠如の善者であろうか。佇んでいるだけでは罪にはならない。だけど……。

| | コメント (0)

2007年10月20日 (土)

ドラゴンって竜なんだよね

巨人が負けた、わいわいわい。中日勝った、わいわいわい。落合クン、よくやった。原クン、あなたには悪感情ないんだけど。前に解任されたとき、あぁ「人事異動」だったけ? あのときは同情すらしたんだよ。とにかくも、願わくば、公式戦でも1位になってもらいたかったが。まあ、いいや。
これで、中日vs日ハム、名古屋対北海道、という地味~な日本シリーズとなり、さて、視聴率はどうなるんだろうか。ま、あんまり興味もてないけど、どっちが日本一でもいいけど、もちろん日ハムを応援なんかしないけど(んなことしたら、ねっ)。それより、ロッテの主力・ベテラン級がFA宣言で、いなくなっちゃうほうが問題だ。って、あれ、ぼく、いつのまにか、けっこうなロッテ・ファンになっちゃってる? ふぅむ……。
ほかにも書きたいことはあるけれど、本日は、楽しい話題だけで、あっさりとおしまいにしよう。

| | コメント (0)

2007年10月19日 (金)

「紅白」の話ではない

平日にノンビリしたツケで、週末は2日間とも出掛けなくてはならない。明日の取材は、とあるデザイン表彰式で、こういう仕事は楽しい。ユニークな考え・発想に触れられるし、ふだん接している世界とは異なる人々にも出会える。そういえば、昨年は久しぶりに知り合いと再会したという話を書いたような……。調べたら11月下旬だ。ふむ、この式典、前回より1か月早めになったんだ。今年もまた会えるかな。相手は男性なので、さほど期待しているわけではないけれど。
土曜日に都心あたりを歩いていると、当然だが、休日を楽しむ人々にも出会う。行楽地に向かう家族連れ。はしゃぐ子どもの姿。デートのカップルは映画館へと。コーヒーショップでは目と目で語り合っている。路上では人目を憚ることなくいちゃついていたり。駅では乗り換えに戸惑う高齢者。いつもとは違う街の風景。そんななかで仕事とは、無粋ではある。が、仕方ないやねぃ。そもそも厳しいもんだし、働くって。
でも、最近、その厳しさを疎かにする輩が、あまりにも増えすぎている。いちいちコメントするのはメンドーだが、「白」だの「赤」だの、そりゃあ、もぉ、大騒ぎ。ナニやってるんだろなあ~。老舗もしくは有名企業としての矜持は、いったいどこへ? 当方、署名原稿なんてめったに書けない、名乗っても誰も知らない、ただのライターだが、プロとしてのプライドだけは常に意識している。つまんない見栄かなと思うときも多いけれど。

それにしても、このあいだ、関西に行ったとき、土産に買って帰ろうかと思ったのだが。物心ついたときから知っている存在だし、「赤福餅はエエじゃないか」というコマーシャルソングは友人がつくったという縁もあるし、なにより、定番かつファミリア。でもね、いまだから言えるんだろうけれど、このところ、味が落ちたような気がしていた。昔は、ホント美味しかったんだが。賞味期限内なのに、すぐモチが固くなってしまう。そんな記憶が、売店で、手を止めさせた。買わなくてよかった。いや、買っておけば、おぉ、これこれ、と、ひとりほくそ笑むことができたか。もしかしたら、最後のチャンスだったかもしれないし……。

| | コメント (0)

2007年10月18日 (木)

