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2007年9月 3日 (月)

「さそり座」の女

またもやカノジョの話。というか……。初恋は、そもそも、いつか、つまり相手は誰か、規定するのはなかなかに難しいと思うけれど、ん? そんなことはないのかな、ふつー。ぼくの場合は、小学校低学年時の同級生(あはっ、オフクロと同じ名前だ。漢字表記もまったく同じ)だとしてもいいのだけど、生家の隣に幼馴染みも居て、こちらも同学年だから、つきあいはもちろん彼女とのほうが先になるわけで。意識したのは、さてどちらが早かったか、半世紀を越えたいまとなっては曖昧だが、いちお、この幼馴染みとしておこう。
言おうとしているのは、思春期の入り口で少しの間、遠距離恋愛みたいな関係だったその彼女が「さそり座」であること。日にちも記憶している。そして、小学校高学年のときに、ほんわりとした感情を持った相手も、正確な誕生日は覚えていないのだが「さそり座」だった。前項も含めしつこく登場するカノジョ、はい、「さそり座」です。で、もちろん(?)結婚相手も「さそり座」。ほんでもって、祖母も、オフクロも、やはり「さそり座」なんですね……。
ここまで、ひとつの星座に囚われていると、因縁めく。当然(だと思うけど、そうでもない? いや、やはり当然だよね)知り合ってすぐ誕生日を尋ねはしないから、何かの「お告げ」に従ってのことではない。それに、祖母・母については、こちらで選んだ結果ではないし。幼馴染みが「さそり座」であると知っても、とくには因果関係を思いはしなかった。気になり始めたのは、本格的な恋愛となったカノジョが「さそり座」とわかってから。母親、そのうえ祖母とも一緒なんだから、そのころの「マジック・ワード」である「マザーコンプレックス」の影に脅かされるわけで。現代でもそうなのかなあ……、男は「マザコン」と言われるが嫌なものだ。いまのぼくは、もはや、そんなことにこだわらなくなったけど。そのカノジョとの結婚を一時は熱烈に願っていたわけだから、もしうまく成就していたら、3代にわたり「さそり座」の女になっていたところだ。いったんは、その可能性(危険性かな)はなくなったわけだけど、でも、結果は、ねっ……。
いくらなんでも、カノジョとの恋愛が消滅した経緯に「さそり座」は関係ないけれど。たぶん。だと思う。よく「マザコン」だと指摘された。指摘? 正しくは、非難、悪口、揶揄、軽蔑、そんな類だけど、ま、恩讐の彼方ということで。なんにしても、ぼくが何か、カノジョの気に入らないことをしでかしたりすると、「それはマザコンだから」とソーカツされたものだ。で、「違うっ!!」とムキになって否定するが。否定すればするほど、決めつけられた。30代か40代か、いつしか、すべての男はマザコンさ、と結論するに至ったが、20代だもの、自分に自信なんかないもの、恋愛の何たるかもわかっていなかったもの、「マザコンで何が悪い」と開き直る勇気など、なかったさ。
ぼくは、フロイトにもユングにも詳しくない。だから、深層心理学的にそれを考えることはできない。一般に日本では、母親依存とか、またはフェチとして語られることが多い。いきおい、否定的な意味をもつわけだ。でも、女性にもマザコンはあって、それってけっこう肯定的に見られているみたいだが、ヤバイと思うんだけどね。いずれにしても、何かに強く依存するのは不健康だよなあ。ぼくは今回、繰り返し「さそり座」という単語を使ったけど、実際には「星座占い」みたいなものには「血液型」も含め、まったく組していない。
とはいえ、さらに相方までもが同じ「さそり座」だと、いささかコワクなるが、本ブログ愛読者はご承知かと思うけど、幸い(?)「うお座」である。ホッ。蛇足ながら、「うお座」の性格をネット検索してみたら、「あなたは、同情心が深く、不幸な人やかわいそうな場面に出合うと放っておけない」とか「やわらかく優しい心の持ち主」だとか。あはははっ。当たってる……。そうだよね、アイボーさん。

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