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2007年9月10日 (月)

999

「999」といえば「銀河鉄道999(スリーナイン)」だろうが、それほど熱心な読者ではなかった。ちょっと時期がズレてるのかな。調べてみると、漫画の連載はぼくの在米時代のようで、そのためか。もちろん、いまなお語り継がれるほどの大ヒットした人気作品である。かなりの知名度があるはずだ。
で、平成9年9月9日、記念列車が走った。そのイベントにちょっぴり関わった、はずなのだが、あらまあ、どうしたことでしょう、ちゃんと思い出せません。わずか10年前のことなのに。ふうむ。そのあたりのエピソードを書こうと思ったのだが……。当然、ネット検索してみたが、「品川から御殿場へ」は行った記憶がないし、ほかの記述も、ぼくの経験とは違う。たしか、「銀河鉄道」が、あの宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』に関連するというので、その地元・岩手方面でのこと、だと思うんだけどなあ。当時の関係者とは、その後、疎遠になって、いますぐに確かめる術もない。
覚えているのは、前年、つまり1996年(平成8年)の段階で「来年は平成9年だから」と、「999」の可能性に気づいて企画を始めたこと。「1999年にもできるぞ」などと、大いに盛り上がった。そして、当日、いわゆるコスプレになるのかな、メーテルの格好をした女性が列車に乗り込んできたこと(正直に言うと、似てなかった。ちょっとガッカリした)。断片的には、いくつかのピース(具体的な固有名詞もあるのだが守秘義務に絡みそうなので自粛)は浮かんでくるのだけど。いくらなんでも、こんなに曖昧では、なにも書けない。残念。おまけに、確認に手間取り、9日のうちにアップできず。あ~あ。
思うに、ぼくには、おそらく、あまり思い出したくない事実なのかもね。実はもっと深くコミットする見込みだったのだが、思惑と違ってしまった「うらみ」みたいなものが記憶の淵にある。この前後、韓国に出張した。あるソフトというかシステムの視察で、これはもう少しちゃんと覚えているけれど、結果「モノ」にならなかったので、オブラートに包まれた状態。その1年か2年前にもソウルへ行っているが、楽しいビジネストリップではなかったので、封印。それでも、事実そのものは消去できないので、ときたま苦い味が蘇る。
アジアへは、あと1回、香港・桂林の旅があるが、残念ながら枠組みとしては、ステキな思い出ではなく。でも、10年以上も前の中国はまだ貧しく、途上国の常か、日本円は価値なく、しかしドルは立派に通用した、との「事実」が懐かしい(桂林から香港に戻る際、空港で離陸寸前の飛行機トラブルに見舞われ足止めを食ったぼくら数人は、先発組に電話しようしたのだが、すでに「出国」していたので誰ももはや人民元を持っていなかった。1本の電話が架けられない!  日本円ならある。両替所は、しかし拒否。香港ドルもダメ。理由は知らない、というか、中国語なんだもん、聞き取れなかった。香港返還前だったから、それは理解しよう。でも、世界に冠たる我が祖国の通貨だ、YENだぞ、と叫んでも詮無し。たまたまぼくが米ドルを所持。これは見事に利いた。あっさりと人民元に替わり、宿泊予定の香港のホテルと連絡が取れた、という次第。バブルは崩壊していたが金融危機以前だからなあ~なのに日本円の信用力ってこんなものなのか、と「世界の常識」を実感した)。
話の主題が変わってしまった。きょうは、このへんで。あぁ、明日は「9.11」か……。

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