ロッテ撃沈

カレンダーではまだ2か月あまりを残すが、野球の2007年は終わった。このあと、日ハムの相手が巨人だろうと中日だろうと、別に構わない。ま、アンチ巨人としては落合クンを応援しようか。そもそもロッテファンではないことは、以前にも触れたけれど、我が相方が熱を入れて応援するので、引きずられて……。パートナーの趣味につきあうのも、ある種の愛情かと。日ハムを贔屓する理由もなく。あぁ、でも、ソフトバンクは、ケータイのCM(白い犬のバージョンね)が面白いし、王監督の笑顔も見たいしなあ。
だいたい、ホントのこと言えば、どうしてロッテも日ハムも、監督が日本人ではないのだろう。いや、「純血」云々ってアナクロなことを言いたいのではない。日本のプロ野球は、いまや大リーグへと向かっているくらいで、「外人の助っ人」など必要なレベルだとは思わないし、まして指揮官という椅子に相応しい人物が国内にいないとは、にわかには信じられない。
口を開けば「イチバーン!!」と叫ぶ姿は、正直、あまり好きではない。まあ、日ハムは勝ったんだから、まとめてバッサリとはいかないけれど、でも、指示・命令系統が英語、言い換えれば我が母国語ではない、というのには、どうしても引っかかる。ロッテの攻撃が、いまいちキメ細かくないのはバレンタインのせいかどうか、それは知らないけれど、元野球小僧としては、犠牲フライもバントもきっちりできないのは、ナンダカナア……。
それはさておき。とにかくも、われらの間では、この「クライマックス」、盛り上がりました。相方は急ぎの仕事の手を止めてまで。いちお、地上波でもオンエアされたしね。テレビ中継がなかったら寂しいけど。でも、視聴率は稼げていないらしい。そりゃ、まぁ、新しいドラマのスタート時期だし、スポーツ番組でも某拳闘試合の派手さには敵わないしね。やっぱし、野球は、巨人戦以外は、ジミ~な娯楽になってしまったんだろうか。その巨人戦も、もはや延長中継しなくなったようだしね。

そんなわけで、本日のブログも、地味に終わりましょう。

| | コメント (0)

2007年10月17日 (水)

TVっ子

このところ、TVドラマとCMとの「タイアップ」が目立つ。嫌な気分になる。主人公または主演級の俳優(もしくはタレント)を起用しているコマーシャルがドラマの間に流れるのである。局とスポンサー側は、相乗効果を狙ってのことだろう。実際、うまくいっているのかもしれない。
だけどさあ、せっかく彼または彼女の演技に魅せられているのに、ブレークにも顔を見せるなんて、興醒めだ。とくに、重厚な役作りとか一風変わった役の場合、なかでも時代劇、一転して「○○を飲もう」とか「××に乗ろう」とかやられると、もぉダメ。素直にドラマを見続けることができなくなる。まったく、ぶち壊しだ。
こないだも、大好きな作家・東野圭吾原作のミステリードラマ(初回)を観た。タッチは軽いけど、さすがに骨格がしっかりしているから、見応えがあった。主演の福山雅治に関心はなかったが(柴咲コウにはあるけどね) 、うん、なかなかの演技に好感。だけど……、CMにも出てこられるとね。それも、たしか2種類だったか。シラける。こゆの、いつのまにか、多くなったね。せちがらい、というのか、せこいと言うべしや。やめてもらいたい。と、ここで叫んでも、あちらさんは流行りの「コラボレーション」とかで、大いに評価しているんだろうなあ。今後もっと増えそうである。
こんなとき、ふと、NHKってイイな、と柄にもない思いに囚われる。受信料を払ってもエエかあ~なんてね。先日も「お願いします」とやってきたが、「ウチは契約しないことにしています」と丁重に追い返した。契約しておいて拒否すると「不払い」だけど、受信契約自体を結ばなければ、問題ない。いや、ホントは問題あるのかもしれないけれど。現実には、オーライ。
公開放送などの観覧希望の条件には合わないが、そんな酔狂なことはしないので、実害もない。でも、加齢とともに、民放の煩過ぎる番組に些か苛立ち始めているので、罰則規定付きの法整備が成されたら、チト困る。大河ドラマが見られなくなったら、相方とのコミュニケーションにも支障が生じるし。あぁ、だけど、NHKでも最近、番組宣伝が目につきますね。民放ほどにはまだ酷くないけど、なんか、性に合わない。
なんたってTVっ子なのだ。ついついグチりたくなる。愚痴ついでに、ひとつ。
明石家さんまと長澤まさみの共演で話題の「ハタチの恋人」、好奇心で覗いた。案の定、がっかりした。さんまは5年前の「空から降る一億の星」で懸命に渋い役を演じたが、(ビートたけしのようには)お笑いの天才を超えられず。共演・木村拓哉に助けられたこともあってか、ドラマとしてはけっこう上出来だった。だが、役者としての才はないと思う(「男女7人」のときは等身大かつ若さだけで演じたのでハマったけれど)。長澤まさみも、例の「セーラー服」で失望。でも、この二人のドラマだ。少しは期待した。期待した当方がバカだった。ちっとも面白くない。ギャグっぽいシーンも笑えない。推測するに、脚本、演出がアホなんだろう。主演2人の「人気」に依存して、何の努力もしてない感じ。
まあ、その直前に、「風林火山」で由布姫役を見事に演じきった柴本幸に感動したことも影響しているかな。周知のように若き二世だが、才能をきちんと受け継いだ女優だ。来年の活躍が楽しみである。

