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2007年6月25日 (月)

こどもなんてどうでもいい

前日のネタの続きみたいになってしまうが。そりゃそうだ、書いてる当方としては、時間的に連続していて、意識はもちろんつながっている。
「こども」の扱いが最近、おぞましい。「こどもらしさ」は、もう死語なのか。

たとえば、テレビ番組で。妙に大人びた言動のこどもを、出演者が笑ったりするシーンに違和感を覚える。番組スタッフと「ため口」のガキは、本来、否定されるべき対象だが、そこを笑うのは、あくまでも「嘲笑」ではないのか。「純真」なはずなのに色気づいた「告白」をする、その可笑しさは、際物ではないのか。つまり「ズレ」だよね、建前と本音との。それを、ゴールデンタイムに「家族みんなで微笑ましく」観る。それでいいのか。「良い子が見ない」深夜放送の「本音丸出し」の範疇だろう。
極論すれば(と言いつつ、そんなに過激だとは思っていないけれど)「純真無垢」は「厚顔無恥」の同義語でもあるのだから、生意気なガキのオバカな喋りを、無前提に、おとなが拍手し歓迎してしまったら、やつらは「これでいいのだ」とばかり、傲岸不遜になろう。正しくないことに気づかず、勘違いしたまま成長したら、アホなおとながひとり、また増えるに違いない。

少し横道に入るけれど、たとえば映画。サスペンスまたはミステリーの類で、こどもが登場すると、もういけない。この子は、どんなに危険な状態に陥っても、まず死なない。ストーリーは、それで読みやすくなる。父親が「待っていろ、必ず助ける、約束だ」なんて口にしたら、あぁ、ダメだ、幼子は無事でも、このお父さんは還らぬ人になると思って間違いない。展開への興味は半減する。
フィクションとはいえ、こどもを殺すことに、世界は、つまりハリウッドと日本は、ためらう。どうしてなんだろう。パニック映画で、老人は、常に、こどものために自らの命を投げ出す。やるせない。なかには、単なるワガママでこどもの命が危険に晒された結果だというのに。ぼくは、そんなガキに同情しない。まして、人生の記憶などほとんどもたない者のために、どうして、長年連れ添った老夫婦の一方が身代わりにならなくてはいけないのだ。50年、その時間に値するほどの存在なのか、こどもとは。そんな筋書きを、ぼくは明確に拒絶したい。

要するに、こどもぎらいなだけ? そうではないと思うんだけどなあ~。なんにしても、論旨が相当に乱れてはいるね。なにせ睡眠不足なもので。

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コメント

子供が悪いんじゃないんですよねー。
年齢に応じて、ポイントポイントで大人が子供に対して軌道修正しきれていないのもあるし。
私の周囲の保護者の中には、あまり物事を深く考えない方もいらっしゃるし。

特に違和感を覚えるのは、子供が先生の不満を親に言う。子供目線から感じた先生への不満は、時には正しい事もあるかも知れない。
だからといって、保護者も一緒になって「変よねーあの先生、絶対先生が悪いよ」と言ってはいけないと私は思う。でも、そういう保護者は意外に多い。

子供には、先生がそういう行動に至った背景は何だろうね~とか、違う視線から見たらどう思う?とか、いろんな考え方があると提供して、先生の行動が本当に問題であるなら、それは子供と一緒に悪口を言う出なくて、学校側に話し合いに行くのではないかなぁ?
と思ったりして。

と、小生意気な事言う私ですが、子供の躾が上手に出来ているのか?と言えば、相当疑問です(^_^;)

もともとバラエティ番組は好みではないけれど、最近のは特に見る気もしないです。ドラマも同じく。

投稿: 一加葉 | 2007年6月25日 (月) 15時37分

おひさです、一加葉さん(3児の母)。
もちろんですよ、こどもだけに責任ありと糾弾しているのではありません。何よりも、おとなが悪い。その悪さが度し難い。酷すぎる。
またまた脇道に逸れますが、親がパチンコに興じ幼子を真夏に密閉空間(クルマとか)に放置し死なせるケース、ぼくは、殺人罪の適用を求めますね。当然、死刑です。親は、こどもを所有しているのではありません。ですから情状酌量の余地はないと断じます。一方、社会に送り出す責務を負っているのですから、物事を深く考えない親がこどもを育てるのは、ぼくからすれば「不法行為」です。

と、まくしたてる小生も、躾に関しては、自信なく。専ら母親に任せてしまったので。というのは弁解で、もちろん「男の論理」(毎日おれは仕事しているんだ、忙しいんだ、疲れているんだ……てやつ)による「育児放棄」です、はい。そこを問われれば、ただ黙るのみ。いまは成人した娘の学芸会か何かのイベントに日曜日、出掛けて行ったのは小2が最後、次は高校の卒業式でした(それも一加葉さんがご存じの事情によるもので、そうでなきゃ参加してません)、仕事が忙しいとの理由でね。

てなわけで、エラソーなことは言えないのです。でもね、ウチは、こどもの前で口にしていいこと、いけないこと、それは峻別していました。成り行きで担任の批判をする際は、留学経験のある両親、英語で。娘の悔しがることといったら。あっはっはっ。そんな娘が留学の道を進むのは当然の帰結ですわいね。

投稿: hiperk | 2007年6月25日 (月) 19時10分

夫婦ゲンカは子供に見せない。
主人の父の批判不満は子供の前で口にしない。
は、意識して心がけています~

どうして物事を深く考えない大人が増えたのでしょうねー

あっ、私、息子の高校の卒業式には出席しませんでしたよー
息子が来なくてイイ(恥ずかしいから)と言うので、平日だし、じゃーそうさせてもらうわーという事で。

投稿: 一加葉 | 2007年6月26日 (火) 10時47分

あはっ、それは当然ですって。男の子は、小さいときは母親べったりですが、成長するにつれ、最も身近な異性である母親を敬遠します。高校卒業なら18歳、その年頃で「ママ、式に出て」なんて言うヤツがいたら気持ち悪い。でも、ぼくの世代では「常識」ながら、現代では、これが通用しなくなっているようで。実に嘆かわしい。

投稿: hiperk | 2007年6月26日 (火) 13時12分

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