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2007年6月28日 (木)

「女らしさ」

そんなわけで(もはや、ほっといてね~)、前項へのコメントにもあるように、ぼくは、相方のことが大好き(って、どこにそんな記述が……)なのだが、それは、彼女が「女らしい」からか。一般に、「男らしい」女性に惚れるのは難しい。でもないか。人それぞれだよね。でも、まあ、ふつう、ね……。よくは知らないが、怖いキャラで有名な女子プロレスラーの何とかさん、同業の夫からしたら、試合のときは勇猛果敢であっても(だから評価することはあっても)、プライベートでふと見せる「女っぽさ」にギブアップしたのではないか。勝手な推測だけど、しかし、人間としての優しさは大切だろう。

ぼくが「男らしさ」に違和感を覚えるのは、そこに「常に強くあれ」という、信仰めいた欺瞞もしくは願望を感じるからだ。人は、弱い。全人類を何回も繰り返し殺せるほどの破壊兵器を大量に所有することで世界最強のアメリカが君臨している事実。ぼくらは武器なしに強くなれない。そこで、気持ちとか感情とかを、強く持つことが期待される。何かしらの目的達成のために強い意思で頑張るわけだ。そして、結果、生まれるストレス、その解消のために酒を飲み、遊び、「オン」から「オフ」への切り替えを願う。
人は弱いというところから出発すればいいのに、「マッチョ」タイプほど認めないから、苦しさが際立ち、「オフ」モードへの切り替えもうまくいかず、果ては、違法行為に手を染めてまで開放感を求めてしまう。そんな例はイヤというほど世間にある。ぼくは、前述・翁の「公私融合」論者だから、「オン」「オフ」は限りなく曖昧にしたい。「オン」でもストレスを溜めないよう努めている。そのかわり「オフ」でも完全には仕事から解放されないけれど。

人間の弱さを教えてくれたのは太宰治。同時に、弱いままでもダメだとも。強さの必要性は三島由紀夫に習った。同時に、強くあらんとの欲求の儚さも。二人とも自死した。その轍は踏むまいと考えた。弱さと強さとの間をヘラヘラと生きていこう。なかなかに難しくはあるが。人生はそれだけでドラマチックだから、そりゃ、いろいろと心も揺れる。先達の例に倣いそうになったことも、2度ほど(うち1回は以前、ここに書いた。もう1つについては、いずれ)。

ぼくは、「女の弱さ」を盾にするのは嫌いだ。涙を見せれば男は落ちる? アホぬかせ。元始女性は太陽なのである。人間としての弱さなら、いいけどね。人としての弱さを知る女性は、強い。強いけれど、その強さを盾にもしない。そんな女性が好きだ。相方は、そういう人物である。どちらかといえば、男っぽい性格だなあと、ときおり感じる。歩んできた人生に起因するものだろう。本人は否定するかもしれないが、自分の足で頑張って歩いている、その姿は、凛々しい。負けず嫌いなだけかもしれないが。泣きたいこともたくさんあったろうに。といって、「女らしい」面も持っていることを、ぼくは知っている。「優しさ」は弱さでも強さでもない。女の専売特許でもなく、もちろん男のそれでもない。
そんな彼女が、一度だけ、ぼくの前で涙を見せたことがある。その瞬間が、いまに通じている。あの涙がなかったら、ぼくの相方にはなっていまい。げに、女の涙は最強の武器だ。なんだか、矛盾に満ちた話のようですね。うん。でも、本当のことなんだもの、仕方ない。人生なんて試行錯誤の連続。右往左往するもので。ガチガチに固めたイデオロギーで生き抜くには、いささかシンドイ。ドーンと落ち込むこともある。その一瞬に、「女らしい」一面をみてしまうと、これは、もう、愛です。

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