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2007年8月

2007年8月30日 (木)

「進化」は「善」か

またまた大層なタイトルです、ご容赦。最近、とあるブログにおじゃました。先達いわく「人間は進化したのか」と。アマノジャッキーの小生なら、「退化したんじゃない?」と言うところだが、さらに突っ込んで「進化はした、だけど、それって善いことなのか?」と問いたいと思う。
いつかも触れただろうけれど、新製品が果たして「良い物」なのか、はなはだ疑問である。戦後に限って当初は、モノそのものが不足していたから、衣服も食べ物も、そして住居も、市場に投入されたものは大歓迎。センスが悪かろうが不味かろうが部屋が狭かろうが、出せば売れた。そのうち日本も豊かになって、でも相変わらず提供されるものを黙って消費した。そこに、CSなどという概念はなかった、というのが小生の持論。つくり手が満足していただけ。ただ、長く、たぶん戦後50年間くらい、この、つくり手の満足は、使い手の満足と、ほぼ同一だった。だから、ニーズを満たすという意味では齟齬はなかったと思う。
たとえば、テレビ受像機は白黒からカラーへと進み、見る者の喜びに応えてくれた。だけど、それは技術上の変化に過ぎず、使い手の側に立っての進化ではなかったろう。チャンネル変更がリモコン化されたことは視聴者の心理に大きな影響を与えたことは言うまでもないが、そうしたビヘイビアについては別途。画面がフラットになろうがビデオが組み込まれようが、そんなことは大したことではない。こちら側の根本的な「欲求」(ウォンツ)ではなかったと、ぼくは思う。
ところが、バブルを経験したことで、我が祖国には「格差」が明確に生まれ、日常の風景のなかに顕在化し(明らかに「育っている」が、さておき)、それによって欲求度合いもバラけてきた。カラーテレビは大型化したけれど、6畳一間では無意味。かつては20インチで「でかいっ」という実感があったよね。いまは小さく見えるから、驚くけど、でも、我が家にもある28インチ程度で、まあ十分だ。しかし、20畳とかの広大リビングに住める層なら50インチは、むしろ必須かな。はるか昔、室内でフリスビーができるアパートが珍しくもない国に住んでいたぼくには実感できる。そうなると、液晶やらプラズマやら、いくつかの選択肢が生まれるのも必定。やっと買う側の欲求が反映するようになってきた。
それでも、しかし、新しい製品を無前提にウエルカムしていいのか、自信がない。少し前、ぼくは「デジタルの時代」について触れ、「アナログをどうするのだ」と愚痴った。その延長線で、時計を考えると、論点が明瞭になるか。アナログの時計とデジタルのそれとでは、使い方が異なる。「am02:03」は「午前2時3分」で間違いないが、アナログでは「2時ちょっと過ぎ」、同様に「07:31」は7時31分というよりは7時半だよね。時刻を知らせる機能に何も変わりはないけれど、デジタル表示は、2つの針による古くさい方法を放逐することはない。ぼくらは通常、1分刻みでは生きていない。
パソコンの進化は「フロッピーディスクドライブ」の標準装備をデリートした。でも、ぼくには必須機能であり、わざわざ外付けFDDを購入しなければならなかった。アプリはバージョンアップのたびに便利な機能も付加されるが必要な機能が消えてしまう(ぼくだけの感想ではないと思う)。ウチの扇風機には首振りの角度調整機能がない、風量調節は細かくできるのに。言い出したらキリがない。
話は家電製品だけではないのだが、そこに限定しても、昨今、不要な機能もしくは本当に必要なのかと疑問符がつく機能を加えただけの「自称」新製品の多いことよ。液晶モニターの技術はスゴイと素直に思う。が、何にでも液晶画面を付ければいいってもんじゃなかろう。リモコンは便利だ。でも、本体では操作できない機能って、いったい何? リモコンをなくしたら/壊したら、その機能はまったく無意味。どころか、たとえば「標準録画」しか選択できなくなり「3倍録画」が使えなくなる。どうにもこうにも不便ではないか。
つまり、進化の一方で、間違いなく「退化」は起きている。または、進化の「ツケ」を払っているとも言えるわけで、ということは、進化というものがまったき善とは、思えなくなるのである。コトは、たかがリモコンのレベルではないだろう。あらためて書きたい。

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2007年8月24日 (金)

