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2007年7月27日 (金)

「緊急避難先」

ぼくが、いわゆる「神仏」を信じない人間であることは、ここでも何度か触れたと思う。若いうちに、本質的な内容などまるで理解していないのにニーチェの「神は死んだ」のみを記憶にとどめてしまったりマルクス・エンゲルスなんかにハマってしまったり、そのくせ、そのころはまだ、正月の初詣で「合格しますように」とか「カノジョとうまくいきますように」とか他力本願も極まれりのムシのいい願い事で頼ったり、競馬で「万馬券を当てさせてくれ」と祈ったり。げに、若さとは恥だ。
それはさておき。20代前半で、自助努力なしには誰も助けてはくれないことに気がついた。遅いか早いかは、知らない。が、神の存在を持ち出しても苦難には克てないと思ったのは事実(だと思うが、なにせ、ぼくは「人は自らの過去を捏造する」信者だからなあ……)。
それはさておき2。「不思議な縁」とか「理屈では割り切れない何か」を全否定もできない。記憶に残る最初の出来事は、23歳の秋。前項「緊急避難先」の話である。

70年代前半、大学を卒業せず社会に出たぼくは、いきなり「学歴」の壁を痛感。なんとか就職したものの、あっさりと自分の将来に絶望しかかっていた。仕事は、まったく楽しくなかった。輝いていそうだった職場は、実は重い灰色に満ちていた。旧態依然。「理」より「情」。組織とはそういうもの。なべて新入社員は、現実と理想とのギャップに直面するものだろうけれど、あっという間の幻滅。「こんなはずでは……」。同僚との交歓やら、部分的にはエンジョイできる面もあったけれど、「こんなの、ぼくの人生じゃない」と。生意気ではあった。そのうえ、かのカノジョとの仲も「長い春」的要素を帯び始めていて、いわゆるマンネリ化。
9月下旬のある日、ついに出社拒否症候群に襲われる。会社に通じる道へ左折することが、どうしてもできず、直進。そのまま、新幹線に飛び乗り、大阪へ。祖母の家に、逃げ込んだ。もちろん、60過ぎのばーさんを心配させていいわけがない。事情は晒さず、休暇だと言い繕った。祖母は歓待してくれた。「おつくり(刺身)を買いに」と、近くへ出掛けた。ほどなく戻ってきて、驚愕の発言をする。まさに「驚愕」という単語は、こういうときのためにあるのですね。
祖母には、そこそこ信頼している占い師がいた。折々に占ってもらっていることは聞いていた。まあ、寡婦となって10年くらいか、いろいろと相談事の必要があったのだろう、その延長だとは思う。「お告げに従え」といった強圧的なことは口にしていなかったからね。その人物に、たまたま道すがら遇ったのだという。聞けば、路上で遭遇することなど初めて。その後もなかったらしいが、そのへんは保証の限りではない。とにかくも、孫が来ていることを告げる。すると、その占い師は、いきなり「お孫さんは、いま重要な分岐点にいる」と発言したそうだ。
祖母は、ぼくの遁走を知らない。多少は、何か変だなと気づいていたかもしれない。それにしても、そのあたりを察して占い師を頼ったわけではない。それ以前に、孫の将来とかで何かしら相談していたことはあるかもしれないから、ぼくの存在そのものは認識していてもおかしくはない。ただ、そのとき、その人物に、ぼくの現況に関する十分な情報は、伝わっていない。それだけは確実だ。なのに、その占い師は、ぼくの抱えている内面にグサリと立ち入ってきたのだ。
「あと3か月、我慢せよ」と諭したらしい。そうすれば、道が開かれる、とも。すべては間接伝達なので、実際の正確な言葉はもはや不明だが、「どんなにいまの会社が嫌でも3か月は辞めないで耐えろ」と、ぼくは受け止めた。どのような新しい可能性がもたらされるのか、具体的な道筋は全然見えなかったけれど、年が改まれば「運命が変わる」といったような言い方をされた。
ぼくは、信じた。いや、本当に信じたのかなあ……、いろいろと行き詰っていたから、何かしらの打開策を求めていたわけで、とりあえず、そっちの方向にいってみるか、というような消極的選択だったろう。あと3か月勤めれば1年になる。最低1年くらいはね。時代はまだ1970年代だし、フリーターなんて言葉・概念はなかったし。積極的に信じたのではない証拠に、祖母のもとに1週間、ぐずぐずと居続けた。
そして、やっと帰京。会社に詫びを入れ、最初の3日間くらいは無断欠勤だったので減給処分なんぞ食らって、同期が先に飛び出て行ったのを横目に、必死に暮れのボーナスを待った。予想通りの僅かばかりの金額を目にし、決心をさらに固めた。新年を迎え、勤続1年となり、退職願を出した。
退社から2週間ほどで、ぼくは渡米する。76年2月。明らかに、ぼくの人生は、ひとつの曲がり角を曲がった。結婚相手と出会うのは、その5か月後。前にも述べた、カノジョとの「シンデレラ・エクスプレス」まで、あと1年と7か月。憧れの新聞記者という仕事を手にする、2年前のことである。
あのとき、逃亡先の大阪で、あの占い師の「助言」を得ることがなかったら? あの段階で会社を辞めていた。それは間違いない。いずれアメリカへ渡ることはあったとしても、まずは次の仕事を探しただろうし、どこかにもぐりこんだはずだ。時間の流れはかなり変わっていただろう。なにより、カノジョとの関係が、果たしてどうなっていたか。消滅への道はやはり辿ったかもしれない。でも、もっと曖昧な日々を続けていただろう。「シンデレラ・エクスプレス」の裏側にある状況は回避していたかもしれない。となれば、女房となる女性に遭遇しなかった可能性は、小さくない。出会いはしても、その後の展開はかなり異なったろう。だとしたら、いまの相方とも……? まあ、あまり「if」の話ばかりしてもね。
とにかくも、いったいどんな運命の扉だったのか、その総括はまだできないが、ひとつの大きなドアを開けたのは間違いない。「何か」を信じたくなるのも、無理はないでしょ? って、「何か」は、いったい何なんだろうなあ……。

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