| | コメント (0)

2007年10月16日 (火)

「様」

実は、沢尻エリカのファンである。あの、生意気な雰囲気が好きだ。うむ、ぼくってMかなあ~。でも、「言葉遣いがおかしいとか重箱の隅をつつくように、わたしのこと苛めて喜んでるでしょ」と相方に言われるし、S的要素も弱くなく。ま、それはともかく。しかし、「エリカ様」については、評判、というか批判の対象になるまで知らなかった。そういうゴシップには興味ない。演技がイイね、面構え(容貌)が魅力、とか、そんな感じで見てきたので。だけど、今回の大騒ぎは、たまたま、当該映画「クローズド・ノート」にチョッピリ関わっているので(裏方の某企業がその本業において当方の取材対象なのです)、舞台挨拶のニュースに関心を持ち、知った。で、感想は、来場客に対して失礼だわな~、さすがにやりすぎだね、とは思うものの、所詮は芸能ネタ、社会的な事件でも何でもない。
ところが、これはもう社会現象だと指摘するコメントを朝日新聞で読んだ。この識者は、だから朝日でも取り上げるべきだったと言う。うぅむ。同意できないなあ。たしかに、職場や家庭での雑談なら「バリュー」ネタだろうが、ニュースとしての価値など、あるとは思えない。ひとりの女優の、若さゆえの、ふてっくされ、ゴーマンな態度なんか、どうでもいいじゃん。夕刊紙じゃあるまいし。ワイドショーに任せておけばいい。だいたい、大手日刊紙は最近、芸能ニュースなどのやわらかい話に擦り寄りすぎている。たかが女子アナの結婚や離婚、果ては妊娠・出産まで報じる。そんなヒマがあるなら、たとえば、底辺で苦労しながらボランティア活動している人間をもっともっと追い掛けなさいよ。

ところで。まっとうな広告批評家と認める天野祐吉氏が嫌いな「生き様(ざま)」という言葉、ぼくは好きだ。もちろん、こんな言葉は本来ない、「死に様」はあるけど。最初は誤用、もしくは「シャレ」だったのかも。でも、「どのように死ぬか」は「どのように生きるか・生きたか」に通じるわけで。「人生観」と同義語、そう考えればいいじゃん。まあ、しかし、同様に天野氏が好きになれないと指摘する「こだわる」は、ぼくも、肯定的には使えない。あくまでもマイナスイメージが強い言葉だ。そこは同意見。「様」も、天野氏の嫌いな理由はよくわかるのだけど、「生き様」には、どこか、生き方の王道への反発みたいなものも感じられるしなあ~。

