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2007年8月24日 (金)

何故ぼくたちは相棒か

いまこそ明らかにする、相方とぼくとの愛の赤裸々な真実……てなわけはなく。誰がそんなこと不特定多数に向けて書くものか、って、おいらはシャベリだからなあ~、すでにポロポロと晒しているふうでもあり、そのうちもっと? んなことしたら相方が黙ってはいまい、オソロシヤ……、と、そんなことはどうでもよくて、前日に触れた、連ドラ「相棒」(テレ朝)の話です。誤解なきよう、ってミスリードを狙ったタイトル付けだけどね(^^;)
だいたい14~17%の視聴率だというから、昨今では「ヒット」と言えるだろう。ということは、ここの常連さん2人は観ているに違いなく。まったくご存じない人は少ないとして、概略は割愛……あれ? それが相方とぼくなら、他には誰もいない? かもしれん……。いや、なに、それでもいいんだけど、このドラマの大枠を説明するのがメンドーで。ま、必要なら公式サイトを参考にしてくださいな。
ぼくが書きたいのは、いまどき珍しい、真っ当なドラマツルギーを感じさせてくれる連ドラであるということ。ポルノ映画出身だという和泉聖治監督の演出が、とにかく見事。脚本も、秀逸。主役たちの演技は優秀で、さほど好きではなかった水谷豊(杉下右京警部役)には脱帽。レギュラーの60分枠、実際は42分くらい? それはもちろん、スペシャルでの2時間(実寸90分かな)も破綻がない、いや、いつもの2倍以上楽しめる。なんか当たり前のことを書いているけれど、なかなか無いんだよね、そゆドラマ。警察モノでは「踊る大捜査線」が有名だけど、映画はダメでしょ? この脚本家、連ドラは得意(事実、相当ハイレベルだと思う、ぼくは数回、観てるし)みたいだが、2時間ものを書けないんだよね、残念なことに。
「相棒」も、刑事ドラマの常として、勧善懲悪でありながら、ちょっぴり「超法規」なこともやらかして当方の溜飲を下げさせてくれる。でも、やたらと拳銃をぶっ放したりはしない。展開はリアル。謎解きは論理的。所轄署ではなく警視庁本庁の、窓際族の捜査官2人が主人公。杉下右京は東大出のエリートだったけどハミダシで、さらには別れた女房の小料理屋にたびたび通う、との設定にニヤリ。相棒役・寺脇康文の亀山薫巡査部長は、当初は恋人だった女性と結婚して、という流れもイイよね。もちろん、この二人の掛け合いが、実に素晴らしい。タイトルに偽りなしである。で、まあ、そのあたりは百聞は一見に如かず。いくら強調しても書き切れないので、やめ。
ぼくがこの連ドラを知ったのは去年の秋、シーズン5のスタート時。相方からの推奨(指示ではないから念のため)だった。実は、期待していなかった。この種の話は、たいがい、ご都合主義で、サスペンスを重視するためかミステリー要素が軽んじられ、簡単に犯人が判明したり、必要も無いのに地方(観光地や名所旧跡そして温泉地)を訪れたり、警察の動きも無茶が多く、そもそも犯人の動機に同意できなかったり、「そりゃないだろぉ!!」てのばかりだ。これが、全部、良い意味で裏切られた。で、当然のように、初期のものをDVDで借りたり、再放送を観たり。ハマってる。久しぶりに、相方に感謝している(スーッと読み流してね)。
さて、ここからが本題、かな。相方とぼくとは、相当に趣味が異なる。テレビでも、観たい番組が同じということは少ない。ドラマに限らない。先日も「ロッテ戦」の完全中継に譲った。ぼくが好むお笑い系には関心が低い。彼女が最優先の某局木曜時代劇には興味を持てない……。ま、同居してないから大事無く。「相棒」については、しかし、二人のツボが重なっているのだ。ここが面白い。どうやら、ぼくたちは、己のことは棚上げにしても、いいかげんなつくりを許容できないようだ。そして、もうひとつ。彼女は、杉下右京的な「論理性」つまり理屈っぽさが苦手なはずなのに、実は好きらしい、という点。でなきゃ、ぼくを選択肢に入れるはずがない。楽しいね。このネタはもう少し深めたいけれど、あまり深追いすると深い傷を負いそうなので、自粛。
とにかくも、好みが違うって、ステキだ。結果的には同志だとしても、ぼくは彼女のおかげで「相棒」に出合った。彼女のほうも、ぼくによって触発された何かはあるだろうし。趣味が一緒だと、こうはいかない。いつも二人でドキュメンタリー番組にチャンネルを合わせていたら、諍いはないだろうけれど、永遠にお笑いの良さを知ることもない。未知なるモノに触れるチャンスが少ないのは、人生においてもったいない。性格って異なるからイイんだよね。考えや感性の違いがあるからこそ、理解したいという欲求が高まり、相手へのベクトルを深める。一致しなくても問題ない。相手の「自己」を認める。それが、相棒ってもんじゃないかな。

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コメント

まさにそう。うちがそうです。
趣味や性格がずれていて、それでも相手を容認する。そこで共生できる。
これ、国際関係の基本でもアルですよね。
それがうまくいかない。そこが問題!

今朝もめまいが少し。これも少し困った相棒と認めることで生きていかれる。

時期ずれの書き込みで失礼。

投稿: seigu | 2007年8月25日 (土) 08時00分

お暑うございます、翁。
何につけても共生って難儀ですよね。誰しも「me first」ですから、相手を認めるには「大御心」が必要になる。でも、広い心なんて、そうそうにはもてません。
「うまくいかない」ところから出発すれば、と思います。わたしに言わせれば、「性格の不一致」なんて離婚の原因であるはずがなく。そもそも「一致」って……。最近の世相といいますか「わか(りあえ)るはず」の安易さが、気になります。
ご自愛を。

投稿: hiperk | 2007年8月25日 (土) 13時07分

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