何故ぼくたちは相棒か

いまこそ明らかにする、相方とぼくとの愛の赤裸々な真実……てなわけはなく。誰がそんなこと不特定多数に向けて書くものか、って、おいらはシャベリだからなあ~、すでにポロポロと晒しているふうでもあり、そのうちもっと? んなことしたら相方が黙ってはいまい、オソロシヤ……、と、そんなことはどうでもよくて、前日に触れた、連ドラ「相棒」(テレ朝)の話です。誤解なきよう、ってミスリードを狙ったタイトル付けだけどね(^^;)
だいたい14~17%の視聴率だというから、昨今では「ヒット」と言えるだろう。ということは、ここの常連さん2人は観ているに違いなく。まったくご存じない人は少ないとして、概略は割愛……あれ? それが相方とぼくなら、他には誰もいない? かもしれん……。いや、なに、それでもいいんだけど、このドラマの大枠を説明するのがメンドーで。ま、必要なら公式サイトを参考にしてくださいな。
ぼくが書きたいのは、いまどき珍しい、真っ当なドラマツルギーを感じさせてくれる連ドラであるということ。ポルノ映画出身だという和泉聖治監督の演出が、とにかく見事。脚本も、秀逸。主役たちの演技は優秀で、さほど好きではなかった水谷豊(杉下右京警部役)には脱帽。レギュラーの60分枠、実際は42分くらい? それはもちろん、スペシャルでの2時間(実寸90分かな)も破綻がない、いや、いつもの2倍以上楽しめる。なんか当たり前のことを書いているけれど、なかなか無いんだよね、そゆドラマ。警察モノでは「踊る大捜査線」が有名だけど、映画はダメでしょ? この脚本家、連ドラは得意(事実、相当ハイレベルだと思う、ぼくは数回、観てるし)みたいだが、2時間ものを書けないんだよね、残念なことに。
「相棒」も、刑事ドラマの常として、勧善懲悪でありながら、ちょっぴり「超法規」なこともやらかして当方の溜飲を下げさせてくれる。でも、やたらと拳銃をぶっ放したりはしない。展開はリアル。謎解きは論理的。所轄署ではなく警視庁本庁の、窓際族の捜査官2人が主人公。杉下右京は東大出のエリートだったけどハミダシで、さらには別れた女房の小料理屋にたびたび通う、との設定にニヤリ。相棒役・寺脇康文の亀山薫巡査部長は、当初は恋人だった女性と結婚して、という流れもイイよね。もちろん、この二人の掛け合いが、実に素晴らしい。タイトルに偽りなしである。で、まあ、そのあたりは百聞は一見に如かず。いくら強調しても書き切れないので、やめ。
ぼくがこの連ドラを知ったのは去年の秋、シーズン5のスタート時。相方からの推奨(指示ではないから念のため)だった。実は、期待していなかった。この種の話は、たいがい、ご都合主義で、サスペンスを重視するためかミステリー要素が軽んじられ、簡単に犯人が判明したり、必要も無いのに地方(観光地や名所旧跡そして温泉地)を訪れたり、警察の動きも無茶が多く、そもそも犯人の動機に同意できなかったり、「そりゃないだろぉ!!」てのばかりだ。これが、全部、良い意味で裏切られた。で、当然のように、初期のものをDVDで借りたり、再放送を観たり。ハマってる。久しぶりに、相方に感謝している(スーッと読み流してね)。
さて、ここからが本題、かな。相方とぼくとは、相当に趣味が異なる。テレビでも、観たい番組が同じということは少ない。ドラマに限らない。先日も「ロッテ戦」の完全中継に譲った。ぼくが好むお笑い系には関心が低い。彼女が最優先の某局木曜時代劇には興味を持てない……。ま、同居してないから大事無く。「相棒」については、しかし、二人のツボが重なっているのだ。ここが面白い。どうやら、ぼくたちは、己のことは棚上げにしても、いいかげんなつくりを許容できないようだ。そして、もうひとつ。彼女は、杉下右京的な「論理性」つまり理屈っぽさが苦手なはずなのに、実は好きらしい、という点。でなきゃ、ぼくを選択肢に入れるはずがない。楽しいね。このネタはもう少し深めたいけれど、あまり深追いすると深い傷を負いそうなので、自粛。
とにかくも、好みが違うって、ステキだ。結果的には同志だとしても、ぼくは彼女のおかげで「相棒」に出合った。彼女のほうも、ぼくによって触発された何かはあるだろうし。趣味が一緒だと、こうはいかない。いつも二人でドキュメンタリー番組にチャンネルを合わせていたら、諍いはないだろうけれど、永遠にお笑いの良さを知ることもない。未知なるモノに触れるチャンスが少ないのは、人生においてもったいない。性格って異なるからイイんだよね。考えや感性の違いがあるからこそ、理解したいという欲求が高まり、相手へのベクトルを深める。一致しなくても問題ない。相手の「自己」を認める。それが、相棒ってもんじゃないかな。

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2007年8月23日 (木)

処暑

束の間の夏休みの後、仕事は暑さで融けることなくやってくる、んで、ヤワなカラダゆえ、ぐったりしてまふ……。処暑ですね。でも、猛暑もここまで、とはいかぬよーな予報氏の言葉。いや、もぉちょっとのシンボーだ、秋の来ない夏はない、あと2か月もすりゃ、相棒は「ダンボー」と叫ぶ、と思いつつ。1週間も間があいたからとキーボードに向かい、さて……。
先日の日曜日の夜9時5分過ぎ、ぼくは、何とも言えぬ妙な気持ちに。そ、カンドーの押し付け番組のハイライト、マラソンのゴール。ある種の「出来レース」そのものに感激はない。よくやったとは思うよ、欽ちゃんの走り。だけどね、66歳の天才コメディアンの姿ではないんじゃない? ぼくは「愛は地球を救う」と思っている。だけどね、この番組は好きではない。天邪鬼だからさ、でもいいんだけど、「その日だけ善人」に頷けないのよね……。まあ、しかし、嫌なら見なければいいのであって。でもね、あの萩本欽一が主役なんだもの、どうしたって気になるじゃん。
「あの」というのは、もちろん、コント55号を念頭においてのこと。60年代後半から70年代前半にかけて、ぼく(ら)が熱狂した欽ちゃん、そして、ジローさんこと坂上二郎。破壊的なギャグだった。すでによく知られるように、アドリブ連発の奇才・欽ちゃんに対して真面目ふうジローさんのオロオロする様が人気を呼んだが、坂上二郎は意外にクセのある人物で、後の「裏番組をぶっ飛ばせ」における伝説の野球拳で「イヒヒヒヒ」と笑いながら花開く、一方、欽ちゃんは野球チームを持つにいたり、素人いじりに着目しての「仮装大賞」などで後輩を育てつつ生き抜く。コント55号としてのキャリアは短かったけれど、その名は燦然と輝く。
その二人の、こういうツーショットは見たくなかったなあ~と、ぼくは感じた。かつての相棒の「頑張った」姿を前に、脳梗塞からリカバリーしたとはいえ舞台上で気の利いたセリフを口に出来ないジローさん。ナンダカナア……。勝手で一方的なファン心理だけどね。