ちなみに。「殿(どの)」は、いまでは目上の人間に対しての敬称ではないが、そもそもは敬意を添えた表現であり、かつては身分の高い者に用いた。尊敬の意は通常、「様(さま)」である。いまや常識? うん、そうだろうね。では、「人(にん)」と「名(めい)」は? 「名」は丁寧な表現なのに、自分サイドの説明に平気で用いられる。たとえば、「我が社のスタッフ3名が出席した」。これ、ぼくには、とても気になる。ここは「3人」と書くべきところ。居酒屋に予約を入れると「5名様ですね」と確認される。「5人様」とは言わない。文法、というか理屈はともかく、丁寧な気持ちが「名」を使わせる。以前は、言わずもがな、だったんだけど。このところ、この誤用シーンが目立つ。

ことほどさように、日本語は難しい。

| | コメント (0)

2007年10月15日 (月)

リニューアルです

1年が経ちました。「とりあえず」程度の気持ちで、メンドーに思ったら止めればいいさ、どうせギャラが発生しているわけでもなし、と。職業的に、そういう発想をしてしまいます。そんな軽いノリでしたが、わずかでも「定期購読者」がいらっしゃるとなると、そうそうワガママにもなれず。そもそもが「毎日コツコツ」タイプではないので、せめて週1とは思いつつも、かなりの不定期、すんません。スタート直後の2か月は、まあ、一種の「ランナーズ・ハイ」のような感覚で、それに意地みたいなものもあったかな、とにかく連日更新しましたが、本来、怠惰な性格、2年目もマイペースか。おつきあいいただければ、幸い。

「日記」風に書くのは不得意です。小学校のときの夏休みの宿題の絵日記も、イヤだった。そりゃ、当たり障りのないことなら、「昨日きょうとパリーグのクライマックスシリーズに熱狂」とか「相方と頻繁にメールしながらの試合観戦」とか、ネタはいくらでもあるけれど。ただ単に私生活を晒しても、ねぇ……。すげぇ目立ちたがり屋なので、皆と同じようなことは書きたくないしぃ。やはり小学生時代の作文ですら「ジリリリリリ。電車の発車ベルが鳴った。きょうは林間学校だ・・・」みたいな、奇をてらった書き出しを好むヤツですから。「昨日のロッテの敗因は継投の失敗」なんて分析してみても、しゃーない。一方、書けないこともたくさんあります。仕事柄、いろいろな「面白い」ことに出合いますが、守秘義務もしくはモラルで、固有名詞を秘すると何も意味がない、とか、大笑いできるキモには触れられない、とかね。タレントの人気ブログじゃないから心配しすぎ? でも、たまたま誰がいつ読みにくるか、わかりませんからね、とんでもない検索ワードで。

さて、リニューアルとはいってもデザインを一部変更しただけで。最初のヤツ、気軽に選びましたが、なかなか気に入ってしまって。新しいのも、いいっしょ? いちお、自分のイメージとのマッチング、考えています。それなりに……。実像を知っている人は苦笑? あはっ。リアルにお会いしたことのない方も何人か、定期巡回しておられるようで。多少のギャップは当然ですね。お互いさま。でも、それらのブログのもつ情報性には感謝しています。ぼくのは所詮、独り言ですからね。旅の記録も棚上げしたままだしなあ~。外食した店の話なんかは、その気になりゃリポートできるんだけど、データをメモしておくのが面倒で。興味の対象が広範囲で、的を絞った「感想」とかも書けず。好きな映画についても「評」は、なんかね、かったるくて、たまにしか。読書の感想文は苦手です。

まあ、そんなこんなで、今後とも、よしなに。

| | コメント (2)

2007年10月12日 (金)

おはようございます

さすがに、いま起きたわけではないけれど、目覚めは午後。本日は、仕事が一段落しての、オフです。昨日は日帰り関西出張。ほぼ朝イチの新幹線に乗るため、前夜は不眠。だって、起きる自信、なかったんだもの。午前4時に「24シーズン5」の最終回を見終わり、風呂に入り、そして、ようやく明るくなり始めの5時過ぎに出掛けた。往復とも少し仮眠は取れたが、昨夜は3時ごろ、布団に倒れこみ、瞬間、記憶なし。世間はともかく、ぼくにとっては三連休で、ボーっとしています。

