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2007年7月28日 (土)

長めの蛇足

これも「神がかり」な話である。渡米し、就職して2年目だから26歳のとき、亡き祖父の存在を感じる一瞬があった。空前絶後というか、55年生きてきて、そんなことは、ただ一度だけ。いや、「占い師の宣託」に比べたら、もっとオカルティックだろうね。

その日も、せっかちなぼくは、ロサンゼルスのダウンタウンの横断歩道で信号が変わるのを少しイラっとしながら待っていた。現在でもそうだが、信号待ちが嫌いなのである。でも、待たずに済ますことは不可能だ。仕方ない。で、せめて、歩行者用の赤が青になるのを待ちつつ、目の前の車道を走るクルマ用が青から黄色に変わるのを見つめる。黄になれば次は赤、つまりクルマは停まり、人が歩ける。単なる待ちの姿勢から、歩き出す態勢をとる。そしたら、赤を認識して即、渡り始めることができる。ほんの1秒か2秒の差に過ぎないことは承知している。信号無視する勇気はない。ただのイラチ。周囲に先んじる、そのたった1秒が心地良いのである。
果たして、黄色が点った。さあ……。会社の近くの横断歩道、切り替わりのタイミングは承知している。目の隅で赤を待つ。行くぞ……。心の中でカウントダウン。3、2、1……何かが、ぼくを、止めた。人間ではない。誰も、ぼくの洋服の裾など掴んでいない。でも、何かに制止された。秒読みは、ゼロ。赤になったのを認識。でも躊躇した。目の前の信号も青に変わった。周囲の人垣が動き出そうとしていた。だけど、動けない。何かが、ぼくをフリーズさせた。
と、白っぽい乗用車が1台、突っ込んできた。猛スピードではなかったが、あっという間に、視界の右から左へと流れて消えた。ぼくの、すぐ目の前でのことだった。いつもなら……。そう、ふだんのぼくなら、秒読みが1の段階で一歩踏み出している。ゼロの時点では、二歩目から三歩目の態勢になっているところだ。
間違いなく、その信号無視のクルマに撥ねられていた。最低でも、接触していた。命に関わる事故が発生していたか、それはわからない。打撲程度で済んだかも。でも、同様に、大怪我の可能性も否定できない。最悪なら……。ずっと後になってからは、まさか死ぬようなことはなかったろうとは考えた。が、いずれにしても、無事ではいられなかったはず。それだけは確実だ。
さて、ぼくを「救った」のは、いったい何だったのか。正解は、もちろん知らない。知るはずもない。はっきりしているのは、「何か」に止められた、それだけ。その「何か」に、ぼくは、祖父の「意思」を感じてしまったのである。論理的になんか説明できない。単なる直感。そう感じた、としか言い様がない。あえて理屈をつければ、「せっかく、ばーさんのところで、占い師のおっさんに遇って、耐えろとアドバイスされ、それによって運命が変わり、ついにはアメリカで新聞記者になれたのに、ほんの僅かなガマンができずに、その新しい運命を無駄にしては、いかんぞ」というような、そんなメッセージを、10年以上前に他界した祖父から受け取ったように思った。
祖母の話をしたけど、もちろん祖父にも溺愛された。初の直系男子だもの。庶民レベルでも、そりゃ、熱望したさ。強烈に可愛がられた。ただ、ぼくが中学生までの、まあ短い時間だったけど。
横断歩道を無事に渡りながらシリアスなことを考えていたわけではない。ホッとした、よかった、胸をなでおろした。そんなていどだ。だが、以来30年もの間、ずっと、その体験を引きずっている。記憶にしっかりと留めている。それからは、横断歩道を渡る際には周囲に注意するようになった。いまでも、せっかちさはそのままだが、周りをチェックしながら、赤から青への切り替わりのタイミングを計っている。青になっても、まだチェックする。原発事故でも死にたくはないが、交通事故死は嫌だ。「ぼくの最期」にふさわしくない。それが、祖父の「遺言」だと、勝手に思い込んでいる。

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