蛇足だけど、冒頭で、相方のことを「相棒」と書いたが、もちろん「アイボー」と「ダンボー」(暖房)とで韻を踏んだだけ。「アイボー」といえば「相棒」、テレ朝の連ドラ、いま再放送中で、今秋からシーズン6が始まる。来春には映画化も。これ、絶品。相方と二人、大ファンである。そのことは、またあとで。

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2007年8月16日 (木)

それにしても暑い

「終戦記念日」との表現には文句を言い続けている旧帝国軍人の父にすれば「敗戦記念日」の本日、当方の関係する領域では大きな事件が発生も夏休みで対応できず、まあいいか~とDVDを観続けているのだが、ま、それはともかく、朝日新聞は「日本製、相次ぐ欠陥」と書く、戦後62年、そりゃあ~、新生・日本も、還暦を過ぎ、いささか疲れ気味だろうや。ここで触れたこともあろうが、世界に冠たる我が祖国は、さまざまな段階・場面で「制度疲労」「経年疲労」を起こしている。
技術立国たる、日本製の品質の良さは、基本的には、まだまだハイレベルにあるとは思うけれど、それでも、このところ、「製造過程でのミス」が目立つ。前述・朝日の記事は「松下電産の電池」に関するものだが、電池ではソニーも大リコールしたばかり。同日には北海道のチョー名産品「白い恋人」の不正が露呈したが、消費期限などに関するインチキは後を絶たない。建築物の偽装問題も記憶に新しい。これらは「確信犯」のケースもあり「ミス」では片付けられないだろうが、逆に言えば、人的なエラーでもあり、ぼくからすれば「つまらん」。よーするに、避けられたはずだと思うからである。かつて、日本車が米国の高速を走って火を噴いたという話は、その技術レベルが追いついていなかったためであり、いわば、しかたがないこと。ところが、昨今は、製品・商品の安全性に対する考えが軽視された結果のように思える。やればできるのに、やらない。もしくは、きちんとやらない。
大急ぎでフォローするが、高品質・付加価値の高いモノを、しっかりとつくり売っている会社が大半ではある。しかし、そうした場合でも、コスト最優先のツケで疎かにしていることはあろう。潜在的に進んでいる「亀裂」がないとは断言できまい。「モノ」「カネ」はともかく、「ヒト」を大切にしない企業は少なくない気がする。その「人材」の地盤沈下は、もはや明らかではあるまいか。つまり、「2割」で「8割」は支えられるが、「1割」で「9割」を支えるのは、相当にキツイということ。
サービス業での、古来の伝統「キメ細かさ」が伝説と化して久しい。1981年に米国から帰ってきたとき、ぼくは、ホッとしたものだ。喫茶店でレストランで、電気屋さんでデパートで、店員たちの対応は、それはそれは素晴らしいレベルにあった。かの国で、たとえばテレビが壊れて修理に出したら、どれだけのストレスを背負い込まされたか。それが、この国では、場末の料理店ですら、座れば冷たい水が出され、注文した品が忘れられることもなく、会計の際の釣銭に気を遣う必要もなく。さすがニッポンと、あらためてカンドーしたものだ。
が、やがて、いつのまにか、ラーメン屋で日本語が通じなくなり、ファストフード店では笑いのネタにされるほどマニュアル化が進み、扱っている商品の知識を持たない輩が増え、それならいっそ、誰とも言葉を交わすことなくネット通販で購入するほうが簡単で間違いのないとの思いに至り、サービスレベルに差がないなら180円のコーヒーで十分だと気づいた。もちろん、例外はあるし、まじめな対応もなくはない。でも、ぼくに限って言えば、不愉快な目に遭いそうな店はハナから回避するよう、アンテナを高めているから、たいがいは事なきを得ているが、それは、こちらの「努力」の結果でもある。
まあ~、待っていればすべての欲求を満たしてくれた、そんな時代がそもそもヘンだったんだよね。欲しいモノ・サービスは、学んだり探したりして、頑張って手に入れなきゃ。そう、単に誰かに何かに願っているだけでは「平和」は実現しない。なんて、ふむ、それは、きょうの日には相応しい結語だけど、ぼくに似合わないなあ~。もとい。ステキな女性と同様にね……。うん、こうでなくっちゃ。

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2007年8月14日 (火)