ブロクを始めてそろそろ1年。総数120本余。ふむ。当初は毎日だったが、2か月くらいで失速、一時はかなり疎らになったけれど、ここんとこは、それなりの間隔で。均すと3日に1本か。まあまあだね。1本あたり、短めのときももちろんあるが、だいたいは1000字程度か、1600字つまり原稿用紙4枚も書くことが最近は増えてきたかも。1000字で計算して12万文字、やっぱ、けっこうな分量になる。300枚、ざっと本1冊分である。内容はともかくも。
ま、長いよね。大方のブログは、文字の大きさ・行間にもよるけど、1画面に収まる。当方、書くのがショーバイだから、というよりも饒舌なんだろ、性格的に。単なるお喋り? うん、そうなんだけど……。
何気なく書いているようにみえて、いちお、本業だから、推敲してるし。時間は掛かる。場合によっては事実関係のチェックも必要だし。途中で、電話などに邪魔されることもあるし。おおむね深夜の時間帯だから、たまのことだけど。文の流れが止まると、メシにしたり、風呂に入ったり。怒り気味のときは、あえてアップ(公開)を遅らせる。熱気を冷ますのだ。ワーッとコーフンして書くと、たいてい、自己満足的で、意味不明になってしまう。
いいネタだと思っても、広がりに欠けて、意外につまんねぇなあ~と、破棄することも。興味ある「事件」が起きても、あえて取り上げないことは少なくない。テレビや新聞で言われたことをまた繰り返しても、ねぇ~。一方で、強引にまとめちゃったことも。論旨が曖昧でも、とりあえずポイントだけでも、と。今回のように、何を書くつもりなのか、わからないままに進めたり。時間的余裕があればいいというのでもなく。忙しければ忙しいなりに、サクサクっと。100本100通り、というほどではないにしても、いくつかのパターンで、書いているわけだ。
文体は、読んでのとおりで、論文のように堅苦しくしなく、でも、あまりシャベリ口調すぎてもね。ロジカルに書こうとは思っている。そもそも、理屈っぽく小難しく書いているのだから、思いついたままでは、ただのマスターベーション。読み手に失礼である。
若干ながらコメント数のほうが多いのには驚く。しにくいだろうに。うれしい。常連さんは10人から15人くらいなのかなあ。アクセス解析だけではよくわからない。超ミニコミなのは間違いない。ここでメジャーになる気はないので、だって書けなくなる話が増えるに違いないものね、ブログ炎上なんて嫌だ、「舌禍」はアレくらいで済ませないと(^^;) だから、こんな調子でこれからも。

| | コメント (0)

2007年10月 7日 (日)

おやすみなさい

世の中は、「ハッピーマンデー」とやらのおかげで3連休らしい。「でも、そんなの関係ねぇ~」。当方、いつものごとく月例の修羅場。休み明けまでに作業を終えなければならないので、土日祝も仕事漬け。そんなわけで、本日は、早起きブログではなく、昨日の続きです。
もう7時を回った。かなり以前から外が明るくなっていて、すでに、蛍光灯を消し、カーテンを開けている。おっ、なにやら花火の音? そぉか、運動会・体育祭だね。きょうは秋晴れになりそうだ。だけど、明日は傘マークか~、台風の影響? 秋雨前線かな。ま、なにはともあれ、夏は去り、秋がやってきて、そう、冬も遠くない。

仕事というのは面白いもので、いったんリズムに乗ってしまうと、なかなか降りられなくなる。今夜は(早朝に、この表現はヘンかな、ま、とにかくも)2時過ぎだったか、相方から「おやすみメール」が届いて、こちらも、そろそろ寝るか、と思っていたのだが、珍しく、サクサク進む。こんなときは、流れに逆らってはいけない。どうせ、どこかで渋滞にぶつかるのだ。二進も三進もブルドッグ状態に陥ると、どうあがいてもダメ。そんなときなら、さっさと布団に倒れこむ。2、3時間か、5、6時間か、とにかく気分転換して、再チャレンジ。最も苦しい30~35キロ地点を乗り越えれば、ゴールが見えてくる。今回のような、あっという間に折り返し地点を過ぎたケースは、競技場に入ってからの、最後のほんの数メートルで転んだりして。ときには、コースを間違えたり。まさしく、好事魔多し。てゆか、帳尻が合うことになっている。
でも、この作業にウルトラCはなく。ただひたすら、原稿を書き、編集していくだけ。近道はない。愚直に走るのみ。ほとんど五里霧中。するとね、不思議なもので、唐突に、視界が開けてくる。あっさり終着点に、なんてことも、よくある。正直者の頭に神宿る、と自画自賛する瞬間だ。
毎月やっていることの、基本形はまったく変わらない。だけど、一度として同じことはない。パターン化はできても、細部はかなり異なるし、進み具合も微妙に違うのだ。大枠としてのマニュアルみたいなものも、なくはない。でも、必ず未確定要素が入り込み、突然、カオス状態になったりもする。
そこが、苦労であり、楽しい。
とはいえ、齢半世紀。こんな徹夜は、辛くなり始めている。なにより、腰が悲鳴を上げている。睡魔には襲われていないのだけれど、そろそろブレークにしないと、明日(本当は「きょう」だね)がシンドイ。明後日もあるし。てなわけで、寝よう。まったく内容のない話、ご容赦。でわ~おやすみなさい~。

| | コメント (0)

2007年10月 4日 (木)

メーク・ドラマ

前フリでの舌禍(^^;)はさておき、本論である。日ハムがパ・リーグ優勝を決めた9月29日の試合を、相方と観戦した。ぼくは、すでに野球を卒業、千葉は新参者だし、ロッテマリーンズへの思い入れもない。まあ、正直な話、おつきあいである。かなりのロッテ・ファンである相方とのデートのバリエーション、そんなつもりだった。だけど、やはり臨場感というものはスゴイ。リアルなプレーに一喜一憂、ついつい見入ってしまった。なにしろ先が読めない。どんな推理ドラマも、たいていは予測できる。でも、野球はムリだ。事実、終わってしまえば大差だったけれど、8回までは接戦。大いに盛り上がった。
いくつか印象に残る事柄のなかでも、人間の視野については改めて評価。通常は180度くらいかな、個人差もあるだろうけれど、テレビ画面より相当に広いのは間違いない。席は1塁側の2階、やや外野寄り、小雨交じりに適した屋根の下。その分、遠目にはなったが、キャッチャーと外野手との両方が見える。つまり、全方位が視野に入るのだ。相方は「バックネットよりも見やすい」と。うん、たしかに。細かい動きはもちろんテレビのアップに敵わないが、これこそが現場の強みだろう。ベースボールはテレビで見るものではないね。ま、50インチとかの大画面なら、ともかくも。
応援スタイルにも驚いた。事前に公式サイトをチェックしているときから「チーム26」というファンクラブが積極的に活動している様がうかがえたけど、試合でも熱心に、しかし整然と進める形。私設応援団といえば、タイガースの激しさをイメージしてしまうし、かつてのヤクルトもね。ところが、野次もなく、適度な賑やかさ。「サッカーの応援を参考にした」と相方から聞き、合点。うん、これは「サポーター」だね。いまや野球でも定着した、レプリカユニフォームを着ての観戦は、ロッテファンの主導が大きいらしい。
「千葉ロッテマリーンズ」となって15年、そんなに強いチームではないから、あまり人気は出なかったようだ。それが、バレンタイン監督2度目の指揮下の一昨年、シーズンでは2位だったが、プレーオフで西武とソフトバンクを破り、31年ぶりのリーグ優勝を果たし、さらには日本シリーズで阪神に4連勝、同じく日本一に。さすがに、ぼくも感動した。相方は「優勝パレードに行きたかった!」と叫ぶほど。このとき、実は、彼女がけっこうなロッテファンであると認識したのである。本人も「それまでは隠れファンだったけど、自覚した」と。何から「隠れてた」のかは不明だけど、おかげで、去年は、ぼくらの会話にロッテの話題がよく登場した。「ワールド・ベースボール・クラシックに9人もの選手を送り込んだので皆疲れてしまった」影響で、結果はパッとしなかったけど。
幕張メッセの隣に位置するマリンスタジアムは、思った以上にキレイだった。当初、第3セクターが運営していて、いわゆる「お役所的」というのか、ファンを軽視していたらしい。が、県・市は条例の改正などで使用規制を大幅に緩和、さらには、球団を球場の指定管理者に指名するなどして、現在は球団と行政とが一体となって地域密着策を展開しているんだとか。「まーくん弁当」とやらを食べたのだが、1100円という値段に納得。コーヒーも美味しかった。ロッテリアが1店しかないのは意外だったけど。
なにしろ、前身のロッテオリオンズは、本拠地の(いまは無き)東京スタジアム(都内とはいえ南千住という立地)をめぐり、かの児玉誉士夫やら国際興業・小佐野賢治やらの名前が取り沙汰され、あげく、5年間も特定の本拠地をもてない「ジプシー球団」に。現在の仙台市・フルキャストスタジアムが暫定本拠地だったこともある。やっとこさっとこの川崎球場は、ビートたけしが「ミイラ化した死体がゴロゴロしている」と揶揄するほどのボロ球場。
オリオンズ時代は、でも、あの金田正一が監督になったり、張本勲、村田兆治、木樽正明、そして落合博満ら個性あふれる選手たちが活躍したから、パリーグのなかでは、という前提条件ながら少しは注目もしていた。たまたま行きつけの喫茶店が同じで、金田の弟・留広と何回か言葉を交わしたこともあるし。それに、設立当初は毎日新聞が親会社だったわけで。大毎時代のオーナー永田雅一は、岸信介の友人だとか、いろいろな意味で有名人でもあったしね。
さて、「クライマックス」、もはやチケットが手に入るまい。日本シリーズも同様だろう。来季、また観戦しよう。今度は指定席にしたいね。開始2時間前の入りはシンドイや。あぁ、名物だという花火も見たいなあ~。今回の試合、残念な結果にはなったけど、堪能した。あんなコーフンは久しぶり。ありがとね、相方\(^◆^)/