残暑見舞い

今週は、人並みに夏休み。多少の作業が残っていて、完全休養日ではないのですけれど、ま、なんにしても、この酷暑の中、すべきことを少し先延ばしにして、ボーっとしています。だいたい、完璧なオフって、こういうワークスタイルだと、なかなかありませんねぃ。こゆって? アタマが茹っているので、説明カット。よーするに「9to5・月~金」ではないということ。いまも黄金週間は仕事していますし、かつては年末年始も、ある種、稼ぎ時。常在戦場と言えば、ちとカッコよすぎ? でも、この言葉、代議士だけの専売特許じゃないしね。
そもそも。日本経済が停まっている束の間も、公共交通機関はもちろん動いているし、ぼくが見ているテレビ関連も、これから観る予定のDVDレンタル業も、コンビにも、さっき荷物を届けてくれた宅配業者も、みなさん、せっせと働いている。普通のサラリーマンが休みとされる土日も祝日も、仕事をしている人たちは少なくない。あえて「普通」と表現したけれど、正しくは「多数派」に過ぎないわけで、だから三連休の前夜に「ではまた休み明けに」とニュースキャスターが挨拶したりするのは、間違いではないけれど、唯一の価値観ではない。つまり、土日などに働く人が「普通ではない」ということはないのである。
だけど、「月~金」を「平日」と称する鉄道の時刻表などは、土日祝を「休日」と断言する。誰にとっての休みなのだろうか。また、午後5時以降は「アフターファイブ」と言われ、「仕事が終わったあとの個人的な時間」と規定される。夜の6時でも7時でも深夜でも明け方でも、働いている人はいくらでもいるというのにね。12月になると「ボーナス商戦が花盛り」になるが(最近はあまりそうでもなくなっているようだが)、賞与のない労働者は珍しくない。20年ほど前、師走に我が家を訪れた不動産絡みだったかのセールスマンは「ボーナスを頭金に」とのトーク、家人が「ウチはボーナスありませんので」と正直に断りを入れると「ご冗談を」と冷ややかに応じた。それなのに15年前あたり、たまさか一部上場関連企業で会社員していて、ついうっかりと、乗用車購入時にボーナス払い併用ローンを選択してしまった。独立後、その数万円の上積みを悔いたが、是非もなし。辛かったなあ……。
このあたりのことは実は自著に詳しいのだが、そのころ(5年前)からずっと、ぼくは、そうした価値観に噛みついている。残念ながら、遠吠えのままの気がする。働くことの意味への画一性は多少、崩れてはいるのだが、むしろ、一時は流行った「多様な働き方」の考えは衰退し、それは「都合の良い働かされ方」だったことが明らかになってきた。当然、働く本人にとってではなく、雇い主にとって、である。フリーターという言葉に仕事をする側における多様性などないと、ぼくは思う。
いかんいかん、またまたホットになってきた。ただでさえ猛暑なんだから、ヒマネタでクールにいこうと思っていたのに。アイスでも食べながら、さて、借りてきたDVDを観ようっと。

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2007年8月10日 (金)

知らず知らずのうちに

本日は、お詫び、というか、自分の不明を恥じようかと。「広島」の項で、原爆が終戦を早めたという「論」への疑問を呈したが、どうやら今日(こんにち)では、その話は常識ではなくなっているようだ。そのうえ、書くのをためらった「ソ連の参戦が引導を渡した」との考え方が広まっているらしい。弁解めくが、ぼくが学校時代に習った日本史では、原爆投下により降伏したという因果関係を消極的ながらも示していたし(もちろん、だからって「しかたない」という認識はありえなかったが)、40年前ころ、日ソ不可侵条約(いまは「中立条約」と呼ぶらしい)を一方的に破棄したソ連の「非道ぶり」は指摘されても、それこそが戦争続行の意思に止めを刺したとは、少なくとも教育の場では考えられていなかったのである。貧しいけど良かったねと美化される傾向が強まっている「三丁目の夕日」の昭和30年代、中国残留孤児の問題など表面化していなかった。そもそも日中の国交回復以前だったしね。
今週は、仕事のピークながら、原爆投下にまつわる話に触れるいくつもの機会があった。そして、ぼくの受けた教育がいまや古くさくなっていることに気づかされたのである。やはり時間の経過はスゴイ。「原爆は実験」とか「ソ連参戦はアメリカの陰謀」などは、当時は単なる憶測でしかなかった(はず)、あまり大きな声では話せなかったように記憶する。「秘話」が表に出る一方、「事実」と思われていたものは後退し、たしかに、史実なんてものについては、まだまだ「確定」は難しいようだ。卒業以来すでに、それまでの2倍の時間が流れているのだ。あのころの「非常識」が「常識」となっても、不思議はないね。逆に、「あの武士の姿」が足利尊氏ではないらしいということで明記がなくなったというんだから、いやはや……。
かつて、「いまはまだ」現実を知らない自分がいた。恋に恋したり、ただ夢を見ていたり、「べき論」を好み、理想主義に燃えていた。それが、知らず知らずのうちに、恋も愛も「現実」の前に色褪せ、夢は実現しないから夢だと諭され、「それが現実なのだから仕方ない」に慣らされ、ぼくは成長し、オトナになり、やがて、知らず知らずのうちに、現実そのものに追いつかれ、追い越され、ぼくの見ているはずの現実は旧い現実となり、「いまはもう」現実を知らない自分がいる。これが、老いなのか。
いささか大げさな言い様かも。もうひとりの自分は「なに粋がって~」と呆れているかな。相方にも「いちいち大袈裟なのよ」と冷やかされそう。うん、言うほどには老いてないか。まだアオい?
蛇足だが、ぼくは、87歳まで生きたいと願っている。2039年だ。そう、あの、1963年にダラスで起きたケネディ大統領暗殺に関する、全ての資料についての機密扱いが解除される年。冥土の土産話にしたいのである。長生きできるような環境にはないけどね。
本日のBGM:タイトルのまま(by ダウン・タウン・ブギウギ・バンド/デビュー曲'73=まったく売れず→2004年当時の、宇崎竜童本人による弾き語りが、ここに http://www.netcinema.tv/bbmf/ こんなものが聴けるとは、ホンマにエエ時代やわぁ~)

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2007年8月 9日 (木)

さあ秋だ

長崎には修学旅行で行ったことがある。そのときの記憶はあまりない。18歳、人生なんてまったくわかっていないガキだもの。ま、いまでも、よくわかっていないけど。九州は、その修学旅行と仕事で、福岡、佐賀、宮崎、熊本には踏み入れているが、大分は、どぉなんだろ。鹿児島は行ったことがないはず。沖縄には行かない。観光客としてお金を落とす必要性もあるとは思うのだけれど、それはぼくの任ではない。遊びで沖縄へ行く気にはならない。サイパンやグァムも同様である。つまらんこだわりだとは思うけどね。
四国では愛媛と高知を知らない。愛媛にはどうしても会いたい人(もちろん女性)がいるんだけど。なかなかチャンスがないなあ~。鳥取県にも足を運んだことはないか。関西・中部圏は制覇した。関東はもちろん。東北もとりあえず全県に足跡を残した。北海道にも何回か。そうすると、あと5つくらいか……、沖縄以外には、とにかく行ってみたい。愛媛なんかは道後温泉もあるしなあ、鳥取砂丘も歩いてみたいよね。鹿児島ではいまなお噴煙を上げる桜島を間近に見たい。大分はもちろん由布院温泉。だけど、当方のベースからはいずれも遠隔地。これからでは、難しそうだ。
だいたい、行ったことのある40県ほども、たとえば秋田なんぞは秋田市に仕事で日帰りだし。山口県も通過しただけかも。広島も、厳島神社はいいとしても尾道は見てみたいが、でも坂道かあ~キツそう。黒部ダムも、大変そうだけど、行きたい。竜飛岬もイイね。北海道も広いし、札幌には何度も行ったが、宗谷海峡くらいは見たいなあ。オホーツクの海もね。若狭湾はカンベンだが、そういえば、まだ中学生くらいだったから、原発のない時代、泳ぎに行ったことがある。
海外の話を始めたらキリがないけれど、国内だって未体験ゾーンはたくさんある。温泉については以前にもここで触れたが、浸かってみたいお湯のリストはズラーっと(あったのだがPCクラッシュで全データが消えてしまった……)。いや、もう一度行ってみたい場所だって枚挙に暇がないぞ。最近では妙に人気らしい西伊豆の戸田とか、ベタだけど熊にさえ襲われなければ軽井沢とか、京都なら何遍でも百万遍でも。すっかり有名になっちゃった宮崎のシーガイア、気恥ずかしい思い出の兼六園。あぁ、大阪のとある店のお好み焼きとか、食べ物にまで拡大したら、終わらなくなってしまう。
人生は短い……。
なんて、そんな感傷に浸っている場合でもなかった。まずは、明日(おぉ、きょうだな)は東京都心へ。取材だ。何の色気もない。悲しいね。秋だというのに。

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2007年8月 8日 (水)

土用波

このタイトル、使いたくて使いたくて。やっとv(^^)v って、中島みゆきファン以外には「?」ですかね。ぬははっ。
立秋です。残暑です。1週間前あたりからやっと夏本番なのに、もぉ「残」ですか? はい、そうですね。そういう取り決めですから、先人の教えは大切にしましょう。というか、あれ、これ、前に書いたかなあ~、確認する手間ひまを惜しみ、書いちゃおう、いま「お盆休み」前の修羅場なので、という言い訳で。あはっ。んとぉ、感覚的には、いまがたしかに「盛り」だけど、それだからこそ「残」と言って、暑さももう少しのシンボーだよ、もうじき終わりだからね、暦の上では秋だからね~、と言い聞かせているのではないか。そう解釈すると「残暑」という言葉、なにかしらの「気分」を反映していて、面白し。
さて、土用のウナギ、食べました? あたしゃ、とても食べられませんねぃ……国産の高い鰻は。そもそも、年に一度、夏の土用に、栄養不足に陥りやすい時期だから、ビタミン(だっけ?)たっぷりで旨い鰻を食する、という習慣だろう。だけど、言うまでもなく、現代は年中、美味しいものが食べられるわけで。栄養価なんて、基本的には気にする必要ないわけで。サプリメントも豊富なわけで。一方、鰻そのものも、いつでも、どこでも、手に入るようになった。だから、年がら年中、食べる。だから、国産ものだけでは足りなくなった。そもそも天然ものでは需要に追いつかず、養殖全盛に。で、食糧の自給自足に無関心なぼくたちは、解決策を海外に求めた。その結果が、これ。つまり、中国産ウナギのオンパレード。かつては、ぼくも買っていました。安いからね。でも、やっぱし、手が伸びなくなる。すでに、いろいろなモノに毒されている身とはいえ、発がん性物質が検出されたと聞けばね。
だけど……、ちょっと冷静になって考えると、んぢゃ日本製は本当に安全なの? 米国製はどぉ? って思っちゃうよねぃ。この国の農作物だって、かなりの農薬依存だし。そりゃ、それらは「安全」だと言われている。でもね。遺伝子操作だって、なんかさ、専門知識はないんだけど、本能的にヤバイって。「雑草に強いトウモロコシ」というシロモノに、ぼくは、なんとなくだけど不安を感じる。人間に都合よい農作物、それ自体が論理矛盾のような気もして。じゃ、「無農薬」がいいのか。「無」といっても、いろいろあるみたいで。「有機栽培」も、同様らしく。もはや、カラダに悪くないものなんて手に入らないのかもしれないね。
このネタ、もっと広がる余地はあるんだけど、前述のごとく、こんなことしてられる余地はないのよね、いま。とにかく、タイトルだけで書いた。ご容赦。
本日のBGM:言わずもがな(^^)

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2007年8月 7日 (火)

「美しい国」の「醜い政治家」

「広島(HIROSHIMA)」。この言葉の持つ重みが全人類に普遍化されていない事実が、悲しい。さすがに本日の式典では「いかなる理由があっても赦されない」とされたが、原爆投下を正当化しようとする向きがあるのは事実。そこが、さらに悲しい。すぐれて個人的な意見、というか感想なんだが、自分なりに先の戦争について学んでみると、そもそも、2発の原爆が本当に戦争終結を早めたのか、疑問に思う。専門家ではないから前提となる資料や事実、要素に客観性はないかもしれないけれど、ぼくには、原爆の恐ろしさは、その後の調査で明らかになったもので、そのとき、そのために降伏しようという気になったとは、どうも考えにくいんだよね。
当時の大日本帝国は、原爆についての情報を少しはもっていたのではないか。「新型爆弾」という表現ながら大本営は投下後すぐに、破壊力の強い爆弾を落とされたと発表しているし、ある程度は「やらるかも」と予測していたんじゃないかなあ~。日米は、開戦前にはけっこう良好な関係があったといえるし(それでいて戦火を交えてしまったのだから、なんとも……)、軍人すら交流していたわけで、科学者同士の情報交換もそれなりにあったはず。原爆の開発そのものは国家機密だとしても、いまふうに言えば「ヤバそう」くらいの推測はあっても当然じゃないかなと思う。つまり「想定内」ということ。
それに、被爆直後は、どうやら正確な犠牲者の数がわかっていなかったようだ。敗戦当時の調べでは、広島は7万人、長崎は2万人といわれる。その後の「累計」でこの数字は合計35万人に膨れ上がるのだが、1945年末の段階ではまだ14万人程度だったらしい。放射能の被害も日米共に、きちんと把握していなかっただろう。ということは、8/10あたりの時点では「悲惨な結果」とは認識されていなかったのではないか。
3月10日の東京大空襲での死亡者数は、いまなお正確な統計はないようだが、8万人とも10万人ともいわれる。大阪では45年3~6月で合わせて1万人が死んだという。戦争中の空襲による被害総数はよくわからないが、少なくとも10万人を上回る。あくまでも数字だけの話だが、被害の規模としては、空襲も原爆も似たようなものであるとはいえまいか。たった一夜で10万人が死んだ。それでも手を上げなかった。人の命を何とも思わない(と断言しても差し支えないだろう)軍部が、2発の原爆での被害にビビったとは、にわかには信じがたいのである。
戦争被害ではないが、関東大震災での死亡者数は、これまた正確な数字は不明ながら、ざっと10万人。誤解されぬように。原爆の被害が大したことはないと言いたいのではない。当時は「人類史上最悪の兵器」と認識していなかったのではないか、と疑っているのだ。それゆえ、原爆が終戦に結びついたというストーリーにも、素直に頷けないのである。「カミカゼ」特攻隊まで許容していた当時の日本帝国政府が、原爆によって「万事休す」と判断したとは、どうも同意できないんだなあ。アメリカはね、そりゃ、そういう「神話」でいいだろうさ。落とした側なんだから、「非人道的」なんて謗りは免れたいだろうし、戦争を終わらせるために正当化したいのは、理屈としては、一応わかる、もちろん認めるはずもないが。
だけど、日本は、そういう話に組していいのか。すでに、その年の春ごろから降伏への道筋を探っていたのだし、つまり負け戦になっていたのだし、原爆など落とされなくても、早晩、降伏するしかなかった。言い換えれば、原爆は、使いたいやつが使っただけ。これは歴史家も指摘するように、戦後処理で優位に立ちたいために、アメリカがソ連に先んじ「実験」したわけで、戦況への影響はなかった。
ぼくが先の「原爆しようがない」発言で最も腹が立ったのは、この点だ。原爆投下が戦争終結を早め米軍人の戦死者拡大を防いだ、という言い訳は、あくまでも加害者の論理であって、被害者として看過できるものではない。まして、この国の現職閣僚の発言としては、とうてい容認できない。その大臣をいったんは庇った政治家がのたまう「美しい国」なんぞとは、笑い話以下である。「アメリカの言い分を紹介しただけ」という説明もそれ自体が嘘であったことはすぐバレたが、百万歩譲ってそうだとしても、単純に「紹介できる」メンタリティに恐ろしさを感じる。「紹介しただけ」で大臣失格である。かの総理には、おそらく愛国心がないのであろう。当時の流行語で言えば、我が祖国の最高権力者は「非国民」だ。「戦後レジュームの脱却」とは、まさしく、こうした政治家を放逐することではないだろうか。

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2007年8月 5日 (日)

BOBBY

「ボビー」というと、千葉ロッテマリーンズの監督ボビー・バレンタインのこと? ぼくには地元だしね。野球なら、ニューヨーク・ヤンキースのボビー・アブレイユもいるけど、日本では監督のほうが有名だろなあ。帰化したボビー・オロゴンもこの国では知られている。R&Bのボビー・ブラウンをイメージする人もいるだろうね。
で、今回は映画の「ボビー」。
その愛称で親しまれたロバート・F・ケネディが暗殺された1968年6月5日に、事件が起こったアンバサダーホテルに居合わせた人々を描いた群像劇である。いわゆる「グランドホテル」というスタイルだ。エミリオ・エステベス監督は、この作品にも出演している俳優のマーティン・シーンの長男だ(チャーリー・シーンは弟になる)。婚約していたこともあるデミ・ムーアや、そのデミの現夫アシュトン・カッチャーが出ていたり、そのほか、ハリー・ベラフォンテやアンソニー・ホプキンス、ウィリアム・H・メイシー、クリスチャン・スレーター、シャロン・ストーン、イライジャ・ウッドら豪華キャスト陣も話題だったそうだが、実は、公開時(全米では昨年11月、日本はこの2月)には、この映画のこと、まったく知らなかった。つたや店頭で初めて、DVDのパッケージを見て即、借りた。観た。感動した。
映画評は苦手なので、深い感銘をうまく伝えられる自信がない。事件の謎解きではないし、サスペンスタッチでもなく、その種のミステリーファンは落胆かも。俳優たちの生の人間関係にニヤリとする面もあるとか。一般には、若い日本人には不向きらしい。でも、アメリカの理想主義やケネディに興味のある方は、とにかくどうぞ。時間を無駄にすることだけはないと思う。
ジョン・F・Kのときは、周知のとおり、日米衛星中継のスタートにぶつかり、テレビはいきなり「悲しいニュース」を伝えたのだが、当方、小学生でピンとこず。RFK暗殺は16歳の多感なころで、それなりの衝撃を受けた。後に、ロサンゼルスに住み、この名門ホテルを見学した。マイベスト「卒業」(1967年)のロケ地でもある。仕事などで、何度も訪れた。ちなみに、映画のクライマックスで「サウンド・オブ・サイレンス」が流れる。これが、泣ける。アンバサダーホテル解体工事のかたわら、撮影が進められ、ギリギリ間に合ったという。つまり、もう存在していないのか……。
そうしたエピソードも花を添えるが、なにせ時代は1968年。RFKの直前、マーチン・ルーサー・キング牧師が殺されている。ベトナム戦争は激化の一途。プラハに春が訪れる。パリの5月革命とフランスの核保有。そして共和党ニクソンの大統領当選。
映画のなかに、チェコスロヴァキアからの女性記者が登場する。RFKにインタビューを申し込むが、鉄のカーテンの向こう側であるチェコには自由選挙などないからという理由で拒絶される。彼女は誇らしげに反論、ドプチェク共産党第一書記の名を口にする。言うまでもなく、その年の8月にソ連侵攻、21年後のドプチェク復権までチェコには冬が続くことになる。
そんな時代背景こそが、この映画のメインテーマなのかもしれない。ラストに流れるRFKの、反暴力・反差別を訴えるスピーチは心を打つ。蛇足だけど、ぼくが好きなアメリカには、欺瞞に満ちた部分もたくさんあって、明日8月6日は9日とともに「超バカヤロウ!!」国家のシンボルでもある。手放しで礼賛する気はない。けれど、こういう映画をつくってしまうところが、なんとも、ステキなんだよなあ~……。
あぁ、それから、チョー個人的には、大好きな女優ヘレン・ハントを久々に堪能できたのも望外の幸せ。

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2007年8月 4日 (土)

スモーキン’ブギ

関東圏での、ある日の、タクシー車中にて。タバコの完全禁煙の話になった。というか、「そんなのムリですよ」と、ドライバー氏、大いに嘆く。愛煙家だそうで、ゆえに「お客さんに対して喫うなとは言えませんよ」。喫える場所がどんどんなくなってきたため、いまやタクシーの中は唯一、安心できる喫煙空間なのだとか。なかでも、「若いOLさんの客が多い」と。「まさか街角で立って喫うわけにもいかないし」と、かなりの理解度。そりゃ、ま、そうだろなあ~。アメリカではかなり以前から規制が厳しくて、みなさん、ビルの横手とかで灰皿スタンドを囲うように喫っていた。歩きタバコも珍しくなく。それは女性も例外ではない。なにせ、男女同権国家。日本でも最近は、そうした姿を見かけるようになった。コンビニの店頭には灰皿が常備されているほど。が、しかし、この国ではやはり、女性の歩きタバコには、相当の抵抗があろう。だいいち、各自治体で路上喫煙が規制されるようになってきていることだし。
前述の、出張復路は、最終の新幹線「のぞみ」を利用したのだが、最新の「N700系」という車両だった。テクノロジーについては専門サイト・ブログをご覧いただくとして、乗り心地が快適とかいうよりも、最も驚いたのは、全席完全禁煙だったこと。不覚にも知らなかった。ネットで調べたら嫌煙家諸氏にはとても評判がよい。当然だろ、いままでの分煙スタイルでは、においの点での不快感は避けがたい。ハナから禁煙なら、においの問題はゼロだものね。で、当方、別に2時間半くらい、どぉってことないが(いちお「卒煙」ですしね)、ついにそういう時代がやってきたか、と感慨ひとしお。
この「感慨」、全面ポジティブではない。たぶんにネガティブである。理由は大きく2つ。まずは、新幹線=JRに関連して、日本国有鉄道清算事業団(旧国鉄)の負債の返済に「たばこ特別税」がある事実。28兆円もの巨額の赤字は、なにも当事者の国鉄の責任だけではないのは周知だし、それを棚上げにして、つまり無かったことにしてのJR(本州3社)の好決算じゃん。喫煙者のみに負担を強いる税金により、毎年、2500億~2000億円くらいが債務返済に投入されているという。もちろん元本の返済には回るべくもなく、利息の一部に充当される程度だろうけど。それで完全禁煙かい。ナンダカナア……。
そもそも、だったら非合法にしろよ。そう、2番目の理由は、喫煙は合法なのに、こんなに厳しく制限していいのかという感想である。健康に悪いのは事実だろう、けれど、アルコールをはじめ、この世はカラダに良くないもので溢れているし、それだけでは理由にはならない。80歳90歳のご長寿が、いかにも旨そうにタバコをくゆらせている姿も否定できないしね。税収の問題もあるし、「禁煙法」は不可能だと承知している。でもね。ここまで「危険物」扱いするなら、いっそ法律で縛るべきではないか。原則はOK。実際の運用でNG。なにやら、この国の「特徴」のようで、その、曖昧な部分に腹が立つ。
なにはともあれ、愛煙家の権利は無いに等しく。てゆか、どうも、このところ、「嫌ナントカ権」ばかりが目立つ気がするなあ……。
本日のBGM、はい、察しのとおり、「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」の「スモーキン’ブギ」です(^^)y-゜゜゜ま、実のところ、「知らず知らずのうちに」とか「身も心も」「裏切り者の旅」などのバラード系が好きなんですけどね。

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2007年8月 3日 (金)

西へ東へ

大阪でタクシーに乗ると(1対1の場合)常に運転手から話し掛けられる。「台風、逸れましたなあ~」など話題は他愛ないものだが、客としての気持ちは和む。そりゃ当方、かなりの話好きだけどさ。だけど、行き先を告げても返事無し、ウンでもなきゃスンでもない、そんなん「サービス業」にあるまじき非礼だよね。会話を交わす気分じゃなければ、行き先の確認とか、最低限の言葉だけでいい。客は、その旨、あっさり表せばよい。「考え事してるから」とかね。何も難しいことはなかろう。そんな常識的なルール(いや、マナーかな)さえ守りたくないなら、タクシードライバーになってはいけない。客側も乗ってはいけない。簡単なこと。
東京あたりでは、でも、あまり楽しい経験がないなあ~。喋りの嫌いな運転手が多いのかも。それでも、半々か。ぼくは、いつもというわけでもないけれど、相当に落ち込んでいるとか、かなりの事情がなければ、フレンドリーに水をむける。すると、たいていは反応してくれる。いまどきなら「暑い」は常套句。で、「やっぱり夏は来るもんですなあ~」などと応じると、笑い声が返ってきたり。だから、まあ~、たぶん、車中での会話のニーズがないんだね。あの狭い空間で、両者ともに沈黙を堅持するって、けっこうシンドイ。と思うのも、こっちが旧いタイプだからかな。近頃は、何とも感じないんだろか。
だけど、関西では、黙ったままというのはめったにない。ホント、お喋りさんが多い。地域性っていうものかもしれない。「景気」の話なんか、オールマイティだ。ぼくは、必ず「マーケティング」する。ひところの大阪は、元気がなかった。「みんな東京に行ってしまう」と嘆く声高く。関西の地盤沈下・東京一極集中を実感。政治家への悪口は、盛り上がる。「首相の顔つきが最近、悪くなってきた」なんてテーマは愉快だ。それでも、政治ネタは慎重にしないとね。
で、今回は、面白いドライバー氏と出遭った。本業は印刷屋さんだという。それだけでは食えないと、ときどきハンドルを握るんだとか。業績悪化のひとつがデジタル化と聞いて当方やや複雑(^_^;) だよねぃ~。こちとら、なにせ、それで食ってる。正直に告白した。人の好さそうなオジサン、といっても当方より若干年上ていど? 話に乗ってきて、活版印刷・オフセット印刷など、懐かしい単語のオンパレード。短い乗車だったので話に花が咲く前に終わってしまったけれど、降りるとき、「がんばってくださいな」なんて。客の発言とも思えず。でも、これも一期一会。
公共交通機関があるときのタクシー利用は、ややゼータクではあるが、8割方は「リサーチ費用」だと、ぼくは思っている。経理担当は認めないだろうけど。
本日のBGM:井上陽水「東へ西へ」って、べつにジョークではなく、新幹線車中で陽水のアルバムを聴きつつ惰眠も少々。

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2007年8月 2日 (木)

ムリをせず

8月は、この国にとっての「スピリチュアル月間」、その始まりにあたり何か書こうと思いつつ、出張の用意などしていたら日付が変わってしまった。うぅむ。台風直撃の西日本への移動なので、嫌だなあと思いつつ、これも仕事、是非もなし。ふぅむ。朝が早いので、そろそろ寝なくてはいけない時刻。時刻といえば、かつては新幹線の時刻表は必須アイテムだったけれど、いまやバス並みとはいかないまでも、いや鄙のそれよりはよほど本数が多いのは言うまでもなく。駅に着いて、発車5分前あたりから順に空席を選べばいいだけ。自由席なら、飲み物を買って(ホームでは選択肢が狭まるからね)飛び乗る。近郊線の自由席特急と変わりなくなった。
日帰りなら「旅の支度」など不要。以前はケータイの(でっかい)充電器が必須アイテムだったけど、いまは1日ならワンセグももつ。かつて(昔話ばかりネ)ノートタイプのPC(256色のカラーモニター)が出始めのころ、予備のバッテリーを持参しないと往路で消耗してしまったけれど、ケータイがあればモバイルPCも不要。車中で音楽でもというときも、カセットを何枚か持っていくので嵩張ったけど、デジタル化で非常にコンパクト。カメラもデジタルだから予備のフイルムは要らない。そのかわり乾電池が必須になったが、これも、いまやどこにでもあるコンビニに常備。エエ時代になったなあ~。
62年前の8月、こんな世の中がやってくると想像していた人はいまい。ありがたや。生きて再び戦渦に見舞われる可能性も減った。ちょっと前まではリスキーだったけど、我が祖国の民は賢明である。6年前に「和製ヒトラー」が登場したとき、そのことを公の場で指摘したぼくは随分と「庶民」に叱責されたけど、その2代目は果たして初代ほどの革命家ではないようで、軍靴の響きが大きくなる危険性は、とりあえず拡大しないもよう。楽観的すぎるかな……。

唐突ながら、小田実が逝き、阿久悠も逝った。前者についてはまた触れる機会もあろう。後者とは、もちろん何の縁もないが、ぼくは、この人の作詞では、第1期「かぐや姫」の代表作「酔いどれかぐや姫」にシビレた。あまり知られていないと思うけど。本命筋では、多くのオヤヂたちと同様、「時代おくれ」が好きだ。「目立たぬように はしゃがぬように 似合わぬことは無理をせず 人の心を見つめつづける 時代おくれの男になりたい」って、ステキだよね。合掌。

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