| | コメント (0)

2007年10月 3日 (水)

永久に不滅なものはないけれど

ぼくにとって、10月は野球の季節だ。33年前の1974年10月14日、長嶋茂雄が現役引退した。ぼくは、現場に居た。
前々日の12日に、中日が優勝を決めた。翌13日の日曜日の対中日ダブルヘッダーが、長嶋の引退試合になる。1塁側内野指定席のチケットを2枚買った。当時のカノジョの贔屓チームは中日、余裕でつきあってくれるという。二人して朝から(もちろんドームではない)後楽園へ。しかし、予報どおりの雨で、流れてしまった。ファンの多くはサラリーマンだから悔し涙でもあったろう。そうそう簡単には会社を休めまい。でも、学生のぼくたちには自由な時間がある(正しくは、ぼくはすでにドロップアウトしていたけどね)。その場で、14日のチケットを購入した。さすがに3塁側しか空いてなかったが、かまうもんか、どうせ球場全体を長嶋ファンで埋め尽くすだろう。果たしてそのとおりになった。
あとで知るのだが、その日の予定にはなかったテレビ中継が急遽決まった。そして、始発の電車から水道橋駅には後楽園を目指す人が降り立ったという。ぼくらは何時に行ったのか、そこまでは覚えていないが、かなり早めに球場入りしたはず。第1試合では、最後のONアベックホームランが飛び出す。第2試合の前に、長嶋は外野席のファンにお別れを言うためグランドに立った。大声援。もちろん、ぼくも叫んでいた。最後の打席は、いかにも長嶋らしく、予想どおりの、ショートゴロのダブルプレー。そして、あの、クライマックスへと。以来30年余の間に何度も繰り返し目にしているシーンだから、リアルタイムの記憶が何なのか、もう判然とはしない。でも、1塁側からのカメラで映し出される長嶋の、マイクを持って語る姿の、やや左手の奥、3塁側スタンドに、絶叫するぼくが、カノジョと居るのは確かな事実だ。
余談だが、挨拶を終えた長嶋に王と中日の大島康徳が花束を贈った。中日は当日、地元で優勝パレード。試合には当然、一線級の選手は出ていなかった。そんななか、大島は「長嶋さんの引退試合に出ないのは失礼だ」と言って出場したという。そのことにカノジョが狂喜した。大島のファンだったのである。

それから6年後の、1980年10月21日は長嶋監督解任の日。遠くアメリカの地にいた。日本でどのような伝えられ方をしたのか知らないけれど、ロサンゼルスで衛星版の読売新聞を、その年に結婚した女性と二人で読んで、激怒した。「巨人・大鵬・玉子焼き」世代である小生にとって(実際には「大鵬」ではなく「初代若乃花」だけどね)、長嶋は永遠のアイドル。だからこそ、長嶋解任により、ぼくは「永久に不滅のわがジャイアンツ」を卒業した。以来、徹底したアンチ巨人である。読売新聞の購読は、そのとき勤めていた会社が衛星版の配送を請け負っていたため、や~めたとはいかなかったけれど、日本に戻ってきてからは、洗剤をたくさん持参する勧誘員に「長嶋を解任するヨミウリなんて」と拒絶し続けた。

またもや余談だが、1993年、その長嶋が、こともあろうに、再び監督に就任した。そのとき、ぼくは野球ファンすら、やめた。情けないじゃん、とね。小生、筋を通すという点では頑固者なのだ。
とはいえ、この国の本当の「国技」である野球のニュースを完全に遮断することは困難である。脳梗塞で倒れたことは社会的大事件でもあったしね。そのリカバリーの姿には、やはり感動してしまう。うん、ぼくは「長嶋ファン」であることだけは、変えられなかったようだ。

| | コメント (3)

2007年10月 1日 (月)

街は秋の装い

郵政民営化スタートの日、首都圏は、衣替えに相応しい天候となった。街にはブーツの女性がやたら目につく。今年の流行? だとしても、ちと気が早いよーな。さらには、マフラーまで登場、いくらなんでも……とオヂサンは呆れる。暑がりの小生は、半袖のシャツに夏物のジャケット。電車の中はクーラーが切れ、けっこう「暖か」だから、ちょうどよい。
取材で都庁へ。初めて「大江戸線」に乗り「都庁前」で降りる。なるほど、便利である。都営地下鉄だもんなあ~当然か。とある表彰式で、少し離れたところに都知事を臨む。ファンではないから、ドキドキはしない。仕事の流れで、議会棟との間の地下にて昼食。安い。都の職員ばかりが利用するわけではないだろうけれど、でもね……。帰途は、歩いてJR新宿駅へ。おや、動く歩道が……。いつのまに? と思う当方、西口界隈はすっかり疎遠に。あの「西口広場」の歌声、つと懐かしむ。って、昔すぎ? だよね。
新宿は、近くに知り合い一人、二人、三人……。が、次の予定あり。またの機会にと内心で呟いて。肌寒い五反田の街に、若い姿あまた。会社勤めではないみたい。学校があるのかな。なんにしても、さすがに都会。我が町より明らかに賑やか。所用を済ませて、品川。もちろんの、人・人・人……。ふぅ~。おや、電車がまだ遅れている。未明の地震で、朝もダイヤ乱れ、実は、所定の時刻に間に合わず。結果オーライだったが、震源地は箱根のほうなのに、千葉まで影響してしまうなんて。首都の鉄道は相乗り、乗り入れで、インターネットのように繋がっている。いや、喩えがおかしいか。ネットは、どこか1箇所がストップしてもバイパスが利くが、鉄道網は被害かえって拡大。迂回路はあるとはいえ。ともかくも、終日、霧雨ながら、傘をさすことなく。西日本では依然、真夏日とか。東西を移動する人は、要注意だね。
「希望と安心の国」か……。

| | コメント (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »